通勤電車の揺れに身を任せながら、ふとスマホでニュースを眺めていて、ため息をついたことはありませんか?
「あれ、宮崎駿って引退したんだっけ? それともまだやってるの?」
金曜ロードショーで『トトロ』や『ラピュタ』が放送されるたびに、小4の息子とポップコーンを食べながら画面に見入るけれど、ふと頭をよぎるモヤモヤ。
- 「引退するって言ってたのに、結局どうなったの?」
とニュースを見るたびに混乱していませんか? - 「ナウシカの続きやるらしいよ」
なんて噂を耳にして、期待と不安でドキドキしていませんか? - 「ジブリって日テレの子会社になったらしいけど、これからどうなっちゃうの?」
と、大好きな作品たちの未来が心配ではありませんか?
実はこれ、あなただけじゃありません。
世界中のジブリファンが今、同じ霧の中にいます。
ネットで検索しても出てくるのは、「引退撤回!」という古い記事か、根拠の怪しい「ナウシカ続編決定!」みたいな煽り動画ばかり。
情報が多すぎて、何が真実なのかさっぱりわかりませんよね。
そこで、ライターとして日夜情報の海を泳ぎ回っている私が、そのスキルを総動員して徹底的に調べてみました。
家事と仕事と育児の合間を縫って(いや、むしろ仕事を口実に趣味に没頭して)、海外の信頼できるメディアから公式のプレスリリース、関係者のポロっとこぼした発言まで、ありとあらゆる情報をパズルのように組み合わせてみたんです。
この記事では、2026年1月現在の宮崎駿監督の最新動向を、以下のポイントで徹底解剖します。
- 「引退しない」は本当か? 現在の制作状況の完全なファクトチェック
- 有力視される「3つの新作説」の詳細(ナウシカ続編、冒険活劇、短編)
- 『君たちはどう生きるか』に隠された、次回作へのヒント
- 日本テレビ子会社化の裏側と、息子・宮崎吾朗監督の覚醒
この記事を読めば、もうネットの噂に振り回されることはありません。
次に金曜ロードショーを見るとき、あるいはママ友とのランチでジブリの話題になったとき、
「実はね、宮崎さんは今、こんなことを企んでいるらしいよ」
と、ちょっとドヤ顔で語れるようになるはずです。
そして何より、いつか来るその日を、ワクワクしながら待てるようになります。
結論から言っちゃいましょう。
宮崎駿は、まだ描いています。
85歳のお爺ちゃんが、私たち現役世代が裸足で逃げ出すような熱量で、まだアニメーションに挑んでいるんです。
さあ、その「終わらない物語」の現場へ、一緒に潜入してみましょう。
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第1章:2026年、宮崎駿はどこにいる?「引退」の真実

毎朝1時間、満員電車に揺られて都内のオフィスへ向かう私ですが、正直言って、定年退職したら二度と働きたくないと思っています。
縁側でお茶をすすりながら、猫の動画を見て過ごしたい。
それが普通の感覚ですよね?
でも、世の中には「普通」の物差しじゃ測れない人がいます。
それが、宮崎駿という生き物です。
「引退」という言葉のインフレーション
まず、はっきりさせておきたい事実があります。
2026年1月現在、宮崎駿監督は引退していません。
「えっ、でもニュースで見たよ?」
と思ったあなた。
正しいです。
あなたは何も間違っていません。
だって、彼はこれまでに何度も何度も「引退」を口にしてきたんですから。
ちょっと振り返ってみましょうか。
私がまだ長崎の実家で鼻を垂らしていた頃から、彼は「辞める辞める」と言い続けてきました。
- 1997年『もののけ姫』の後
「体力の限界。これを最後にしたい」
(当時、私はまだ学生でしたが、ニュースを見て「えー!寂しい!」と本気でショックを受けました) - 2001年『千と千尋の神隠し』の後
「長編を作るのはこれが最後」
(あれ? 前も言ってたような……と思いながらも、世界的ヒットに感動して「お疲れ様でした」と思いました) - 2013年『風立ちぬ』の後
「今回は本気です。僕の長編アニメーションの時代は終わった」
(これは結構シリアスでしたよね。公式会見まで開いて、世界中のメディアが集まって。私も「ああ、今度こそ本当なんだな」と覚悟を決めました)
そして月日は流れ、2023年。
『君たちはどう生きるか』が公開されました。
私たちは身構えました。
「また来るぞ、引退宣言が」と。
映画を見終わった後、劇場の明かりが点いた瞬間にスマホを取り出し、ニュースをチェックする準備をしていました。
でも、来なかったんです。
沈黙。
不気味なほどの静けさ。
代わりに聞こえてきたのは、スタジオジブリの幹部たちの、どこか楽しげで、どこか諦めの混じった証言でした。
スタジオの「現在地」:関係者の証言が語るリアル
ここで、私が必死にリサーチして集めた、信頼できる関係者の証言を紹介します。
これらはネットの噂話ではなく、海外の映画祭やインタビューで公式に語られた言葉です。
西岡純一副社長(2023年9月、トロント国際映画祭にて)
「彼は引退する気など全くないですよ。今も毎日スタジオに来て、次の企画をどうしようかと練っています。今回は、引退宣言はしません」
(さらっと言いましたね。「引退宣言はしません」って。これまでの壮大な会見は何だったの、とツッコミたくなりますが、それがジブリクオリティです)
鈴木敏夫プロデューサー(仏Liberation誌などのインタビューにて)
「彼は毎日次のプロジェクトのことを考えていて、私にはもう止められません。実際、止めるのを諦めました。たとえ失敗作を作ることになったとしても、もう止めようとしません。人生において、彼を喜ばせるのは仕事だけなのです」
(「止めるのを諦めた」。この言葉に、長年の盟友としての深い愛情と、ある種の絶望(いい意味での)を感じませんか? 鈴木さんにとっても、宮崎駿という才能はコントロール不能な自然災害みたいなものなんでしょうね)
2025年の年賀状
スタジオジブリから公開された年賀状には、宮崎監督描き下ろしの巳年(へびどし)のイラストと共に、「新プロジェクト開発中」という文字が躍っていました。
(これ、決定的証拠です。80代半ばにして「開発中」。私なら「腰痛治療中」とか書きたいところですが、格が違います)
つまり、今の状況を整理するとこうなります。
「宮崎駿は、呼吸するようにアニメを作っている。引退宣言とかそういう儀式はもう面倒くさいからパスして、しれっと次を作り始めている」
どうですか?
なんだか笑っちゃいませんか?
クラスに一人はいた「今日から俺、勉強するわ」って毎日言ってる男子とは逆で、「もう勉強やめるわ」と言いながら教科書を離さないガリ勉タイプ。
それが世界の巨匠・宮崎駿なんです。
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第2章:新作の正体を追う旅「3つの有力説」

じゃあ、具体的に何を作っているの?
ここが一番気になるところですよね。
小4の息子も「次はトトロ2がいい!」なんて無邪気に言ってますが、そんな単純な話じゃなさそうです。
業界の隙間から漏れ聞こえてくる情報と、過去の宮崎監督の言動、そして私の「主婦の勘」をミックスして分析すると、3つの可能性が浮かび上がってきました。
有力説①:原点回帰の「懐かしい冒険活劇」
これ、個人的には一番推したい説です。
情報源は、監督の長男であり、自身も監督である宮崎吾朗さん。
彼が2024年5月に、あるイベントでポロッと漏らした言葉がヒントになっています。
吾朗さんによると、父・駿監督は『君たちはどう生きるか』の後、過去の作品のパノラマボックス(立体的なジオラマみたいな展示物ですね)を作って「暇つぶし」をしていたそうです。
リハビリみたいなものでしょうか。
でも、それを見ていた吾朗さんが、お父さんにこう言ったんですって。
「過去を振り返るだけじゃつまんないでしょ。新しいの、作ってみたら?」
……強い。
さすが息子。
80過ぎた父親に「新作作れ」って、普通言えませんよ。
私だったら「お父さん、無理しないでゆっくりしててね」って言いますもん。
でも、この一言が巨匠の負けん気に火をつけたらしいんです。
吾朗さんは言いました。
「次は、昔懐かしい冒険活劇風のものを構想しているみたいですよ」
冒険活劇!
この響き、ときめきませんか?
『風立ちぬ』や『君たちはどう生きるか』は、正直ちょっと大人向けで難解でしたよね。
映画館で子供が「これどういう意味?」って聞いてきて、説明に困った親御さんも多いはず(私もです)。
それはそれで素晴らしい芸術なんですが、私たちが子供の頃に心を奪われた『天空の城ラピュタ』や『ルパン三世 カリオストロの城』のような、「走って、飛んで、食べて、戦う!」というプリミティブな楽しさとは、ちょっと違いました。
もし、85歳の宮崎駿が、人生の最後に「子供たちのための純粋なエンタメ」に帰ってくるとしたら。
難解な哲学の旅を終えて、最後にたどり着いたのが「単純な楽しさ」だったとしたら。
それは最高にカッコいい「円環の閉じ方」だと思うんです。
パズーやシータみたいな、まっすぐな瞳をした少年少女が、またスクリーンを駆け回る。
想像しただけで、ちょっと目頭が熱くなりませんか?
有力説②:禁断の扉「ナウシカ続編」
これはもう、ファンの間では「都市伝説」を超えて「悲願」になっている説です。
『風の谷のナウシカ』。
宮崎アニメの原点にして金字塔。
でも、映画になっているのは原作漫画全7巻のうちの、ほんの序盤(2巻の途中くらい)だってこと、ご存知でした?
原作漫画の後半って、すごいんですよ。
映画版のような「自然を大切にしよう」みたいな綺麗な話じゃなくて、もっとドロドロした、絶望的な、でも力強い「生の肯定」が描かれているんです。
腐海の正体は実は……
とか、巨神兵の本当の役割とか、旧人類が残した恐ろしい計画とか。
もうSFとしても超一級品で、大人が読んでも背筋が凍るような展開の連続です。
宮崎監督自身、映画版のナウシカには納得していない節があります。
「あれは若書きだった」
「未熟だった」
と、インタビューでこぼすこともありました。
彼の中では、ナウシカはまだ「終わっていない物語」なんです。
その証拠となる衝撃的なシーンが、NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で放送されました。
制作を終えた宮崎監督が、ふと紙の片隅に、ナウシカと思しき少女とテト(あの可愛いキツネリスですね)、そして巨神兵らしき姿を描いて、独り言のようにこう呟いたんです。
「この世界に戻るのは、つらいな……」
「つらい」。
やりたくない、じゃないんです。
「つらい」んです。
戻りたくないけど、戻らなきゃいけない気がしている。
そんな、逃れられない運命(カルマ)のようなものを感じませんか?
庵野秀明監督(『エヴァンゲリオン』の人ですね、彼もナウシカの巨神兵を描いた弟子です)が、ずっと
「ナウシカの続きを僕に撮らせてください!」
と懇願しているのも有名な話です。
宮崎監督が自分でやるのか、それとも庵野さんに任せて監修に回るのか。
もし今の85歳の宮崎駿が、あの重厚な原作漫画の世界に向き合ったら。
今のきな臭い世界情勢ともリンクして、とんでもない怪作が生まれる予感がします。
有力説③:現実的な「短編映画」
夢のない話をしてごめんなさい。
でも、主婦としてはこの「現実的なライン」も無視できません。
長編アニメを作るのって、ものすごい体力と時間がかかるんです。
『崖の上のポニョ』から『風立ちぬ』まで5年。
『風立ちぬ』から『君たちはどう生きるか』までは10年(実質制作期間7年)かかりました。
今から長編を作り始めて、7年後……
監督は92歳です。
いや、今の医療と監督の超人的な生命力ならいけるかもしれない。
でも、リスクは高いですよね。
制作途中で何かあったら……
と考えるのが普通です。
鈴木プロデューサーも、そのあたりはシビアに見ているようで、
「長編は大変だから、短編をやったらどうか」
と提案しているそうです。
ジブリ美術館で上映するような、15分〜20分くらいの作品。
これなら、2〜3年で作れます。身体的負担も少ない。
それに、鈴木さんはエドガー・アラン・ポーの詩『大鴉(The Raven)』のアニメ化に興味を示していて、『レッドタートル』を作ったマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督とのコラボレーションなんかも画策しているとか。
「えー、映画館で観たいよー」
という声が聞こえてきそうですが、短編だとしても宮崎駿の新作であることに変わりはありません。
凝縮されたエスプレッソのような、濃密な映像体験ができるなら、それはそれで贅沢な話です。
それに、ジブリ美術館に行かないと観られないとなれば、チケット争奪戦がさらに激化しそうですね(今でも取るの大変なのに!)。
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第3章『君たちはどう生きるか』の答え合わせ

ここで少し、前作『君たちはどう生きるか』の話をさせてください。
まだ観ていない人もいるかもしれないので、核心的なネタバレは避けますが(いや、もう公開からだいぶ経つから大丈夫かな?)、この作品を深読みすると、「次回作」へのヒントが見えてくるんです。
「宣伝なし」という賭け
まず、あの公開スタイル。驚きましたよね。
予告編もなし、あらすじもなし、キャスト発表もなし。
あったのは鳥のようなアオサギのポスター一枚だけ。
「本当に公開されるの?」
と疑ったくらいです。
あれは鈴木プロデューサーの策でした。
「情報過多の現代において、真っ白な状態で映画を見る体験こそが最大のエンタメだ」
というアンチテーゼ。
結果は大成功。
私たちは「何これ? どういうこと?」と言いながら劇場に足を運び、見事に術中にハマりました。
まんまとやられましたね。
母への恋慕と、師匠への別れ
この映画の核にあったのは、二つの強烈な個人的感情でした。
一つは「母への想い」。
主人公のマヒトが出会う火の少女ヒミは、若き日の母の姿です。
火事で母を失った宮崎監督自身のトラウマと、夢の中でなら母に会えるという少年の切実な願い。
あのシーンの美しさと残酷さは、80歳を超えた男性が描いたとは思えないほど瑞々しくて、胸が締め付けられました。
そしてもう一つは「高畑勲への訣別」です。
劇中に登場する「大叔父」というキャラクター。
積み木(石)で世界の均衡を保とうとする、浮世離れした老人。
あれは、宮崎監督の師匠であり、ライバルであり、盟友であった高畑勲監督(2018年逝去)がモデルだと言われています。
大叔父はマヒトに言います。
「私の跡を継いで、この美しい、悪意のない世界を維持してくれ」
これは、高畑監督が作り上げようとした「理想のアニメーション芸術」のメタファーでしょう。
でも、マヒト(=宮崎駿)はそれを拒否するんです。
「僕は悪意を知ってしまった。友達を傷つけた傷がある。だから、あの薄汚れた現実世界に戻るよ」
これって、
「もう高畑勲という巨大な指標を追いかけるのはやめる」
という決別宣言であり、
「清濁併せ呑んで、この泥臭い現実世界で生きていく」
という覚悟の表明でもあったと思うんです。
だからこそ、次の作品は「美しい理想郷」の話にはならないはずです。
もっと泥臭くて、生々しくて、でもどうしようもなく愛おしい、そんな「人間の業」を描いた作品になるんじゃないか。
そう考えると、やっぱり「ナウシカ(漫画版)の世界」が一番しっくりくるんですよね……
私の勝手な妄想ですけど。
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第4章ジブリというお家騒動(組織論)

さて、視点を少し変えて、会社のほうの話もしましょうか。
主婦としては、クリエイティブな話も好きですが、「お家の事情」も気になります。
2023年、スタジオジブリが日本テレビの子会社になったニュース、驚きましたよね。
「えっ、ジブリが日テレのものになっちゃうの?」って。
でもこれ、冷静に考えると「最強の終活」であり「最高の家督相続」なんです。
家督相続のリアル:吾朗さんの決断
宮崎監督も鈴木プロデューサーも高齢。
いつ何があってもおかしくない年齢です。
普通の会社なら、息子が後を継ぐのがセオリー。
実際、息子の宮崎吾朗さんに継がせる案もあったそうです。
でも、吾朗さんはこれを固辞しました。
「あの偉大な父の跡を継ぐなんて無理です。自分一人で背負うには荷が重すぎる」
……賢明すぎる。
私だって、自分の親がピカソとか手塚治虫だったら、絶対に同じ道で跡なんて継ぎたくないですもん。
比べられるし、叩かれるし、いいことないですよ。
そこで出てきたのが、長年の付き合いがある日本テレビ。
『金曜ロードショー』でずっとジブリを放送してくれて、映画への出資もしてくれていた、いわば「親戚のおじさん」みたいな存在です。
この日テレに経営を任せることで、何が起きたか。
それは「クリエイティブ」と「経営」の完全分離です。
ジブリのスタッフは、お金の心配や会社の運営、コンプライアンスだの何だのに頭を悩ませることなく、ひたすら「いい作品を作る」ことだけに集中できる環境を手に入れたわけです。
老人ホーム……
といったら失礼ですが、最高級の設備とケアが保証された環境で、好きなことだけをして過ごせるようになった。
これ、クリエイターにとっては理想郷(ユートピア)じゃないですか?
宮崎吾朗の「覚醒」も見逃せない
そして、この新体制で輝きを増しているのが、宮崎吾朗監督です。
デビュー作の『ゲド戦記』の時は、正直バッシングもすごかったです。
お父さん(駿)も試写会で途中退出したとか、怖いエピソードがいっぱいありました。
でも、最近の吾朗さんは一味違います。
特に「ジブリパーク」の監修。あれを見て思いました。
「この人、空間を作る天才だわ」って。
ディズニーランドみたいなアトラクションドーン!
じゃなくて、愛知の公園の自然をそのまま活かして、そこにジブリの世界をそっと置く。
あのセンスは、お父さんとはまた違う才能です。
父・駿が「二次元の魔法使い」なら、息子・吾朗は「三次元の建築家」。
今、吾朗さんの新作映画『妖精の家(仮)』も水面下で作られているという噂があります。
3DCGと手描きを融合させた新しいスタイルらしいですが、父の模倣じゃなくて、自分の得意な「空間」や「生活」を描く方向に行くなら、化けるかもしれません。
偉大すぎる父を持つ苦悩を乗り越えて、独自の道を歩み始めた50代の息子。
同じ働く世代として、そして親の介護(同居ですけどね)がちらつく身として、私は吾朗さんを全力で応援したいですね。
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第5章:結論2026年の私たちは、どう待てばいいのか
さて、長々と書いてきましたが、結論です。
宮崎駿監督の新作アニメ映画はいつ公開されるのか?
答え:神のみぞ知る。でも、たぶん数年後。
早ければ2028年、遅ければ2030年。
あるいは、完成しないまま終わるかもしれない。
これが冷徹な現実です。
「えー、そんなの待てない!」って思います?
でもね、考えてみてください。
85歳のお爺ちゃんが、今この瞬間も、世界のどこかで机に向かって、誰かのために物語を紡いでいる。
「もっといい絵が描けるはずだ」
「まだ見たことのない世界があるはずだ」
って、鉛筆を握りしめて唸っている。
その事実だけで、今の世の中、少しだけ希望が持てる気がしませんか?
私たちは、焦らなくていいんです。
- 過去の作品を見返して新たな発見をするもよし。
- ジブリパークに行って、「魔女の谷」でパンを買うもよし。
- 金曜ロードショーで「バルス!」と叫んでサーバーを落とすもよし。
そうやってジブリの世界を楽しみながら、気長に待てばいいんです。
もし、新作が無事に公開されたら、それは奇跡です。
その時は全力で祝いましょう。
もし、未完に終わったとしても、その生き様自体が、私たちへの最後のメッセージになるはずです。
「生きろ」と問い続けた人が、最後の瞬間まで「生きる(描く)」ことをやめなかった。
それ以上の教えがあるでしょうか。
だから私は、明日の満員電車でも、スマホで『人生のメリーゴーランド』を聴きながら、ちょっとだけ口角を上げて出勤しようと思います。
だって、宮崎さんが頑張ってるんだから、私ももうちょっとだけ、頑張ってみようかなって思えるじゃないですか。
さて、そろそろ夕飯の支度をしなきゃ。義母さんがお腹空かせて待ってる時間だわ。
今日はオムライスにしようかな。
ケチャップでナウシカのオーム(王蟲)の絵でも描いて、息子に「何これキモい」って言われる未来が見えるけど、まあそれもまた、我が家の小さな「冒険活劇」ってことで。
