「あの子、車の爆発で死んだんじゃなかったの?」。映画『アイデンティティー』のラストで、リモコンを握り直したくなるのはそこですよね。ロードスとの決着で安心しかけたところに、もう一度、犯人を突きつけられます。
※2003年の映画『アイデンティティー』劇場公開版の結末のネタバレがあります。
連続殺人の犯人は、少年ティミーの人格です。パリスは生還したように見えても最後に殺され、現実のマルコム・リヴァース(リバース)は移送車でマリック医師を絞め殺します。雨がやんでも、事件は終わっていなかったんです。
犯人はティミー。モーテルの宿泊客はマルコムの人格

現実にいるのは、殺人事件で死刑を宣告されたマルコムと、彼を診るマリック医師、裁判官たち。一方、嵐のモーテルにいるエド、パリス、ロードス(ロード)たちは、マルコムの心の中に存在する別々の人格です。
モーテルで描かれる死は、マルコムの中から人格が消えていく出来事です。
医師は治療を通じて、現実の殺人を起こした危険な人格を見つけ、消そうとしています。ところが最後まで残ったのが、その危険な人格。これが、治療成功に見えた結末をひっくり返す仕掛けなんです。
嵐のモーテルで何が起きた?殺人と事故のつながり
モーテルへ向かうきっかけは、路上の事故です。ジョージ一家の車がパンクし、タイヤを直している間に、妻アリスがエドの運転するリムジンにはねられます。エドは女優カロラインの運転手で、事故を起こしたあと、アリスを助けようとする元警官でした。
エドたちは近くのモーテルへ運び込みますが、電話は通じず、周辺道路も洪水で通れません。病院へ助けを求めようとしても戻るしかなく、エドはアリスの傷を手当てします。雨宿りどころか、救急車を呼ぶことさえできない夜です。
そこへ、フロリダで暮らし直そうとするパリス、新婚のルーとジニー、囚人ロバート・メインを護送する警官姿のロードスも集まります。支配人を名乗るラリーを含め、モーテルにいる中心人物は11人。アリスの息子ティミーも、ジョージと一緒に母親のそばにいました。
カロライン、ルー、ロバートが死に、鍵が10・9・8と続く
最初の犠牲者はカロラインです。エドがランドリーの乾燥機で彼女の頭部を見つけ、10番の部屋の鍵も出てきます。同じころ、拘束されていたロバートが逃げていたため、皆の疑いはまず彼へ向かいました。
続いて、ジニーと口論したルーが部屋で殺されます。ジニーが浴室に逃げ込んでいる間の出来事で、ルーからは9番の鍵が見つかるんです。被害者のそばに部屋の鍵が残り、数字が一つずつ減っていく。エドは、その規則に気づきます。
ロバートは再び捕らえられ、ラリーが見張ることになりますが、今度はそのロバートまで殺され、8番の鍵が残されました。捕まえた容疑者が次の被害者になるので、捜していた犯人は別にいるはず。
ラリーの秘密が露見し、ジョージとアリスも命を落とす
疑われたラリーの秘密は、冷凍庫の遺体から分かります。そこにあったのは、本当の支配人の遺体。目の前のラリーは、本物の支配人ではありませんでした。
ラリーが車で逃げようとした際、ティミーをかばったジョージがはねられて死にます。ジョージからは7番の鍵が出てきました。
さらに、ベッドで休んでいたアリスも死亡し、そばには6番の鍵。重傷を負った母親と、子供を守ろうとした父親まで失われます。事故で亡くなったジョージにも番号が続くので、誰かが刃物で襲う場面だけを探しても、この夜の全体はつかめないんですね。
ジニーとティミーの車が爆発し、遺体まで消える
エドはジニーにティミーを連れて逃げるよう促しますが、2人が向かった車は爆発します。ここで、ジニーとティミーも死んだように見えるんです。ところが車に遺体はなく、それまでの犠牲者の遺体も消えてしまいました。
残ったエド、ロードス、パリス、ラリーは、互いに5月10日生まれだと気づきます。さらに、ダコタ、ネバダ、ワシントンなど、州名を連想させる名前も重なっていました。
偶然一軒の宿で会った人たちにしては、共通点が多すぎますよね。鍵のカウントダウンに加え、遺体が消える現象まで起きる。普通の宿泊客を相手にした犯人捜しは、ここで行き詰まります。
審理でエドが知る真相と、マリック医師の狙い

現実では、マルコムの死刑執行を止める審理が進んでいた
モーテルの夜と並行して、マルコムの死刑執行直前の審理が描かれます。彼の日記が新たな証拠となり、弁護側とマリック医師は、精神状態を理由に執行を止めようとしていました。
医師が呼びかけると、エドはモーテルから切り替わった審理の場面に現れます。椅子に拘束されたマルコムの体を通じて、エドの人格と話している場面です。
エドは他人の事件を調べていたつもりが、自分自身もその死刑囚の中にいたと知らされます。犯人の顔を捜していたのに、自分の存在まで問い直されるんです。ちょっと待って、推理どころではありません!
危険な人格を消せば救える、と医師はエドに託す
マリック医師は、モーテルの出来事がマルコムの受ける治療と結びついていると説明します。人格が消えていく過程で、現実の殺人を犯した人格も消えれば、死刑を回避できると考えているわけです。
エドは、危険な人格を排除するためにモーテルへ戻ります。自分もマルコムの一部だと知ったうえで、誰を残すかに関わるんです。
医師は、殺人を起こす人格を消し、マルコムを精神科施設での治療につなごうとします。
ロードスはエドと相討ちになり、医師は治療成功と判断する
その間、パリスはロードスの正体を知ります。ロードスは、ロバートと一緒に護送されていた囚人でした。彼は本物の警官を殺し、その制服と立場を奪っていたんです。
パリスが正体を知らせようとすると、ロードスは襲いかかります。助けに入ったラリーは撃たれて死亡。ラリーには支配人へのなりすましという秘密がありましたが、最後はパリスを守ろうとして命を落としました。
戻ったエドはロードスと撃ち合い、2人とも死にます。警官時代に自殺しようとする女性を救えなかった過去を持つエドは、ここではパリスを守って倒れるんですね。彼女を生かそうとした行動には、彼自身の後悔も重なって見えます。
この時点では、パリスだけが生き残ったように見えます。暴力を振るったロードスも消えたので、現実のマリック医師は危険な人格の排除に成功したと判断しました。マルコムの死刑執行は回避され、精神科の施設へ移送されることになります。
ラリーを殺し、エドと撃ち合った事実があるからこそ、ロードスで犯人捜しが終わった気になってしまう。ここが嫌なところ。
結末の子供は死んでいない。1番の鍵から最後の殺人へ

オレンジ畑のパリスの前に、ティミーが現れる
パリスは、望んでいたフロリダのオレンジ畑で暮らす姿を見せます。雨のモーテルを離れ、ようやく自分の生活を始めたように見える場面です。でも、この畑もマルコムの心の中にある、パリスの人格の世界でした。
土の中から見つかるのが、モーテルの1番の鍵。そして、車の爆発で死んだはずのティミーが、目の前に立ちます。彼は死亡したように見せかけ、他の人格が消える間も残っていたんです。
ティミーこそが連続殺人を起こした人格で、最後にパリスを殺して一人だけ残ります。パリスの新生活は、その瞬間に断ち切られました。
1番の鍵が示すのは、殺人のカウントダウンが終わっていなかったこと。晴れた畑まで、モーテルと同じ鍵が現れます。宿を離れた安心が一瞬で消えるので、犯人の顔以上に、この小さな鍵にぞっとするんですよね。
現実の移送車で、マルコムがマリック医師を絞め殺す
内面でパリスが殺されると、現実のマルコムの体はティミーの人格に支配されます。移送車の中で、マルコムはマリック医師を絞め殺しました。
医師は、凶暴な人格を消したと思っていました。実際には逆で、エドやパリスが消え、殺人を起こすティミーだけが残ってしまったんです。治療の成功を示すはずだった移送が、失敗を突きつける最後の事件になります。
安心してリモコンを置く時間、ずいぶん短いですね。
DVD拡張版では終盤の映像が再編集されている
DVDには追加場面と別エンディング表示のある版もありますが、終盤の映像の組み替えなどによる違いです。「別エンディング」の文字だけで、パリスが助かる結末を想像すると肩透かしになるでしょう。
劇場公開版では、ティミーが残り、パリスとマリック医師が殺されます。
人格同士の殺人で治療が進む仕組みは、この映画のフィクションです。
エドとパリスが消えた結末の後味
2003年の映画『アイデンティティー』を紹介する、Arrow Video公式の英語予告編です。
私は、エドが誰かを守り、パリスが暮らし直そうとする姿があるからこそ、ティミーだけが残る結果は重いと感じます。誰も助からないという数の話に加え、マルコムの中にあった人を助ける意志や新生活への希望まで失われる。最後の絞殺は、その喪失を現実の行動として見せているのではないでしょうか。
FAQ:『アイデンティティー』の犯人と結末の疑問
モーテルにいたのは10人?11人?
旅人が10人、支配人を名乗るラリーを加えると11人です。エドとカロライン、ロードスとロバート、パリス、ルーとジニー、ジョージ・アリス・ティミーの一家にラリーを足すと、数が合います。
ティミーは爆発で死んで、あとから復活したのですか?
ティミーは爆発の際に死亡を装い、他の人格が消える間も残っていました。爆発のあとに遺体が見つからない点と、畑での再登場がつながります。
ロードスも人を殺しているのに、犯人はティミーなのですか?
はい。ロードスには警官殺しやラリー殺害がありますが、宿で始まった連続殺人の正体はティミーです。ロードスの罪が明らかになったことが、もう一人の殺人者を見逃す理由になってしまいました。
パリスは現実のフロリダへ逃げ切れましたか?
パリスはマルコムの心の中で、フロリダのオレンジ畑に暮らす姿を見せます。オレンジ畑は彼女が望んだ生活の光景で、そこまでティミーが現れて襲います。
最後のマルコムは、治って施設へ行く途中だったのですか?
医師は治療がうまくいったと考えて移送に同行しましたが、その判断は誤りでした。残った人格の凶暴性が車内の殺人で露呈し、医師自身も犠牲になります。
まとめ
『アイデンティティー』は、宿の犯人捜しと、死刑囚の中から危険な人格を消す試みを重ねた映画です。ロードスとの決着は一度目の安心にすぎず、オレンジ畑でティミーの正体が判明すると、その安心も崩れます。
最後に失われるのは、パリスの望んだ平穏と、医師が信じた治療の成果。マルコムの中に殺人者だけが残るため、晴れた風景でも救いのある結末にはなりません。あの1番の鍵、小さいのに後味は相当苦いですね。