脚を撃たれて動けない夫が、妻を殺しに行けるでしょうか。『ナイル殺人事件』で引っかかるのは、あの銃声とサイモンの血です。医者まで呼ばれたら、つい「この人は動けない」と思ってしまいますよね。
犯人とラストのネタバレあり。『ナイル殺人事件』は、ケネス・ブラナー監督の2022年映画です。
妻リネットを殺したのは夫のサイモン。計画を立てたのは、捨てられた元恋人に見えるジャクリーンでした。二人が作ったアリバイを崩すと、船上の三つの殺人と、最後にひげをそったポアロまでがつながります。
ナイル殺人事件(2022)の犯人はサイモン、共犯はジャクリーン

リネット・リッジウェイを射殺したのは、夫サイモン・ドイルです。共犯のジャクリーン・ド・ベルフォールが、結婚から殺害までの計画を組みました。
サイモンとジャクリーンは、恋人関係を続けています。サイモンが大富豪のリネットと結婚し、彼女の死後に財産を相続する。そのお金で二人が暮らす、という企みだったんです。
つまり、リネットが親友から婚約者を奪い、ジャクリーンが嫉妬で追いかけてくる姿も計画の一部。リネットはサイモンとの結婚を信じ、ジャクリーンの執着を怖がっています。その両方を、親友と夫に利用されていました。
| 被害者 | 実行犯 | 殺された理由 |
|---|---|---|
| リネット | サイモン | 夫に財産を相続させるため |
| ルイーズ・ブールジェ | ジャクリーン | 目撃を材料に脅迫したため |
| ブーク | ジャクリーン | ルイーズを殺した人物を目撃したため |
最初の殺人は財産目当て。その後の二件は、計画を守るための口封じです。リネット一人を狙った企みが、目撃者を消す連続殺人へ膨らんでしまいます。
新婚旅行が船上の殺人事件に変わるまで
船上の顔ぶれと三角関係が分かる、20th Century Studiosの公式予告です(英語)。
ロンドンのダンスから、六週間後のエジプトへ
1937年のロンドン。ポアロが訪れたクラブでは、サロメ・オッタボーンが歌っています。そこで情熱的に踊るサイモンとジャクリーンは、婚約中の二人でした。
ジャクリーンは、幼なじみのリネットにサイモンを紹介し、仕事を世話してほしいと頼みます。リネットは彼を雇うことにし、二人はダンスでも急接近。わずか六週間後、エジプトでポアロが再会したときには、リネットとサイモンが新婚夫婦になっています。
ジャクリーンは旅先に何度も現れ、二人を落ち着かなくさせます。リネットはポアロに助けを求め、周囲の客も信用しきれないと打ち明けるんです。新婚旅行なのに、朝から元恋人の姿がある。観光地の景色を楽しむ余裕もなくなりそうですよね。
ジャクリーンを避けようと、一行は貸切の客船カルナック号へ移ります。それでも彼女は乗り込んできました。
招待客の秘密と、アブ・シンベルの落石
リネットの周囲には、彼女の財産や恋愛に関わる人たちが集まっています。招待客に元婚約者までいるのですから、食事の席順を考えるだけで胃が痛いです。
- アンドリュー・カチャドリアンはリネットのいとこで、財産の管理を担当。金の不正を隠していました。
- 医師ウィンドルシャムはリネットの元婚約者。サイモンとの結婚で、彼女を失った立場です。
- バワーズの家が財産を失う一因は、リネットの父の事業でした。
- ヴァン・スカイラーとバワーズは、雇い主と付き添いという形で、恋人同士の関係を隠しています。
アブ・シンベル神殿では、大きな石がリネットとサイモンのすぐ近くに落下します。これはアンドリューが起こした殺人未遂。財産管理の不正をリネットに見抜かれることを恐れ、とっさに彼女を殺そうとしたのでした。
落石の実行犯はアンドリュー、寝室でリネットを撃った実行犯はサイモンです。リネットの「みんなが怖い」という不安には、現実の危険が重なっていたんですね。
脚を撃たれたサイモンが、リネットを殺せた仕組み

事件の夜、リネットは先に寝室へ戻ります。ポアロも休んでいましたが、彼のシャンパンにはサイモンが薬を混ぜていました。探偵が動けない間に、二人の計画が始まります。
最初の銃撃は空包、赤い血は絵の具
客たちの前でサイモンと口論したジャクリーンは、拳銃を撃ちます。サイモンは脚を押さえ、血の付いたようなハンカチを当てて倒れ込む。目撃したブークとロザリーには、深刻な負傷に見える場面です。
この一発は空包で、ハンカチの赤い色はユーフェミア・ブークの絵の具でした。サイモンは、ブークの母で画家のユーフェミアから盗んだ絵の具を使い、出血を装っています。
ジャクリーンは取り乱し、自分にも銃を向けようとします。ロザリーが彼女を制止して付き添い、ブークは医者を呼びに行く。この騒ぎによって、負傷者だと思われたサイモンが一人になる時間を作ったんです!
ジャクリーンはバワーズのもとで鎮静剤を与えられ、一晩付き添われます。殺人の発見後には「彼女はずっと監視されていた」というアリバイが成立。サイモンにも、脚を撃たれて動けないという印象が残りました。
妻を撃ち、戻ってから自分の脚を撃つ
一人になったサイモンは、ジャクリーンの拳銃を拾ってリネットの寝室へ走ります。眠っている妻の頭を撃ち、サロンへ戻る。最初の銃声からここまでは、脚が自由に動く状態です。
戻ったサイモンは、今度こそ自分の脚を撃ちました。銃声を抑えるために使ったのは、ヴァン・スカイラーから盗んだスカーフ。その後、銃とハンカチ、スカーフを川へ投げ捨てます。
医師が診察したときには、本物の銃創ができています。医者の診察が裏付けるのは、その時点の負傷。リネットを撃ちに行った時点では、まだ脚を撃っていなかったのでした。
実際に傷があるので、最初の銃声で負傷したと信じてしまう。二人は、偽の負傷と本物の負傷の時刻をずらして、サイモンが寝室へ行けた時間を隠したんです。
ピンクになったハンカチが、出血の嘘を暴く
翌朝、リネットの遺体が見つかり、高価な首飾りも消えていました。捜索では、ナイル川から布に包まれた拳銃が引き上げられます。
ハンカチに残った色はピンクです。ポアロは、血なら茶色くなるはずの跡がピンクに薄まったことから、赤い絵の具による偽装だと見抜きます。なくなったユーフェミアの絵の具ともつながる手がかりでした。
ハンカチは血を装うため、スカーフは自分の脚を撃つ音を抑えるため。
ルイーズとブークは、何を見て殺されたのか

サイモンの脚には、すでに本物の傷があります。続いて目撃者を消す役は、自由に動けるジャクリーンへ移りました。二人の犯行は、最初の一件を隠すたびに犠牲者を増やしていきます。
ルイーズはサイモンを脅迫した
リネットのメイド、ルイーズ・ブールジェは、サイモンが妻の寝室へ向かう姿を目撃していました。事情聴取で彼女は、「もし外へ出ていたら犯人を見たかもしれない」という形で、サイモンに目撃をほのめかします。
サイモンはその場にいて、ルイーズの面倒を見ると応じました。二人のやり取りの裏にあるのは、秘密と引き換えに金を求める脅迫です。
ジャクリーンは医師ウィンドルシャムのメスを盗み、ルイーズの喉を切って殺します。遺体は船の外輪に引っかかった状態で発見され、そばには金が残っていました。
ブークは首飾りを盗み、口封じの現場を見た
ブークは、サロメの姪でマネジャーでもあるロザリーと恋人同士です。ところが母ユーフェミアは交際に反対。ポアロが一行に加わった背景にも、母が頼んだロザリーの身辺調査がありました。
ポアロはロザリーを好ましい相手と判断しますが、ユーフェミアは二人の交際を認めようとしません。ブークには、母に金を頼らず、ロザリーと暮らしたいという願いがありました。
事件の夜、ブークはリネットの寝室で、すでに殺された彼女を見つけています。そこで衝動的に首飾りを盗み、死の発見も黙っていました。恋人との生活費を、盗品で手に入れようとしたんですね。
捜索が始まると、ブークは盗みが発覚することを恐れます。さらにルイーズの殺害まで目撃し、首飾りを母の荷物に隠しました。目撃を話せば、自分の盗みも追及される。ここで沈黙してしまったことが、彼をさらに危険な立場へ追い込みます。
ポアロはブークを問い詰め、盗難と目撃の両方を明らかにしていきます。聴取にはサイモンも同席していました。ブークがルイーズを殺した人物の名を告げようとした瞬間、サイモンが合図を送り、ジャクリーンが彼の喉を撃ちます。
その証言を止めるため、ジャクリーンに殺されます。使われたのは、アンドリューから盗んだ銃です。
ポアロにとって、ブークは親しい友人でした。目の前で命を奪われ、犯人を追っても、友人は戻ってきません。ここからのポアロには、いつもの自信に満ちた推理とは違う、怒りと悲しみがにじみます。
最後の一発で、サイモンとジャクリーンは二人とも死ぬ
ポアロは生き残った客たちを船のサロンに集め、二人の計画を暴きます。サイモンが結婚によって財産を狙い、ジャクリーンがアリバイと口封じを引き受けた。
とどめとなるのは、川から回収されたハンカチです。最初の負傷が絵の具で作られたと分かれば、サイモンが妻を撃ったあとで脚を撃つ一連の動きも説明できます。
追い詰められたジャクリーンは、サイモンを抱き寄せます。そして銃を彼の背中に当て、引き金を引きました。
一発の弾丸がサイモンの体を貫いてジャクリーンにも達し、二人は抱き合ったまま死亡します。財産を手に入れて二人で暮らす計画は、ここで終わりです。
船上で殺されたリネット、ルイーズ、ブークに、共犯の二人が加わり、犠牲者は計五人。ロザリーとユーフェミアは、それぞれ恋人と息子を失いました。真相は解けても、待っていた結婚や暮らしは奪われたままです。
二人が抱き合う姿には強い執着を感じます。ただ、愛する人と一緒にいたいという願いのために、三人の命を奪った事実は重いですよね。私はあの最期を、恋の成就というより、他人を犠牲にした計画が二人自身にも返った結末と感じます。
ラストでポアロがひげをそった理由は?

事件から半年後、ポアロはロンドンのクラブを訪ねます。舞台ではサロメがリハーサル中。客席に座る彼の顔からは、あの大きなひげが消え、傷が見えています。
朝の手入れにどれだけ時間がかかるのか気になるほど、立派だったひげです。それがなくなった顔を見ると、事件の解決とは別の変化にも目が留まりますよね。
ひげには、戦争の傷と昔の恋人の記憶がある
映画の冒頭では、第一次世界大戦中の若いポアロが登場します。彼の提案した作戦は成功しますが、その後の爆発で顔に大きな傷を負いました。
病床を訪れた婚約者キャサリンは、傷を気にする彼に、ひげを伸ばして隠せばいいと勧めます。あのひげには、顔の傷を隠す役割と、恋人の言葉の記憶が重なっていたんです。
キャサリンは後に、ポアロを訪ねる途中で亡くなります。ポアロは彼女を失って以来、新しい恋から遠ざかり、事件を解く仕事に向かってきました。
ナイルの旅ではサロメに惹かれます。同時に、ブークの死によって、どれほど優れた推理力があっても大切な人を救いきれない痛みを味わいました。解決した探偵の晴れやかな帰還とは、ずいぶん違う後味です。
考察:傷を見せて、サロメの歌を聴きに行く
最後のポアロは、傷を隠していたひげをそり、サロメのいる場所へ自分から足を運びます。
私はこの行動に、過去の喪失を抱えたまま、新しい相手と向き合おうとする気持ちを感じます。彼女の前にいるのは、外見を完璧に整えた名探偵よりも、傷のある一人の男性。客席に座る静かな姿が、ぐっと近く感じられるんですよね。
サロメの歌が続き、ポアロはそれを聴いています。大きな恋愛宣言より、この控えめな訪問に、新しい関係への期待がある。死で閉じたサイモンとジャクリーンの抱擁のあとに、この場面が来るから、なおさら救いを感じる終わり方です。
原作・1978年映画と違うのは、第三の被害者とサロメ
原作は、アガサ・クリスティの1937年の小説『ナイルに死す』です。原作と1978年映画でも、リネット殺害の犯人はサイモンで、ジャクリーンが共犯。二人が財産を狙う真相は共通しています。
| 違い | 原作小説 | 2022年映画 |
|---|---|---|
| 口封じで撃たれる第三の被害者 | サロメ・オッタボーン | ブーク |
| サロメの仕事 | 小説家 | 歌手 |
| サロメとロザリーの関係 | 母と娘 | 叔母と姪 |
| ロザリーの恋 | ティム・アラートンと結ばれる | 恋人ブークを失う |
1978年映画でも、証言の直前に撃たれるのはサロメです。2022年映画ではサロメが生き残り、ブークが命を落とします。
この入れ替えによって、2022年版のポアロは友人を失い、ロザリーの恋も悲劇で終わります。一方で、サロメが生き残るため、彼女とポアロのラストが生まれる。
犯人を知ってから見直すと、銃声の直後が違って見える
二度目の鑑賞で面白いのは、ジャクリーンを介抱する人と、医師を呼びに行く人が離れた瞬間です。初見では善意の救助に気を取られますが、真相を知ると、サイモンが一人になる時間そのものに緊張が走ります。
ルイーズの遠回しな発言も、同席するサイモンに向けた取引として聞こえます。ブークの聴取では、証言を促すように聞こえるサイモンの言葉が、ジャクリーンへの合図に変わる。言葉の受け手が分かると、同じ会話でも怖さが増すんです。
冒頭と終幕のクラブも、見比べると印象的。最初は若い二人の激しいダンス、最後は歌を聴くポアロの静かな姿です。結婚と殺人の謎が解けたあとにも、人を愛する怖さと、それでも近づきたい気持ちが残ります。
ブルーレイ・DVD版の製品情報は、映画『ナイル殺人事件』の商品ラインナップにあります。再視聴では、血だと思った赤い色と、人に向けたと思った言葉が、どちらも別の意味を持つのが面白いところですね。
FAQ:ナイル殺人事件(2022)の犯人と結末の疑問
ジャクリーンはリネットを直接殺したのですか?
寝室へ行って引き金を引いたのはサイモンです。ジャクリーンは犯行を設計し、夫が殺害に動ける時間を作りました。ルイーズとブークの殺害も彼女の役割です。
サイモンの脚の傷は、最後まで偽物ですか?
妻を撃ったあと、自分で脚に実弾を撃ち込んでいます。空包と絵の具で作った最初の騒ぎから、診察を受けるまでの間に、本物の傷へ変えたのでした。
首飾りを盗んだブークも、殺人の共犯ですか?
ブークがしたのは、リネットの死を見つけたあとの窃盗です。ロザリーとの生活のために盗み、捜索を恐れて隠しました。
サイモンとジャクリーンは、最後に逮捕されますか?
二人の最期は、ジャクリーンが抱擁の中で撃った一発による死です。サイモンの背中から入った弾が、密着するジャクリーンにも届きました。
ポアロとサロメは結ばれるのでしょうか?
ラストの二人は、舞台で歌うサロメと、それを客席で聴くポアロです。彼がひげをそって訪ねた姿に、私は新しい恋へ踏み出す期待を感じます。
まとめ
2022年版『ナイル殺人事件』は、夫と元恋人が仕組んだ財産目当ての殺人です。空包で作った騒ぎに、本物の脚の傷を後から重ねることで、サイモンの行動を隠していました。
秘密を知ったメイドと、その口封じを見た友人まで命を奪われ、ジャクリーンが撃った一発で犯人二人も死亡します。事件を解いたポアロに残るのは、友人を救えなかった悲しみ。そして半年後、傷のある顔でサロメの歌を聴く姿に、私はもう一度誰かを愛する勇気を感じます。