『ライフ・オブ・パイ』の病室の話、トラと海の美しさを思い返すほど怖くなりませんか? 冒険映画を観終えたつもりが、帰り際にまったく違う重さの話を渡されるんですよね。
母の死や人肉食に触れる、結末までのネタバレです。
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、アン・リー監督の2012年の映画です。
結末は、二つの漂流談の真偽を観客に委ねる形で終わります。動物と人間の対応から、人間の話を実際の惨事、トラの話をそれに耐えるための物語と受け取る読みが浮かぶんですよね。
パイの幼少期と、家族を乗せた船が沈むまで
20th Century Studios Indiaの公式予告(英語)です。
三つの宗教を信じる少年と、父のトラの教訓
物語の語り手は、カナダで暮らす大人のパイ・パテル。彼を訪ねた作家が、少年時代からの体験を聞いていきます。
パイはインドのポンディシェリで、動物園を営む父、母、兄と育ちました。本名はピシン・モリトール・パテルで、名前の由来はフランスのプールです。学校で名前をからかわれると、円周率を使って「パイ」という呼び名を広めます。
あだ名のために円周率をあそこまで覚えるとは。私なら、途中でノートの余白が尽きそうです。
ヒンドゥー教に親しんだパイは、キリスト教とイスラム教にも心を寄せ、三つの信仰を持つようになります。父は理性や科学を重んじ、母は息子の関心を受け止める人でした。
動物の心にも近づけると考えたパイは、ベンガルトラのリチャード・パーカーへ手で肉を与えようとします。父はそれを止め、トラがヤギを捕食するところを息子に見せました。目を合わせたくなる美しい動物が、すぐ目の前で命を奪う。この怖さを、パイは幼いうちに知るんです。
恋人との別れ、船内の食事、そして嵐
父がカナダへの移住を決めると、パイは恋人のアーナンディと離ればなれになります。一家は動物たちとともに日本の貨物船へ乗り込み、新しい暮らしへ向かうはずでした。
船の食事では、菜食を望む母と乱暴なコックの間に摩擦が起きます。一方、仏教徒の船員はパイたちに穏やかに接する人物です。乗船中の短いやり取りで、それぞれの人柄がわかります。
嵐の夜、パイは甲板へ出て、荒れる海の迫力に心を奪われました。やがて船は大きく傾き、浸水していきます。家族を捜そうとするパイも船員によって救命ボートへ乗せられ、貨物船は海中へ沈みました。
最初の漂流談で、父と母、兄はこの沈没によって命を落とします。
動物たちの争いから、トラを生かす漂流生活へ

ハイエナが二頭を殺し、トラが姿を現す
救命ボートには、脚を傷めたシマウマとハイエナがいました。バナナに乗って漂着したオランウータンも加わり、パイは動物たちと狭い場所を分け合うことになります。
ハイエナは身動きの難しいシマウマを襲い、殺して食べました。オランウータンが立ち向かうと、そのオランウータンまで殺します。パイにも危険が迫ったとき、覆いの下に潜んでいたリチャード・パーカーが飛び出し、ハイエナを仕留めました。
残ったのは少年とトラです! 同乗者がこのサイズでは、席替えで解決する段階をだいぶ超えています。
魚を殺す手と、相手のために続ける仕事
パイは浮き具やオールでいかだを作り、ボートにつないでトラとの距離を取ります。ボートの備蓄や遭難時の手引きを頼りに、飲み水と食料を確保し始めました。眠る場所にも、食べる場所にも危険がついてくる暮らしです。
菜食で育ったパイも、生きるために魚を捕って食べます。初めて魚を殺したときは泣き、祈りながら謝りました。冷蔵庫の残り物を気にする日常とは、食べるという行為の重さがまるで違うんですよね。
海には美しさも脅威もあります。光る海からクジラが跳び上がると、いかだが壊れ、食料も流されてしまいました。海へ入ったリチャード・パーカーがボートへ戻れるよう、パイが助けました。
パイは笛と餌を使ってトラを訓練し、ボートで共存する距離を覚えさせていきます。相手を恐れながらも、水や魚を与え、自分の生活に毎日の仕事を作ります。
リチャード・パーカーへの恐怖はパイの気を張らせ、世話は生き続ける目的になりました。ひとりで海を眺めるだけなら、絶望に飲まれていたかもしれません。トラも衰弱したころには、パイがその頭を膝に乗せるほど、二者の距離は変わっていました。
人食い島の歯と、メキシコでのつらい別れ
昼の楽園が夜に命を奪う島
疲れ果てたパイとトラは、緑の植物に覆われ、ミーアキャットが無数にいる島へ流れ着きます。パイには食べられる植物と淡水、トラには獲物があり、ようやく体を休められました。
ところが夜になると、ミーアキャットは木へ登り、トラはボートへ戻ります。池の水は酸性に変わり、魚が死んでいきました。パイも木の上で夜を過ごすうち、昼間の安心が覆るような異変に気づきます。
決め手は、花のように葉が重なった中から見つけた、人間の歯でした。パイは、かつてこの島に居続けた人が食べられたと悟ります。この島は昼に命を養い、夜には命を食べる場所だったんです。
食べ物があり、目の前の飢えはしのげる。それでも、ここへ住みつけば自分も飲み込まれる。パイは植物や水を積み、リチャード・パーカーと再び海へ出ました。
227日目の砂浜で、トラは森へ向かう
漂流を始めて227日後、ボートはメキシコの海岸に着きます。パイは砂浜へ倒れ込み、ふらつくリチャード・パーカーは森へ歩いていきました。
パイは相手が立ち止まって振り返るのを期待しましたが、トラはそのまま森へ去ります。人々に見つけられたパイは、救助されるときに泣いていました。
大人になって語る彼が悲しむのは、別れの言葉を交わせなかったことです。その痛みは家族やアーナンディとの別れにも重なっています。せめて一度、顔を見て終わりたかった。その願いが胸に刺さるんですよね。
もう一つの話:船員が死に、母が殺され、パイが復讐する

救助後、病院のパイを訪ねるのは、日本の保険調査員です。彼らは沈没の原因を調べています。動物や不思議な島の話に納得できず、現実的な説明を求めました。
そこでパイは、救命ボートに自分、母、仏教徒の船員、コックの四人がいたという話を始めます。家族の運命も、この証言では大きく変わるんです。
船員の脚を切断したあと、コックは人肉を食べる
船員は脚を骨折し、傷が悪化していました。コックは命を助けるためだとして切断を提案し、パイと母は船員の体を押さえます。しかし、脚を切られた船員は死んでしまいました。
コックは切断した脚を魚を釣る餌に使い、さらに船員の肉を食べます。母は激しく怒り、コックを責めました。人を助けるつもりで手を貸した母にとって、自分たちの行為を踏みにじるような振る舞いです。
母を守れなかったパイも、殺して食べる側になる
その後、パイが獲物を取り逃がすと、コックは彼を殴ります。母は息子をかばい、いかだへ逃がそうとしてコックに立ち向かいました。
コックは母を刺し殺し、体を海へ投げ捨てます。
翌日、パイはコックを殺します。そして、コックが船員にしたのと同じように、その肉を食べました。
母を失った怒りと、生き延びるための行為が、彼の中でひと続きになる話です。善良な少年だったころの自分へ戻れるのか。そう考えると、海上の孤独はさらに重く感じます。
作家が言い当てる、四頭と四人の対応
二つの証言を聞いた作家は、ボートの乗員が次のように対応すると指摘しました。
| 動物の話 | 人間の話 |
|---|---|
| シマウマ | 脚を負傷した仏教徒の船員 |
| オランウータン | パイの母 |
| ハイエナ | 船のコック |
| リチャード・パーカー | パイ自身 |
同じボートの争いを、動物の姿で追っていたのかもしれない。あの海の旅の記憶を、観客が頭の中で組み替える瞬間です。
結末で作家が選ぶ話と、最後の調査報告書

パイは作家に、二つの話のどちらが好きかを尋ねます。作家が選んだのは、リチャード・パーカーのいる動物の話でした。
その答えを受け、パイは神への信仰も同じだと結びつけます。子どものころから神々へ向けていた彼の関心が、物語を選ぶという問いに戻ってくるんです。
やがて妻と二人の子どもが帰宅し、作家はパイの現在の家族に会います。パイは家庭を持ち、カナダで暮らし続けていました。作家がその人生を幸せな結末と呼ぶと、パイは彼がつづる物語になったと応じます。
そして作家が手にした調査報告書には、パイがベンガルトラとともに漂流を生き抜いたという記述が残っています。事務的な文書の末尾まで、あのトラがついてくる。最後にもう一度、選ばれた物語の存在を感じさせる締め方でした。
考察:トラは生存本能? 人食い島は母の比喩?
トラを自分の中の攻撃性と考えると
リチャード・パーカーを生存本能と読むと、家族を守りたい少年と、生きるために奪う存在が、ボートの上で向き合う形になります。殺す力を持つ相手と、自分の距離を保ちながら生きる。そこに、漂流後も抱える記憶の重さを重ねる読みです。
この解釈では、トラの世話は、自分の中の恐ろしい部分と付き合う作業にもなります。おとなしく消えてくれたら楽なのに、そいつがいるから今日を生き延びる。そんな割り切れなさが、パイとトラの関係を苦しくしているのかもしれません。
島と母を結ぶ説は、象徴を読む考察
人食い島を母の遺体に重ね、母を食べた記憶まで物語の奥にあると考える解釈もあります。島の輪郭を横たわる人体として捉えることや、人間の歯を手がかりにする説です。
「島は母」「パイは母を食べた」という読みは、象徴から組み立てる考察です。人を養う場所が人を食べる場所でもある、という島の性質には、命をつなぐことと命を奪うことが重なっています。私はまず、その居心地のよさと怖さが同居するところにぞっとします。
もう一度観るなら、二人のパイの表情が気になります
再鑑賞で目を留めたいのは、海の景色に加えて、パイの話し方です。少年パイを演じるスラージ・シャルマと、大人のパイを演じるイルファン・カーンが、一人の人生をつないでいます。
病室で語る少年の表情と、作家を前にした大人の声には、出来事を言葉にする苦しさがあります。筋を知ったあとだと、話し始めるまでの間にも耳を澄ませたくなりますよね。
本編を再び観る予定なら、上映時間は127分です。お茶をいれてから腰を落ち着けるくらいの時間は取りたいところ。製品やデジタル配信の案内は、20世紀スタジオの作品ページにまとまっています。
FAQ
リチャード・パーカーは、どうして人の名前なの?
捕まえたハンターの名前と、トラの名前が書類で入れ替わったためです。トラにはもともと「サースティ」という名前がありました。
原作はある? 実話なの?
ヤン・マーテルの小説『パイの物語』を原作とするフィクションです。
2012年の映画なのに、日本公開は2013年?
日本の劇場公開日は2013年1月25日でした。
まとめ
『ライフ・オブ・パイ』を観たあとに残るのは、説明しきれたすっきり感より、人の体験を聞く怖さだと思います。生還した人にも、その後ずっと抱えるものがあるんですよね。
私は、この映画に手放しの「よかったね」を言うのは少しためらいます。食卓のある暮らしまで戻れたことを喜びながら、語る相手に差し出す話を、パイが選べるようになったことも大切にしたいです。