『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の結末のネタバレがあります。
本作は、トッド・フィリップス監督の2024年公開作です。「ジョーカー2」とも呼ばれる、2019年『ジョーカー』の続編です。
結末では、アーサー・フレックがジョーカーとしての自分を否定し、リーとの関係を失ったあと、アーカムで別の収容者に殺されます。エンドロールが流れても、すぐには席を立てない終わり方ですよね。
リーが愛していたのは、ジョーカーであり続けるアーサーでした。彼が犯罪の責任を引き受けたとき、二人の望む未来は決定的に離れてしまったんです。
アーカムでリーと出会い、アーサーは恋と歌に救いを求める
事件から約2年後、外の熱狂と病院の日々はまるで違う
物語は、ジョーカーとその影を描く短いアニメから始まります。影が本人の代わりに好き放題し、最後には本人が警官に殴られる、という不穏な幕開け。自分から離れた「ジョーカー」が暴走する構図は、実写のアーサーにも重なって見えます。
前作の事件から約2年が過ぎ、アーサーはアーカム州立病院に収容され、殺人事件の裁判を待っています。外には彼を支持する人々がいて、生涯を題材にしたテレビ映画まで作られていました。ところが本人は、薬を飲み、看守にからかわれながら日々を送る、気力の乏しい状態です。
弁護士のメアリーアン・スチュワートは、アーサーとジョーカーを別人格として弁護する方針を立てます。犯罪を起こしたのはジョーカーで、アーサー本人とは切り離せる、という主張。裁判では、犯罪行為の責任をアーサー本人が負うかどうかが争われます。
火事で逃げようとするが、二人は連れ戻される
アーサーが音楽療法で出会うのが、ハーリーン・“リー”・クインゼルです。本作のハーレイ・クィンにあたる人物で、演じるのはレディー・ガガ。リーはアーサーに、自分も同じ地区で育ち、両親の住む建物に放火して収容されたと話します。
しかもリーは、ジョーカーの熱心なファンだと語り、彼を題材にしたテレビ映画を何度も見たと話します。自分の境遇を分かってくれそうな相手が、自分を好きだと言ってくれる。アーサーにとって、恋を信じたくなる条件がそろっているんですよね。
リーは病院の映画上映中に火をつけ、混乱に乗じてアーサーと逃走を図ります。二人の逃亡生活が始まるかと思いきや、看守に捕まり、アーサーは独房へ。
その独房をリーが訪れ、二人は体の関係を持ちます。リーは退院し、アーサーは病院に残されました。アーサーは、病院の外にも自分を待つ相手がいると感じ始めます。
さらに、テレビのインタビューでアーサーはリーに向けて歌います。二人の恋は、頭の中の華やかな舞台やデュエットとしても膨らんでいきました。二人は現実でも歌っています。
裁判でリーの嘘が分かり、ゲイリーの証言がアーサーを揺さぶる

リーは自分から入院していた
裁判では、検事ハービー・デントがアーサーの責任を追及します。かつての隣人ソフィーも証人として登場し、アーサーを外から見た経験を話しました。
メアリーアンは、リーの身の上話が事実と違うことをアーサーに知らせます。リーは裕福な家庭の出身で、精神医学を学んでおり、父親も生きていました。アーサーに近づくため自分で入院し、自分の意思で退院していたんです。
幼いころから似た苦労をした相手、というアーサーの思い込みは崩れます。両親の建物への放火も嘘。ここまで自己紹介が違うと、思い出話の前に本人確認をしたくなります!
アーサーが問いただすと、リーは彼に好かれたくて嘘をついたと認めたうえで、妊娠したと話します。さらに、二人の家にするため、彼が以前住んでいた建物へ引っ越したとも言いました。
それでもアーサーはリーを信じ、ジョーカーとして法廷に立つ方向へ進みます。メアリーアンを解任し、メイクをした姿で自分の弁護を担当。弁護士よりメイクを頼りにしてどうするんですか、と言いたくなる場面です。
頭の中では、リーと二人で法廷を歌と暴力の舞台に変え、裁判官まで殺してしまいます。けれど現実の裁判では、証人たちが語る被害を聞かなくてはなりません。
命を助けたゲイリーにも、恐怖は残っていた
法廷に立つゲイリーは、アーサーと同じ道化師の仕事をしていた元同僚です。彼は同僚ランドルの殺害を目撃しており、その経験で眠れなくなり、仕事にも戻れず、ずっと恐怖を抱えていました。証言する間も、目の前のアーサーを怖がっています。
アーサーには、ゲイリーには手を出していないという意識があります。自分は彼に優しくしたし、傷つけてもいない。そのつもりだったんです。
けれど、ゲイリーは生き残ったあとも、殺人を見た記憶に苦しみ続けています。しかも、仕事仲間の中で自分をからかわず、優しくしてくれたのがアーサーでした。だからこそ、目の前で起きた暴力がなおさらつらい。
アーサーがゲイリーの命を奪わなかったことと、ゲイリーを傷つけたことは、両方とも事実です。自分が殺したのは報いを受けるべき相手だけだ、というアーサーの考えでは、目の前の友人の恐怖を説明できません。法廷で得意げに演じていたジョーカーの姿が、ここで揺らぎます。
看守の暴力とリッキーの死が、最終陳述につながる
アーサーは法廷で看守たちを侮辱し、アーカムへ戻ると、ジャッキー・サリヴァンらに浴室へ連れていかれ、暴行を受けました。
さらに、アーサーをかばって看守に抗議した収容者リッキーが殺されます。独房にいるアーサーにも、殺害される音が聞こえました。ゲイリーの恐怖に向き合ったあとに、自分の近くでまた人が死んだんです。
翌日の最終陳述で、アーサーはジョーカーという別人格を否定し、犯罪を自分の行為として認めます。母親を殺したことも告白し、自分が殺したのは6人だと話しました。罪を別の人格に預けたまま、裁判を終えようとはしなかったんですね。
それまで傍聴していたリーは、その言葉を聞いて席を立ちます。彼が自分の責任を認めた場面が、彼女との恋を壊す場面にもなる。ここが、この映画のなんとも苦いところです。
有罪評決と爆発のあと、階段でリーとの関係が終わる

有罪評決の読み上げ中に爆発が起きる
リーが法廷を去ったあと、アーサーは電話をかけ、歌で彼女を引き留めようとします。その声を聞くリーが、自分の頭に銃を向ける場面もありました。彼女は後に階段でアーサーと再会します。
陪審員はアーサーに有罪評決を下し、その読み上げの最中に裁判所で爆発が起きます。建物は大きく壊れ、アーサーは混乱の中で外へ逃げ出しました。
ジョーカーの姿をした支持者二人が、アーサーを車で連れ去ります。けれど、本人は途中で彼らからも逃走。
裁判の結果は有罪です。最後の死亡原因は収容者による刺殺です。
リーは、ジョーカーをやめた彼との未来を拒む
アーサーが向かったのは、以前住んでいた建物の近くにある階段でした。そこにはリーがいて、彼は二人でやり直そうと呼びかけます。ようやく病院の外で会えたのに、返ってくるのは拒絶。
リーにとって二人の関係は、ジョーカーを中心にした空想と結びついていました。アーサーが法廷でそれを捨てたことで、彼女の望む恋人は消えてしまったんです。アーサーが妊娠の話を持ち出しても、彼女は答えません。
リーは歌い始めますが、アーサーはもう歌いたくないと伝えます。歌で夢を膨らませてきた二人が、ここでは同じ会話さえ続けられない。こちらまで「いったん普通に話して!」と言いたくなる場面です。
リーはアーサーのもとを去り、二人の関係は終わります。階段での別れは、アーサーの空想ではなく、現実の出来事。そのあと彼は警察に捕まり、アーカムへ戻されます。
ラストでアーサーを刺した男は、アーカムの若い収容者
面会へ向かう廊下で、ジョークが殺人に変わる
再びアーカムに収容されたアーサーは、看守から面会人が来たと告げられました。彼が廊下を歩いていると、若い収容者が呼び止め、ジョークを聞いてほしいと言います。
その内容は、昔は憧れていた有名な道化師に失望した男の話です。落ちぶれた道化師に飲み物をおごろうとする形で近づき、最後には相手が受けるべき報いを与えるという言葉に変わります。笑い話の落ちに合わせるように、収容者はアーサーの腹部を何度も刺しました。
アーサーは床に倒れ、出血して命を落とします。瀕死の彼には、リーと舞台に立ち、彼女に撃たれる空想が再び重なりました。現実に彼を殺したのはリーではなく、廊下で刃物を振るった収容者です。
その背後では、刺した男が笑いながら、自分の口元を刃物で傷つけています。アーサーが倒れる画面の奥に、笑い顔を自分で作ろうとする別の男がいる。嫌なものほど、こちらが見たい場所のすぐ後ろにあるんですよね。
口元の傷は「次のジョーカー」の誕生なのか
アーサーと同じアーカムにいる、若い収容者です。
口元の傷と笑い声から、彼がジョーカーを引き継ぐという解釈はできます。アーサーが役をやめても、その暴力を欲しがる別の人間がいる、というラストですね。
結末の意味を考察すると、恋人も観客も求めたのはジョーカーだった
リーは「そのままのアーサー」を愛せたのか
私には、リーが去る理由は、アーサーが彼女の望む姿を演じ続けられなくなったことにあると見えます。入院の理由まで作って近づき、妊娠と二人の家を語り、ジョーカーとして法廷に立つ彼を後押しする。彼女の恋には、相手を好きになることと、相手を自分好みに変えることが混ざっているんです。
アーサーは、自分を受け入れてくれる人との暮らしを望んでいました。一方のリーには、犯罪者ジョーカーとの特別な恋という夢がある。二人とも「一緒にいたい」と言える時期はあっても、同じ相手を見ていたのかは疑問ですよね。
ただ、リーの感情を最初から全部偽物だったと片づけると、彼女が熱狂する姿や、法廷で失望する姿まで薄くなってしまいます。恋の高揚はあったのでしょう。けれど、弱り、後悔し、ジョーカーをやめたいアーサーを受け止めるところまでは届かなかった、と私は感じます。
ゲイリーの証言は、殺人のあとにも生活が続くと示す
優しくしてくれた相手を覚えているのに、その相手の前で震えてしまう。暴力に巻き込まれた人の生活は、事件が終わったあとも続きます。
アーサーを応援する人々には英雄的に映る出来事が、ゲイリーには眠れない夜として残っていました。そこへリッキーの死が重なり、アーサーは自分に付いた特別な名前では誰も救えない、と感じたのではないでしょうか。
自分がしたことを認めるには、観客の喜ぶ役を降りる必要があった。ところが彼が正直になるほど、リーも支持者も離れていくんです。
冒頭の影と、最後の収容者はどう重なる?
冒頭のアニメでは、影が本人の代わりに暴走します。最後には、アーサーがジョーカーを否定しても、別の人間が笑いと暴力を続けようとする。私はこの二つを、本人がやめても広がったイメージは止まらない、というつながりで読んでいます。
支持者の車に乗り続ければ、アーサーは再び彼らの中心に立てたかもしれません。それでも彼は逃げ、最後までジョーカーの役へ戻りきらなかった。アーサーの人生は終わっても、ジョーカーを欲しがる人々の熱狂は残ります。そのずれが、口元を傷つける男の姿に凝縮されている、と私は思います。
誰かがジョーカーになるとして、その人を喜んで迎えるのは誰なのか。映画を見ているこちらにも、気まずい問いが返ってきます。
リーは妊娠を告げ、空想の舞台では殺人が起きる

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、2024年に劇場公開された映画です。2019年公開の『ジョーカー』の続編にあたります。
- リーの妊娠:妊娠は、リー本人の発言です。
- リーの生死:銃を自分に向ける映像があっても、その後の階段には生きたリーがいます。
- 舞台での殺人:リーがアーサーを撃つ場面や、法廷を舞台に暴力を振るう歌唱場面は空想です。現実の事件として足すと、誰が誰を殺したかまで変わってしまいます。
- アーサーの刑罰:有罪評決が出て、刑罰の宣告を待つ段階でした。その後、別の収容者に刺されて死亡します。
ゲイリーの証言と階段の会話で、アーサーの反応が変わる
ゲイリーの証言と階段でのリーの歌には、アーサーが違う反応を示します。前者では他人の苦痛を聞かされ、後者では、自分の言葉で話そうとしても恋人と通じ合えません。
あの廊下の衝撃が強すぎて、それ以前の会話を忘れがちなんですよね。けれど裁判から階段へ追い直すと、アーサーが何をやめ、何をまだ望んでいたかが見えてきます。
ワーナー ブラザース公式の日本語予告は、二人の歌と法廷の雰囲気を振り返る映像です。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』公式の配信・ディスク案内は、本編の配信先とディスクの商品情報をまとめたページです。配信期間はサービスごとに異なります。
よくある質問
アーサーは本当に死亡したのですか?
はい。物語の最後に、腹を刺されたアーサーが出血して死に至ります。瀕死の彼に重なるのは、リーに撃たれる舞台の空想です。
最後の男が「本物のジョーカー」なのですか?
口元に笑いの傷を作るため、ジョーカーの誕生を思わせます。本編の彼は、アーサーを殺したアーカムの若い収容者です。
アーサーを刺したのは誰ですか?
アーサーを刺したのは、アーカムの若い収容者です。
リーの放火と裁判所の爆発はいつ起きますか?
リーはアーカムの映画上映中に火をつけます。裁判所の爆発は、有罪評決の読み上げ中に起きました。
アーサーとジョーカーは別人格だったのですか?
メアリーアンは、その主張でアーサーを弁護しようとしました。しかし彼本人が最終陳述で別人格という説明を退け、殺人を自分のしたこととして認めています。責任を引き受ける選択が、結末へつながるんです。
リーは最後に死んだのですか?
リーの最後の登場場面は、生きてアーサーに別れを告げる階段です。
まとめ
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』では、恋人と逃げ切る夢が壊れ、アーサーが孤独な最期を迎えます。ゲイリーの苦しみとリッキーの死を経て罪を認めたアーサーに、リーは階段で別れを告げました。
最後の収容者は、アーサーの命を奪い、自らの口に笑いの傷を作ります。その先の正体よりも、彼が手放したジョーカーを別の誰かが欲しがっていることが不気味なんですよね。弱さまで見てほしかったアーサーと、特別な恋を求めたリー。その二人が階段で別れる姿を思い返すと、最後の廊下がいっそう冷たく感じられます。