『グリーンマイル』の結末のネタバレがあります。『グリーンマイル』は1999年の映画です。原作はスティーヴン・キングの小説です。
コーフィが無実だと分かったのに、どうして電気椅子に座ることになったのか。そして、ラストでポールが108歳だと明かすのはなぜか。泣いたあとに、そこでもう一度つまずきますよね。
少女姉妹を殺した真犯人はウォートンで、救おうとしたコーフィは無実のまま処刑されます。コーフィは人々の苦痛を感じ続けることに疲れ、ポールの逃亡の提案を断りました。
一方、コーフィから命の力を受け取ったポールは、愛する人を次々に見送る長い人生を歩むことになります。奇跡が起きるたびに「これで助かるはず」と思うのに、肝心の本人を救えない。ティッシュを取る手が、つい止まる結末なんです。
グリーンマイルは死刑台への通路――コーフィが来た1935年
物語は、老人ホームで暮らすポール・エッジコムが、白黒映画『トップ・ハット』を見て涙を流すところから動き出します。友人のエレインに話し始めたのは、1935年、コールド・マウンテン刑務所で看守をしていた頃のことでした。
ポールが受け持つ死刑囚棟には、電気椅子へと続く緑色の床の通路があります。それが「グリーンマイル」です。ポールや同僚のブルータルは、囚人が最後まで人として扱われるように仕事をしていました。
そこで厄介なのが、新人看守のパーシー。州知事につながるコネを頼りに、囚人をいたぶり、同僚にも横柄に振る舞います。職場に一人いると困るタイプですが、この人の手には警棒まであるんですよね。
姉妹の遺体を抱いていたことが、犯人とされる決め手になる
そんな死刑囚棟に送られてきたのが、黒人の大男ジョン・コーフィです。幼い少女姉妹を殺した罪で死刑判決を受けていました。発見された時、彼は二人の遺体を抱いて泣いていたのです。
ただ、牢に入ったコーフィは穏やかで、暗闇を怖がり、夜も明かりがあるかを気にします。ポールは、目の前の怯えた男と、聞かされた残虐な犯行がどうにも結びつかず、疑問を持ち始めました。
コーフィが訴えていたのは、姉妹を元に戻そうとしたけれど間に合わなかった、ということ。彼の「戻す」という言葉の意味は、ポール自身がその力を受けると、はっきりしてきます。
ポールの病気が治り、疑いは確信に近づいていく
新たに入ってきた死刑囚ウォートン、通称ワイルド・ビルは、薬でぼんやりしているように装い、突然暴れ出して看守たちを襲います。騒動のあと、尿路感染症に苦しむポールは、痛みでうずくまってしまいました。
コーフィはポールを呼び寄せ、身体に触れて病気を治します。その口から、黒い羽虫のようなものが出て消えていく。ポールの痛みはなくなりました。治ったのはありがたいけれど、目の前でその光景を見たら、喜ぶ前に一度固まるでしょう。
ポールはコーフィの弁護士にも会い、事件への疑問を口にしますが、弁護士は彼を犯人だと信じたまま。病気を治してくれた体験があっても、周囲の見方は簡単に変わりません。
デルとネズミを襲ったパーシーの悪意
死刑囚のデルが大切にしているのは、棟に現れた小さなネズミ、ミスター・ジングルスです。デルは芸を教え、自分の処刑が近づくと、残されるネズミの行き先を心配します。
ポールとブルータルは、ネズミが芸をするサーカスの話でデルを安心させました。実際には、彼を慰めるために作った話です。電気椅子のある棟で、みんなが一匹のネズミの就職先を相談している。ここには、まだ普通の人の優しさが残っているんですよね。
ミスター・ジングルスが息を吹き返す
ウォートンに捕まって怯えたパーシーを、デルが笑ったことで、パーシーの恨みは強まります。やがて彼は、デルの目の前でミスター・ジングルスを踏みつけました。
泣き叫ぶデルをよそにパーシーが去ると、コーフィがネズミを手で包み、命を救います。小さな身体が再び動き出したのです! 看守たちも、コーフィの力を自分の目で見たのですね。
乾いたスポンジで、デルの処刑が惨劇になる
パーシーは、精神病院へ異動する代わりに、デルの死刑執行を指揮する役目を求めます。ポールたちは、彼を死刑囚棟から去らせるため、その条件を受け入れました。
ところが本番で、パーシーは、電気椅子で使うスポンジをわざと濡らさず、デルを激しく苦しませます。手順を知らなかったのではなく、知ったうえでの仕打ちでした。デルの身体は焼け、処刑場は惨状に包まれます。
同じ頃、牢でミスター・ジングルスを預かるコーフィにも、デルの苦痛が伝わっていました。彼は離れた場所で苦しみ、ネズミは逃げ去ってしまいます。コーフィの力は病気を治すだけでなく、他人の痛みを自分の痛みのように受け取る力でもある。そのつらさが、ここでむき出しになるんです。
メリンダを救った夜、ウォートンが射殺されるまで

刑務所長ハルの妻メリンダは、重い脳腫瘍で苦しんでいます。ポールは、コーフィの力なら彼女を救えるかもしれないと考え、パーシー以外の看守に計画を打ち明けました。
看守たちはウォートンを眠らせ、パーシーを拘禁室に閉じ込めます。コーフィをひそかに刑務所から連れ出し、ハルの家へ向かうためです。途中で目を覚ましたウォートンがコーフィの腕をつかむと、コーフィは何かを感じ取り、動揺しました。
所長宅で、コーフィはメリンダの病を吸い取ります。彼女は回復する一方、コーフィはいつものように黒いものを吐き出さず、苦しいまま刑務所へ戻りました。
コーフィは取り込んだ病をパーシーへ移す
帰還後、コーフィはパーシーをつかみ、体内に残していたものを彼の口へ吹き込みます。パーシーの様子は変わり、朦朧としたままウォートンの牢の前へ歩いていきました。
ウォートンを撃ち殺すのは、コーフィから病を移されたパーシーです。射殺後、黒いものがパーシーの口から出ていきますが、彼は言葉を交わせない状態になってしまいました。
その後、パーシーは精神病院へ患者として収容されます。自分が職員として行きたがっていた場所へ、今度は自分が入れられる。彼の横暴は、こうして終わりました。
コーフィは、この出来事を悪い二人への罰だとポールに話します。穏やかな彼が、なぜウォートンまで殺したのか。ポールに差し出された手が、少女姉妹の事件の真相を見せることになります。
少女殺しの真犯人はウォートン――コーフィは救おうとしていた

ポールがコーフィの手を握ると、ウォートンが姉妹にしたことが、映像として伝わってきます。刑務所から連れ出される時に腕をつかまれたコーフィは、ウォートンの犯行を感じ取っていたのです。
ウォートンは、騒げばもう一人を殺すと姉妹を脅し、互いを守りたい気持ちを利用して黙らせました。そのうえで二人を殺害しています。姉妹が大切にし合う心を、逃げられなくするために使ったんです。
コーフィは姉妹を見つけ、命を取り戻そうとしましたが、救えませんでした。遺体を抱いていたのは殺したからではなく、生き返らせようとしていたからです。冒頭の泣き声は、助けられなかった悲しみだったのですね。
ポールは、コーフィが無実であることを知ります。同時に、彼が感じ続けている世界の残酷さにも触れました。犯人の名前が分かって、ほっとして終われる場面ではありません。真実を知ったポールが、この先どうやってコーフィを助けるのかが、切実な問題になります。
無実なのに、なぜコーフィは処刑を受け入れたのか

ポールには、コーフィを無実だと確信する体験があります。でも、その記憶を見たことを証拠にして、死刑判決を覆す道は見つかりません。執行の日は迫っていました。
ポールはコーフィに、逃げたいなら手を貸すと持ちかけます。職務を守るだけでは済まないところまで、彼を救いたかったのです。ところが、コーフィは逃亡を望みませんでした。
他人の痛みを感じ続ける暮らしに、疲れ切っていた
コーフィが死を受け入れる理由は、世界中の苦痛や、人が人を傷つける悪意を感じ続けることに疲れ果てたからです。刑務所の外へ出ても、その感覚から解放されるわけではありません。
彼はポールを責めず、自分が望んでいることを話します。ただ、その願いを聞くポールの苦しさも消えない。助けてもらった自分が、助けてくれた人を処刑する立場なのですから。ここは「本人も望んだのでよかった」と軽く片づけられないですよね。
最後の望みは、初めて映画を見ること
コーフィは、これまで映画を見たことがありませんでした。最後に見てみたいという願いを受けて、看守たちはミュージカル映画『トップ・ハット』を上映します。
歌とダンスに目を輝かせるコーフィ。人の悪意を感じ続けてきた彼が、美しいものをただ喜べる、短い時間でした。老人ホームでポールを泣かせた映画は、この時に一緒に見た作品なのです。
暗闇を怖がり、目隠しを断ったまま亡くなる
処刑場には、コーフィを犯人だと思っている少女姉妹の両親も来ています。その憎しみを感じた彼を、ブルータルは、自分たちは君を憎んでいない、と支えました。
電気椅子に座ったコーフィは、暗闇が怖いのでフードをかぶせないでほしいと頼みます。ポールはその望みを受け入れ、最後に手を握りました。牢に来た時から怖がっていた暗闇が、最期のお願いにもつながるのがつらいところです。
ポールは執行を指示し、看守たちは涙をこらえながらコーフィを処刑します。奇跡による脱出も、直前の救済もありません。コーフィの死後、ポールとブルータルは転属を願い出て、死刑執行の仕事を離れました。
ラストの108歳はなぜ?ポールが長寿を罰と感じる理由

話は老人ホームへ戻ります。エレインはポールの昔話を聞いて、年齢が見た目と合わないことに気づきました。ポールが明かした実年齢は108歳。さらに、森の小屋には、あのミスター・ジングルスがまだ生きているのです。
ポールにもネズミにも、コーフィの命の力が残り、普通では考えられない長寿をもたらしていました。エレインはそれを奇跡と受け取ります。けれど、ポールはその長寿を、コーフィを死なせた自分への罰と受け止めていました。
生き延びるたびに、大切な人を見送ることになる
妻も、友人も、かつての仲間も、自分より先に亡くなっていく。ポールはその別れを重ね、無実と知っていたコーフィを死なせた自分への罰だと、長寿を受け止めています。
その後、エレインも亡くなりました。話を聞いてくれた人との別れまで、彼はまた経験するのです。108歳という数字より、隣で話せる相手が一人ずついなくなることのほうが、胸に残りませんか。
ポールは、ネズミにこれほど長い命が与えられたなら、自分の人生はあとどれほど続くのかと考えます。死刑台へ向かう短い通路だった「グリーンマイル」は、最後には、彼が死へ向かって歩く長い人生と重なりました。
考察:コーフィの苦しみを、今度はポールが抱えて生きる
私はこのラストを、誰かを救う力と、その痛みを抱えるつらさが、コーフィからポールへ残された結末だと読んでいます。コーフィは他人の苦痛に疲れ、ポールは人との別れに疲れながら、それでも生き続ける。二人の孤独が似ているんです。
ただ、ミスター・ジングルスは、コーフィが確かに命を救った証でもあります。ポールの記憶には罪悪感だけでなく、デルがネズミを可愛がった時間や、皆で映画を見た夜も残っている。だから私は、あの小屋にいる一匹に、少しだけほっとします。
映画版のラストに残る謎――長寿と「神の罰」
ポールが108歳で、ミスター・ジングルスも生きているのが、1999年映画版のラストです。原作小説は別の版。映画は、ポールのその後の死亡場面までは描いていません。
長寿を「神の罰」と受け止めているのはポール本人です。彼には、救える人を死なせてしまったという罪悪感があります。
コーフィの力がどこから来たのか、ポールの命がいつ終わるのかも、映画では答えが出ません。無実のコーフィが命を落としたことと、その記憶を抱えたポールが今も生きていること。この二つが、ラストの寂しさを作っていると感じます。
もう一度鑑賞するなら、コーフィの言葉と『トップ・ハット』に注目
再鑑賞では、姉妹の遺体を抱いていたコーフィが、何を戻そうとしていたのかを意識して聞いてみてください。病を吸い取り、ネズミを救う姿を知っていると、最初の場面から彼の悲しみが分かります。
もう一つは、暗闇を怖がるコーフィと、映画を見て喜ぶコーフィの表情です。最後の処刑場だけを思い出すと、怯えた顔ばかり残りがちですよね。ポールが一緒に過ごした、嬉しそうな顔にも目を向けたいところです。
ワーナー・ブラザース公式の予告編で、ポールとコーフィがいる死刑囚棟の雰囲気を振り返れます。
結末を知ってからの鑑賞は、「助かるかな」と待つ時間より、看守たちが何をしてあげようとしたかを見る時間になると思います。ティッシュは、箱で近くに置いておきたいですね!
FAQ
少女姉妹を殺したのはパーシーですか?
犯人は死刑囚のウォートンです。パーシーは看守で、デルの死刑を残虐なものにし、その後ウォートンを銃で殺します。二人が起こした出来事は別々なのですね。
ネズミを救えたのに、なぜ少女たちは救えなかったのですか?
コーフィが姉妹を助けようとした時には、すでに手遅れでした。ミスター・ジングルスの蘇生は成功しますが、姉妹への試みは失敗しています。彼自身も、助けられなかったことを悲しんでいました。
ポールとミスター・ジングルスは不死身になったのですか?
映画が示すのは、二人が驚くほど長く生きていることです。ポールは人生の終わりを思い、自分に残された時間を案じます。永久に死なないという答えは出ていません。
冒頭でポールが泣いた映画は、何という作品ですか?
『トップ・ハット』です。コーフィの願いをかなえた夜の思い出が、老人ホームのテレビでよみがえったのですね。
まとめ
『グリーンマイル』で一番苦しいのは、犯人が分かっても、助けようとした人の命を守れなかったことです。ポールはコーフィの望みを聞き、その最期に立ち会った記憶を、108歳になっても抱えています。
命を延ばす奇跡が、別れの回数まで増やしてしまう。その悲しさの中に、まだ生きる小さなネズミと、映画を見て笑ったコーフィの姿が残ります。処刑のあとに続くポールの長い人生も、同じくらい泣けるんです。救われた命が続いていくことにも、こんなに寂しさがあるのですね。