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哀れなるものたちネタバレ|結末で将軍が草を食べるのはなぜ?

哀れなるものたちネタバレ|結末で将軍が草を食べるのはなぜ?

なぜアルフィー将軍は、最後の庭で草を食べているのでしょうか。

ほかの人はお酒、将軍だけ芝生。ずいぶん特殊な午後ですよね。

結末とベラの正体までのネタバレがあります。

『哀れなるものたち』は、ヨルゴス・ランティモス監督による2023年の映画です。

アルフィーの脳移植と最後の庭

ベラの正体は?ヴィクトリアの身体で始まった新しい人生

ヴィクトリアの身体と胎児の脳から生まれたベラ

大人の身体と幼い言葉には、脳移植という理由があった

ロンドンの外科医ゴッドウィン・バクスター博士は、橋から身を投げて亡くなった妊婦を見つけます。女性の名はヴィクトリア・ブレシントンでした。

博士が行ったのは、胎内で生きていた赤ん坊の脳を、ヴィクトリアの頭に移す手術です。こうして蘇った女性に、ベラ・バクスターという名前を与えました。

ベラの身体は母親ヴィクトリアのもの、脳はその胎児のものです。歩き方も話し方も幼いのは、この組み合わせから始まったためなんですね。

医学生のマックスは博士の助手となり、ベラの行動や成長を記録していきます。食べ物に喜び、思ったことをそのまま口にし、自分の身体の快感にも気づくベラ。世間の行儀や恥を覚えるより先に、好奇心がぐんぐん育ちました。

マックスとの婚約には、屋敷で暮らし続ける条件が付いた

観察を続けるうちに、マックスはベラを愛するようになり、結婚を申し込みます。ベラも応じますが、博士は結婚後も二人が自分の屋敷に住む条件を付けました。

ベラが求めているのは、もっと広い世界です。結婚のお祝いに一生分の住所が決まるのは、なかなか息苦しいですよね。

その契約を作るために呼ばれた弁護士が、ダンカン・ウェダバーンでした。ベラに惹かれたダンカンは、二人で旅に出ようと誘います。ベラは外で経験を重ねることを選び、彼とリスボンへ出発しました。

リスボンで自由を味わうほど、ダンカンは束縛を強める

リスボンでは、食事も酒も街歩きも、ベラにとって新しい楽しみです。ダンカンとの性の経験に夢中になる一方、彼が眠っている間には一人で街へ出かけます。

ダンカンは当初、奔放なベラを喜んでいました。ところが、彼女が自分の都合を優先し始めると、態度が変わっていくんです。

会食では言葉遣いをたしなめ、ほかの男性とのやり取りには嫉妬を見せます。ベラは周囲に合わせた愛想より、退屈なら退屈と伝える率直さを持っていました。

自由な女性を好きになったはずの男性が、その自由を管理し始める。恋人になった途端に、急に監督へ就任する感じです。

ついにダンカンは、ベラを大きなトランクに入れて客船へ連れていきました。自由な旅のはずが、荷物扱いです!

船旅で知った読書と貧困が、ベラのお金の使い方を変える

ベラの寄付の試みと船員による横取り

マーサとハリーに出会い、身体の楽しみから社会へ関心が広がる

船内で親しくなるのが、年配の女性マーサと、青年ハリーです。二人との会話や読書を通して、ベラは哲学や社会について考え始めました。

ダンカンと過ごす時間が、彼女の一日のすべてだった頃から変化が生まれます。自分の頭で問いを立てる楽しさも見つけたんですね。

ダンカンはその成長を歓迎できず、酒や賭け事にのめり込んでいきました。ベラが読んでいる本を海へ投げ捨てるほど、彼女の学びに苛立ちます。

アレクサンドリアで苦しむ人々を知り、寄付しようとする

寄港地アレクサンドリアでは、ハリーに連れられ、貧困に苦しむ人々を目にします。華やかな街や船の生活と、あまりに違う光景でした。

これまで食べて、歩いて、楽しんできた旅に、他人の苦しみが入り込んできます。ベラは激しく泣き、何かをしたいと考えました。

そこで彼女は、ダンカンが賭け事で得た金を船員に渡し、貧しい人々へ届けてもらおうとします。船員たちは金を自分たちの懐に収めてしまいました。

誰かを助けたいという思いと、相手に金が届く仕組みの間には、こんな落とし穴があったんです。善意を横取りされたうえ、二人は旅を続ける金も失います。

ベラとダンカンはマルセイユで船を降り、パリへ移りました。楽しみを買う側だったベラは、そこで自分が稼ぐ側になることを選びます。

パリの売春宿で、ベラは働くことと他人の都合を覚える

金も宿も求めるベラは、スワイニーが経営する売春宿で働き始めます。自分の身体で収入を得ることを、彼女は生活のための仕事として受け止めました。

ダンカンは激怒します。自分と性的な時間を楽しんでいたベラが、その身体を自分の判断で仕事に使うことには耐えられなかったんですね。

ベラは彼との旅を終え、売春宿での暮らしを続けます。ダンカンはその後、精神的に不安定になって入院しました。

ただ、働き始めたベラには、すぐに不満も生まれます。客の希望が優先され、自分が相手を選ぶ自由は店の商売とぶつかるんです。

ベラは女性の側にも客を選ばせようと提案しますが、スワイニーは応じません。男性客に合わせる仕組みへの疑問は、店を切り盛りする女性にも向きました。

一方、同僚のトワネットとは親しくなり、性的な関係も持ちます。彼女から社会主義についても学びました。

トワネットは、男性との旅では得られなかった親密さをもたらす相手です。女性どうしで知識や時間を分かち合う暮らしも、ベラの望むものになっていきます。

帰宅したベラは博士と和解し、結婚式でヴィクトリアの夫に会う

博士との和解、ベラの求婚、結婚式の中断

自分の誕生を知り、医師になる道を選ぶ

ロンドンでは、ゴッドウィンのがんが進行していました。マックスは入院中のダンカンを訪ねてベラの居場所を探し、博士が重病だと知らせます。

屋敷へ戻ったベラは、自分がどう生まれたかを知りました。真相を隠していたマックスも、彼女に事情を説明します。

さらに、博士はフェリシティという女性にも同種の手術を行っていました。彼女はベラに比べ、ゆっくり知性を育てています。

ベラは博士と和解し、そばで過ごす時間を取り戻しました。旅から帰った娘が、病気の父親と向き合う時間でもあるんですね。

ベラは医師になると決め、博士は自分の手術室を彼女に託します。彼女を育てた家は、進みたい仕事を始める場所にもなったんですね。

マックスへの求婚を、ダンカンとアルフィーが中断する

ベラはパリでの仕事についてマックスに話し、今度は自分から彼に結婚を申し込みます。マックスはベラの経験を受け止め、その申し出に応じました。

ところが、結婚式にダンカンとアルフィー・ブレシントン将軍が現れます。アルフィーは、ヴィクトリアの夫だった男です。

ダンカンはヴィクトリアの夫を探し出し、式へ連れてきました。ベラへの執着から、彼女の母親の結婚相手まで巻き込んだんです。

アルフィーはベラを妻ヴィクトリアとして連れ帰ろうとします。ベラ自身も、かつての生活を知りたいと考え、彼についていくことを選びました。

マックスは驚きながらも、その選択を止めません。結婚式で花嫁に去られるのは相当つらいはずですが、ここで彼女の意思を受け入れたことが、ダンカンとの大きな違いです。

結末ネタバレ:アルフィーの脅迫、ヤギの脳移植、最後の庭

ヤギの脳を移植されたアルフィーと勉強中のベラ

アルフィーはベラの身体と出産を支配しようとする

アルフィーの屋敷でベラが知るのは、使用人を虐げ、銃で脅して楽しむ男の姿でした。門は閉ざされ、彼女が自由に出ていける状態も奪われます。

この暮らしを経験したベラは、ヴィクトリアが橋から身を投げた理由を、アルフィーの暴力的な支配に結びつけます。身体の過去を知るための訪問が、自分の現在まで奪われかねない事態になりました。

アルフィーはベラのクリトリスを切除し、自分の子を産ませようとします。彼女の性的な欲求を抑え、出産のために従わせる計画なんです。

彼は医師と手術の相談を済ませ、クロロホルム入りの酒を飲むようベラに迫りました。妻の身体を、自分が決めたとおりに作り替えるつもりだったわけです。

ベラが反撃し、負傷したアルフィーを手術室へ運ぶ

ベラは飲み物をアルフィーの顔へ投げつけ、銃を奪おうとします。もみ合いの途中で発砲が起き、アルフィーは足を負傷して倒れました。

ベラは彼をゴッドウィンの屋敷へ運び、マックスとともに手術室へ入れます。自分を脅した男が失血で死ぬことは、彼女も望んでいませんでした。

博士の手術記録を用い、ベラとマックスは、アルフィーの頭へヤギの脳を移植しました。

残るのはアルフィーの人間の身体です。その身体を動かす脳がヤギのものになり、彼はベラを支配していた将軍としての振る舞いを失います。

ゴッドウィンを見送り、ベラたちは屋敷で新しい暮らしを始める

ゴッドウィンは、ベラとマックスに両側から寄り添われて息を引き取ります。ベラは、恐れや好奇の目で見られてきた博士に、愛情を向けたまま最期を見送りました。

終幕の庭には、ベラ、マックス、トワネット、プリム夫人、フェリシティがいます。フェリシティは、以前はうまくできなかったボールの受け取りができるようになっていました。

ベラは本を読み、試験への緊張を口にします。ラストのベラは、医師を目指して解剖学の試験に向けた勉強をしている段階です。

そのそばでアルフィーは四つ足になり、草を食べて鳴いていました。人間の顔と身体でヤギのように暮らす姿が、あの庭の奇妙さを決定づけます。

ラストの考察:ベラの勝利を喜びながら、脳移植が怖くもなる

帰ってきた屋敷で、ベラは育てられる側から決める側へ変わった

私は、ベラが同じ屋敷へ戻る結末に、居場所を選ぶ自由も感じます。外へ出てみたからこそ、慣れた家で始めたい仕事や暮らしを、自分の言葉で望めるようになったんですね。

同じ屋敷でも、最初と最後では暮らしの決まりを作る人が変わったんですね。ベラが望む仕事と、望む人間関係が家の中心にあります。

マックスが彼女の過去に道徳的な非難を向けず、嫉妬する気持ちは認めるところも好きです。気持ちを押し殺すことと、相手を思いどおりにすることの間に、二人で暮らす余地があると思います。

他人の人格を奪う手術には、博士の危うさも受け継いでいる

ただ、ベラはアルフィーに、人格を失わせる手術を行いました。自分の身体を支配しようとした男への反撃が、相手の身体と脳を支配する行為にまで進んでいるんです。

草を食べる姿を笑ったあとで、私は手術する側のベラにもぞくっとします。ゴッドウィンの手術記録が、救命と復讐の両方に使われる後味の悪さでしょう。

ゴッドウィンの脳をアルフィーへ移す結末だったら?

博士の命が尽きる頃に、若いアルフィーの身体が手術室へ運び込まれます。このタイミングなら、博士の脳を移して延命する案も思い浮かびますよね。

私は、そうした延命を選ぶ結末なら、ベラが父親役の博士を手放せない話になったと思います。命を与えてくれた人にも別れが来る痛みがあるから、庭の明るさを少し寂しく感じるんです。

鑑賞時の注意:かわいい衣装の奥に、性と身体への暴力がある

通常劇場版の日本での区分はR18+で、上映時間は約142分です。性行為や裸体、自殺、売春、身体への暴力を伴う物語になっています。

色鮮やかな街や大きな袖の衣装に目を奪われる映画ですが、鑑賞の負担は見た目より重いと感じます。親子で気軽に楽しむおとぎ話を想像すると、かなり戸惑うでしょう。

性行為の描写はパリ編まで繰り返し続きます。身体への侵害をめぐる展開がつらい人には、慎重に作品を選びたい内容ですね。

再鑑賞で印象が変わる、ベラの歩き方と話し方

物語を知ってから観直すと、エマ・ストーンの歩幅や言葉の選び方が気になります。序盤の身体を持て余す動きから、会話で相手の考えを問い返す姿へ、成長の手触りが変わるんです。

ダンカンの髪やひげも、再鑑賞で気になるところです。登場した頃のきっちり整えた身なりが崩れていくので、偉そうな口ぶりとの落差が目に入ります。あれだけ自信満々だった人が、身だしなみまで乱れてしまうんですね。

サーチライト・ピクチャーズの公式予告です(英語)。

『哀れなるものたち』日本公式サイト

FAQ

2023年の映画なのに、日本公開は2024年なの?

日本での劇場公開日は2024年1月26日でした。アメリカでは2023年12月8日に劇場公開が始まっています。

ベラが博士を「ゴッド」と呼ぶのは、神様だから?

ゴッドウィンという名前を縮めた呼び名です。命を与えた人物への呼び方が「神」と重なるのも、私はこの映画のいたずらっぽさだと感じます。

ゴッドウィンの顔や身体は、なぜ傷だらけなの?

父親から人体実験を受けた過去があります。研究のために息子の身体を傷つける父のもとで育ち、ゴッドウィン自身もまた、人の身体を変える研究に進んだ人物でした。

まとめ

私は最後のベラの小さな心配に、ほっとします。大事件のあとにも明日の予定があるんですよね。

「哀れなるものたち」という題名は、ベラを管理できると信じた人々へ向けた皮肉にも感じます。自分が相手を知り尽くしたつもりのときに、その相手はもう変わっている。そんな気まずさまで、この映画の笑いには残る気がします。

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