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【テレビ】逃走中はやらせ?カメラマンがいるのに見つからないのはなぜ?「脳のバグ」と「超・現実」の世界

リビングのソファが、ポテトチップスの破片で戦場と化しています。

犯人は小学4年生の息子。

 

「あー!後ろ!後ろ!ハンター来てるって!なんで気づかないんだよ!」

 

画面に向かって絶叫しながら、盛大にスナック菓子を撒き散らしています。

仕事から帰宅し、片道1時間の満員電車の疲労を引きずりながら、私はその光景をぼんやりと眺めていました。

 

テレビ画面の中では、極彩色のアスレチックウェアに身を包んだ芸能人が、必死の形相で走っています。

そして、そのすぐ側には、どう考えても風景に馴染んでいない、大きなカメラを抱えたスタッフの姿。

 

「ねえママ、これってやっぱり嘘なんじゃない? カメラマンがあんなに近くにいるのに見つからないなんて変だよ。ハンター、わざと見逃してるんじゃない?」

 

息子の素朴な疑問。

それは、2004年の放送開始以来、20年以上にわたって日本中の視聴者が抱き続けてきた

「最大のパラドックス」

でもあります。

 

ネットを見れば「やらせ確定」「茶番」という言葉が踊り、職場の給湯室トークでも、居酒屋のネタとしても消費され尽くした話題です。

 

けれど、ちょっと待ってください。

 

毎日、新宿行きの満員電車でおじさんの背中と戦い、会社では上司の顔色を天気図のように読み解き、家では義理の両親に「良き嫁」の仮面を被って接している私には、別の真実が見えてくるのです。

 

この番組は、単なる鬼ごっこではありません。

これは、人間の脳が持つ「バグ」と、社会というシステムの「残酷さ」を映し出す、極めて高度な

心理実験場

なのです。

 

現在2026年1月。

AIとロボットが日常に溶け込んだこの時代だからこそ見えてくる『逃走中』の真実を、いちライターであり、主婦であり、満員電車のプロフェッショナルである私が、とことん掘り下げてみたいと思います。

 

コーヒーでも飲みながら、少しだけ私の妄想にお付き合いください。

ここにあるのは、テレビの裏側というよりは、私たちの

「認識の裏側」

の話です。

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第1章「透明な巨象」を作り出す技術と、満員電車の心理学

まず、最も気になっている「カメラマン問題」から片付けましょう。

「ハンターはカメラマンが見えているはずだ」

 

はい、その通りです。物理的に見えています。

網膜には映っているはずです。

でも、ここで重要なのは

「見えている」ことと「認識している」ことは全く別物だ

ということです。

1-1. 都会のジャングルで「人を消す」スキル

私は毎朝、通勤ラッシュの電車に乗っています。

車内はすし詰め状態。

目の前には他人の背中があり、横にはスマホで漫画を読んでいるおじさんがいます。

息がかかるほどの距離に、何人もの「人間」が存在しています。

 

でも、会社についてから

「今日、電車の隣にいた人のネクタイの色を覚えていますか?」

「斜め前にいた女性の靴のブランドは?」

と聞かれても、私は絶対に答えられません。

 

なぜか。

私の脳が、彼らを「風景」あるいは「障害物」として処理しているからです。

彼らは物理的には存在していますが、私の意識の中では

「透明人間」

なのです。

 

都会で生きる私たちは、無意識のうちに「自分に関係のない他者」の情報をシャットダウンするスキルを身につけています。

そうしないと、脳が情報過多でパンクしてしまうからです。

 

『逃走中』のフィールドで起きているのも、これと同じ現象の極致です。

1-2. アンドロイドという名の「認知フィルター」

番組の公式設定として、ハンターは「アンドロイド」ということになっています。

「クロノス社によって製造され、逃走者のみを認識するプログラムが組まれている」

という建前ですね。

 

これを「ただの子供騙しの設定でしょ」と鼻で笑うのは簡単です。

でも、この設定こそが、ハンター役のアスリートたちに

「認知的制約」

を課す強力なトリガーになっているとしたらどうでしょう。

 

「カメラマンは見ない。スタッフは見ない。逃走者だけを見る」

 

このルールを訓練段階から徹底的に刷り込まれたハンターは、カメラマンを「無視」しているのではありません。

脳のフィルタリング機能によって、意識から「除外」しているのです。

いわば、自己暗示による強力なバイアスをかけている状態です。

1-3. 忍者に進化したカメラマンたち

さらに、2026年の今の技術を甘く見てはいけません。

昔のテレビマンみたいに、バズーカ砲のような巨大なカメラを肩に担いで

「撮りますよ!ここにいますよ!」

と主張しているわけではないのです。

 

最新の撮影機材は驚くほどステルス化しています。

特にここ数年の進化は凄まじいものがあります。

  • スタビライザー(ジンバル)の小型化
    かつては大掛かりだった手ブレ補正機材が、今やお弁当箱サイズやスマホサイズになっています。
  • 高感度センサー
    大きな照明を当てなくても、暗闇できれいに撮れるカメラが当たり前になりました。

これにより、カメラマンは「撮影スタッフ」というよりは、忍者のように逃走者の「影」に同化することが可能になりました。

 

逃走者が物陰に隠れれば、カメラマンも即座に体を折りたたみ、死角に入り込みます。

時には地面に這いつくばり、植え込みの隙間からレンズだけを突き出すようなローアングル撮影も行います。

 

私の義母が、私がタンスの奥深くに隠しておいた高めのお菓子(自分へのご褒美用)を絶対に見つけられないのと同じくらい、彼らの隠れる技術は巧妙なのです。

1-4. 木を隠すなら森の中

それに加えて、現場の状況を想像してみてください。

逃走者に張り付いているカメラマンだけではありません。

エリア内には100台以上の固定カメラ、空を飛ぶドローン、安全管理のためのスタッフ、ダミーのエキストラなどが配置されています。

 

ハンターの視界は、常に「カメラを持った人間」や「黒っぽい服を着た人間」だらけです。

もしハンターが「カメラがある=逃走者がいる」という単純な推論で動こうとしたらどうなるでしょうか?

 

「あそこにカメラがある!…あ、固定カメラか」

「あそこに人が!…あ、警備スタッフか」

 

そんなことを繰り返していたら、脳のリソースが枯渇してしまい、肝心の逃走者を追うことができません。

 

情報量が多すぎるがゆえに、特定のノイズ(カメラマン)を無視せざるを得ない。

これは、渋谷のスクランブル交差点で私たちが無意識に行っている「他者への無関心」というスキルと全く同じ構造なのです。

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第2章:脳のバグトンネルビジョンと、スーパーの半額セール

ここで、もう少し科学的な話をしましょう。

ハンターの中の人も、アンドロイドではありません。

心臓があり、血管があり、私たちと同じ脳みそを持った人間です。

だからこそ発生する、脳のバグについて解説します。

2-1. 狩猟本能が引き起こす「視野狭窄」

「トンネルビジョン」という言葉をご存知でしょうか。

人間は、強いストレスや極度の集中状態、あるいは興奮状態に置かれると、視野が極端に狭くなるという生理現象です。

 

想像してみてください。

あなたは今、近所のスーパーのタイムセールにいます。

時刻は夕方の5時。

お目当ては、先着10名限りの

「黒毛和牛サーロインステーキ半額」

のパックです。

 

店員さんがハンドベルを鳴らした瞬間、あなたの目はどうなりますか?

「和牛」の赤いパックだけに釘付けになりませんか?

 

その時、隣の棚にあった特売の牛乳や、通路ですれ違ったママ友のこと、店内に流れているBGMなんて、目に入らないし聞こえないはずです。

脳が「肉をゲットする」というミッションに全リソースを投入し、それ以外の情報を「ノイズ」として切り捨てているからです。

これがトンネルビジョンです。

2-2. ハンターのサングラスの奥にあるもの

ハンターも同じです。

いくら冷静沈着なアンドロイドの仮面を被っていても、全力疾走している時の心拍数は上がり、脳内にはアドレナリンがドバドバ分泌されています。

 

「逃走者を捕まえなければならない」

「見失ってはいけない」

 

という強烈な狩猟本能(あるいは業務命令というプレッシャー)が、彼らの視野を物理的に狭めています。

 

心理学で言う「非注意性盲目(Inattentional Blindness)」です。

ハーバード大学の研究チームが行った有名な「見えないゴリラ」の実験があります。

 

被験者に

「バスケットボールをパスしている回数を数えてください」

と指示し、その映像を見せます。

映像の途中、ゴリラの着ぐるみを着た人が画面の中央を堂々と歩いて横切るのですが、パスの回数を数えることに集中している被験者の約半数は、ゴリラの存在に全く気づきません。

人間は、一つのことに集中すると、目の前をゴリラが通っても気づかない生き物なのです。

ましてや『逃走中』のハンターは、通気性の悪いスーツを着て、視界を遮るサングラスをかけています。

 

私だって、会社に遅刻しそうな時、夫が玄関で「行ってらっしゃい」と言ってくれても、その日の夫のネクタイの色どころか、夫の顔すら見ていないことがあります(ごめんね、あなた)。

 

ハンターも同じ。

彼らは演技で見逃しているのではなく、脳の限界として「見えていない」可能性が高いのです。

 

そう考えると、あの無機質なサングラスの奥にあるのが、高性能なAIではなく、私たちと同じように必死でタスクをこなそうとしている人間の焦りや必死さだと気づきませんか?

なんだか急に、ハンターが愛おしく見えてくるのは私だけでしょうか。

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第3章「やらせ」ではなく「ナッジ」された現実

それでも、

「タイミングが良すぎる」

「ドラマチックすぎる」

という疑念は消えませんよね。

残り時間わずかでの確保、絶妙なタイミングでのミッション発動。

これらは台本による「やらせ」なのでしょうか。

 

私はここで、行動経済学の視点を持ち込みたいと思います。

「やらせ(Fake)」ではなく、「ナッジ(Nudge)」です。

3-1. 肘でそっと突く技術

「ナッジ」とは、「肘でそっと突く」という意味で、強制することなく、人々の行動を望ましい方向へ誘導する手法のことです。

『逃走中』の制作陣が行っているのは、綿密な台本を書くことではなく、この「ナッジ」による環境設計(アーキテクチャの設計)です。

 

例えば、よくある

「ミッションをクリアしなければ、ハンターが追加される」

という状況。

これは、行動経済学のプロスペクト理論で言う

「損失回避性(Loss Aversion)」

を巧みに利用しています。

 

人間は、「利益を得る喜び」よりも「損失を被る痛み」を

約2倍から2.5倍

強く感じる生き物です。

 

「ミッションをクリアしたら賞金が10万円増えますよ」

と言われても、

「ふーん、でも捕まりたくないし動かないでおこう」

と考える人が多いでしょう。

しかし、

「クリアしないとハンターが増えますよ(=捕まる確率が上がる=今の賞金を失うリスクが高まる)」

と言われると、人は恐怖に突き動かされます。

 

「現状維持」が許されない状況を作り出すことで、逃走者の背中を強制的に押すのです。

 

制作側は、「動け!」と命令する代わりに、「動かないと損をするぞ」という状況を作り出すだけ。

あとは、逃走者が自分の意思で(と錯覚しながら)ドラマチックな行動を選択してくれるのを待てばいいのです。

 

これは、私が息子に対して「宿題やりなさい!」とガミガミ怒鳴る代わりに、

「宿題終わらないと、今日のゲーム時間はなしね」

と淡々と告げるのと同じです。

息子は「ママに命令されたから」ではなく、

「自分でゲーム時間を守るために宿題をする」

という選択をします(まあ、ブーブー文句は言いますが)。

結果は同じでも、プロセスにおける「自発性」の演出が、リアリティを生むのです。

3-2. 神の手によるダイナミック・プライシング

また、番組の終盤で確保者が増えるのも、台本ではありません。

疲労、焦り、賞金への欲望、そして

「ここを逃げ切ればヒーローになれる」

という自意識。

それらの要素が複雑に絡み合った結果、判断力が鈍り、ミスが生まれるのです。

 

さらに言えば、制作側は「ゲームマスター」として、状況に応じて介入を行っています。

逃走者が残りすぎているな、と思ったらハンターを追加したり、難しいミッションを出したりする。

逆に全滅しそうなら、復活ミッションを出す。

 

これはUberの配車アプリや航空券の価格が、需要と供給に応じてリアルタイムで変動する「ダイナミック・プライシング」と同じ原理です。

 

ゲームバランスをリアルタイムで調整することで、視聴者が一番ハラハラする展開を「確率的に」作り出しているのです。

それは「作られたドラマ」ではなく、極限状態における「確率論的な必然」なのです。

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第4章炎上する「正義」と、社会の縮図としての逃走中

『逃走中』を語る上で避けて通れないのが「炎上」です。

「自首」を選んで賞金を持ち帰ったプレイヤーや、自分を守るためにミッションに参加しなかったプレイヤーが、SNSで袋叩きに遭う。

 

これ、本当に不思議ですよね。

ルール上認められた正当な権利を行使しただけなのに、なぜそこまで赤の他人から怒られなければならないのでしょうか。

 

ここには、

「正義中毒」

とも言える現代社会の病理が潜んでいます。

4-1. フリーライダーを許さない脳

私たちは無意識のうちに、逃走者たちを「運命共同体」として見ています。

「みんなで協力して、強大な敵(ハンター)に立ち向かうべきだ」

「弱きを助け、強きを挫くべきだ」

そんな暗黙の了解(ノーム)を勝手に設定しています。

 

そんな中で、自分だけ助かろうとする「自首」や、リスクを負わない行動は、集団の和を乱す

「フリーライダー(ただ乗り)」

として映ります。

 

人間には、進化学的に

「利他的懲罰(Altruistic Punishment)」

という感情が備わっています。

自分に直接損害がなくても、裏切り者やズルをする人間を、自分のコスト(時間や労力)を払ってでも罰したい、という強烈な欲求です。

 

これは、PTAの役員決めで

「私、仕事が忙しいので無理です」

と言って逃げようとする人を見た時の、あのピリついた空気と同じです。

あるいは、職場でみんなが残業しているのに、

「お先に失礼しまーす!」

と定時で帰る人を見た時の、あのドロドロした感情です。

 

「みんな我慢してるのに、なんであの人だけ?」

「苦労を分かち合うべきだ」

 

『逃走中』の視聴者は、安全な場所から石を投げます。

「卑怯だ」「信じられない」「性格悪い」と。

 

でも、本当にそうでしょうか?

もし自分がその場にいて、目の前に

「ボタンを押せば確実に100万円もらえる」

というスイッチがあったら、絶対に押さないと言い切れるでしょうか?

ハンターが迫りくる恐怖の中で、見ず知らずの他人のためにリスクを冒せるでしょうか?

4-2. 悪役がいるから盛り上がる

番組側は、この「炎上」さえも計算に入れているはずです。

全員が清廉潔白で、仲良く協力し合うだけの番組なんて、正直言って退屈です(Eテレの道徳番組ならいいかもしれませんが)。

 

社会には、ズルい人も、臆病な人も、計算高い人も、勇気ある人もいます。

鈴木拓さん(ドランクドラゴン)のような、あえて「ヒール(悪役)」を引き受けてくれる存在がいるからこそ、真面目に頑張る人の輝きが増し、番組に「社会の縮図」としてのリアリティが生まれるのです。

 

私たちは、画面の中の彼らを批判しながら、実は自分自身の心の中にある「ズルさ」や「正義感」、「嫉妬心」と向き合わされているのかもしれません。

そう考えると、あの炎上騒ぎもまた、私たちが人間であることを確認するための儀式のような気がしてきませんか。

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第5章2026年のシンギュラリティと、それでも逃げる私たち

さて、時計の針を現在、2026年に戻しましょう。

『逃走中』も進化しました。

2025年の映画化を経て、今やフィールドには四足歩行ロボットが走り回っています。

5-1. ロボット犬とAIハンターの衝撃

Unitree社製のロボット犬などが導入され、正確無比なLIDARセンサーとAIによる画像認識で逃走者を追い詰める姿は、もはやSF映画の世界です。

ここまで来ると、「やらせ」という議論自体がナンセンスになってきます。

ロボットに忖度は通用しません。

AIに「空気を読む」機能はありません(今のところは)。

彼らは冷徹に、プログラム通りに人間を狩ります。

かつて人間が演じていた「アンドロイド」という設定が、本物のアンドロイドによって上書きされてしまったのです。

 

これによって、ゲームの公平性は完璧になりました。

カメラマンが見つからない理由も

「AIの画像認識フィルターで、特定のビブスを着た人間を除外している」

の一言で説明がつきます。

5-2. 不合理だからこそ面白い

でも、皮肉なことに、完璧になればなるほど、私たちは「人間臭さ」を恋しく思うようになるのではないでしょうか。

 

AIハンターにはない、人間のハンターが見せる一瞬の隙。

曲がり角で足が滑る瞬間。

逃走者の判断ミス。

恐怖で足がもつれる様。

仲間割れや裏切り。

 

そういう「不合理なエラー」こそが、この番組の面白さだったのだと気づかされるのです。

 

Web3.0やメタバースとの融合も進んでいます。

VRゴーグルをかければ、私たち自身がアバターとなって『逃走中』に参加できる時代です。

実際にその世界に入ってみればわかるでしょう。

 

視野がいかに狭くなるか。

心臓の音がうるさくて、周りの音が聞こえなくなる感覚。

恐怖で足がいかに動かなくなるか。

そして、目の前の賞金への欲望がいかに判断を狂わせるか。

 

その時初めて、私たちはテレビの中の芸能人たちに心からの拍手を送りたくなるはずです。

「よくあんな極限状況で走れるな」「私なら一歩も動けないわ」と。

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結論私たちは「嘘」を通して「真実」を見ている

結局のところ、『逃走中』はやらせなのか、ガチなのか。

私の結論はこうです。

 

「『逃走中』は、現実よりもリアルに設計された『超・現実(ハイパーリアル)』である」

 

カメラマンが消えるのも、ドラマチックな結末になるのも、すべては私たちの脳の特性と、行動経済学的な仕掛け、そして最新のテクノロジーによってデザインされた結果です。

そこにあるのは、台本という安っぽい嘘ではなく、人間という生き物の「仕様」を逆手に取った、壮大なエンターテインメントの魔法です。

 

私たちは、日々の生活で多くの「役割」を演じています。

会社員としての私。

母としての私。

妻としての私。

嫁としての私。

どれも本当の私であり、どれも演技の私です。

 

『逃走中』の逃走者たちも同じ。彼らはタレントという役割を演じながら、同時に、恐怖と欲望に揺れる一人の人間としての素顔を晒しています。

その境界線が曖昧になる瞬間。虚構と現実が溶け合う瞬間。

そこに生まれる熱量こそが、私たちが20年もこの番組を見続けている理由なのではないでしょうか。

 

だから、次回の放送を見る時は、ぜひ「やらせ探し」なんて野暮なことはやめて、その魔法にどっぷりと浸かってみてください。

 

そして、ハンターのサングラスの奥にある「人間の焦り」や、逃走者の背中にある「カメラマンの職人芸」、そして編集マンたちの「視聴者を楽しませたい」という執念に思いを馳せてみてください。

 

きっと、今までとは全く違う景色が見えてくるはずです。

 

さて、そろそろ息子におかわりのお菓子を持って行かないと。

我が家にも、お菓子を巡る熾烈な心理戦(と、夫に見つからないようにお菓子を隠す私の探索ミッション)がありますからね。

私もハンターの目を欺くスキルを磨かなければなりません。

 

それでは、またどこかの記事でお会いしましょう。

満員電車の中から、愛を込めて。

あわせて読みたい:日常に潜む「脳のバイアス」

今回の記事で紹介した「トンネルビジョン」や「ナッジ理論」は、テレビの中だけでなく、私たちの日常にも溢れています。

賢く生きるためのヒントを、以下の記事でも紹介しています。

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