ここからは、浦沢直樹『モンスター(MONSTER)』の結末までのネタバレです。通常単行本は全18巻で完結しています。
ヨハンは最後に頭を撃たれますが、テンマの手術で一命を取り留めます。その後の病室で、漫画はヨハンがいないベッドを映して終わるんです。あの一コマで「えっ、どこへ?」となりますよね。
ただ、そこへ至るまでには、双子の記憶の取り違え、町ぐるみの殺戮、そしてテンマがもう一度命を救う決断があります。病床の謎だけを考えると、兄を許すニナや、ヨハンを撃った父親の存在を見落としてしまいそうです。
少年を救ったテンマが、九年後には殺人犯として追われる
市長の手術より、先に運ばれたヨハンを選ぶ
1986年、ドイツの病院で働く日本人脳外科医・天馬賢三、通称テンマは、頭に銃弾を受けた少年ヨハンの手術を担当します。ところが、後から市長が搬送され、院長はそちらを優先するよう命じました。病院への援助や評判を左右する、有力者の命です。
テンマには、それ以前に病院の指示で有名人を優先し、先に来た患者を救えなかった後悔がありました。今度こそ、身分で治療を変えたくない。院長の命令に背き、先に運ばれたヨハンを手術して救います。
一方、市長は死亡し、テンマは出世の道を断たれます。院長の娘で婚約者だったエヴァも、彼のもとを去りました。患者を助けた途端に職場と婚約がまとめて崩れるなんて、病院の都合があまりに露骨ですよね。
その後、院長ら三人が毒殺され、ヨハンと双子の妹アンナは病院から姿を消します。上司がいなくなったテンマは外科部長に昇進するんです。彼に利益があったことが、後に捜査の疑いを向けられる理由にもなりました。
ユンケルスの死で、救った少年の正体を知る
九年後、テンマは犯罪に関わったユンケルスを治療します。怯える彼を追ってたどり着いた先にいたのは、成長したヨハン。テンマの説得を聞かず、目の前でユンケルスを撃ち殺しました。
院長たちを殺したのもヨハンで、その行為をテンマへの恩返しと捉えていました。少年を救った自分の手が、殺人を繰り返す男を生かした。テンマは強い責任を感じ、ヨハンを止めるために追跡を始めます。
しかし、ルンゲ警部はテンマを犯人と疑い、彼は追う側と追われる側を同時に担うことになります。妹アンナは、フォルトナー夫妻の養女ニナとして暮らしていた女性です。二十歳の誕生日にヨハンの手が迫り、養父母が殺されると、ニナも兄の行方と自分の過去を追い始めました。
テンマは銃の訓練まで受けますが、旅先で怪我人に会えば治療します。虐待されていた少年ディーターも救い、一緒に旅をするようになるんです。人を殺す覚悟で出発したはずなのに、目の前の患者を放っておけない。その姿が、最後の手術まで続きます。
ミュンヘンの図書館火災で、テンマはヨハンを撃てない
ミュンヘンでは、ヨハンが大富豪シューバルトに近づいていました。実の息子カールとの再会を取り持ち、秘書として懐に入り込みます。親子には喜ばしい出来事でも、ヨハンがその近くにいるだけで、こちらは素直に安心できません。
探偵リヒャルトは、シューバルトの周囲の事件とヨハンを調べるうちに、その経歴の不自然さに気づきます。ところが、ヨハンに過去の罪を突きつけられた後、転落死しました。彼を診ていたライヒワインは死に疑問を抱き、テンマに協力するようになります。
その頃、ヨハンはチェコ語の絵本『なまえのないかいぶつ』を読んで倒れました。人の弱いところを見抜いて操る男にも、自分では受け止めきれない記憶があったんです。絵本と双子の過去が、事件をプラハへつなげていきます。
シューバルトの蔵書寄贈式で、ヨハンの手配した火が図書館を包みます。テンマは狙撃のために潜んでいましたが、ロベルトに妨害され、格闘の末に彼を撃ちました。そして、閉じ込められた人々を逃がすために動きます。
炎の中でヨハンに銃を向けると、ニナがテンマを制止しました。ニナ自身も兄を撃とうとしますが、ヨハンを仕留めるには至りません。せっかく見つけた標的が、また消える。読んでいるこちらまで、本を握る手に力が入りますね。
エヴァを守ったマルティンは、殺害命令に背いて命を落とす
ヨハンに関わる組織が、彼の顔を知るエヴァをフランクフルトへ呼び、マルティンを護衛につけます。テンマを恨んでいた彼女も、兄妹を巡る争いに巻き込まれていくんです。
用済みになったエヴァを殺すよう命じられても、マルティンは従わず、彼女を逃がします。追手に撃たれた彼はテンマのもとへたどり着きますが、助かりませんでした。エヴァにとって、彼は自分を守るために命を落とした人になります。
エヴァはマルティンの死に関わるクリストフ・ジーヴァーニッヒを襲いますが、逆に危険に陥り、テンマに救われます。テンマは負傷したジーヴァーニッヒからヨハンの居場所を聞き、追跡を続けました。
ヨハンの過去は、孤児院の実験と双子の記憶につながる

511キンダーハイムでは、子どもの人格を変える実験が行われた
ヨハンがいた511キンダーハイムは、旧東ドイツの孤児院です。そこでは、子どもの人格を変える実験が行われていました。ヨハンは職員や子どもを操って殺し合わせ、施設を崩壊させます。
テンマがプラハで出会う記者グリマーも、その出身者でした。いつも笑顔なのに、自然な感情の表し方が分からない。危機に陥ると、幼い頃のテレビ番組になぞらえた「超人シュタイナー」の状態になり、激しく戦います。
グリマーが追う資料には、幼いヨハンの声を録音したテープもありました。ヨハンはニナそっくりの女性に変装し、捜査に関わるスーク刑事へ近づいていたんです。双子の顔が同じことは、思い出話だけで終わらず、現在の犯罪にも使われていました。
さらに、絵本の作者フランツ・ボナパルタへと手がかりがつながります。彼は赤いバラの屋敷で、絵本の朗読を使った子どもの人格操作に関わった人物です。子ども向けの絵本と朗読会が、人の心を壊す実験に使われていました。
赤いバラの屋敷に連れていかれたのはアンナだった
双子の両親の出会いも、ボナパルタたちの計画によるものでした。二人に子どもを生ませる実験の一部だったんです。ところが、ボナパルタは双子の母親を愛するようになり、実験を終わらせようとします。
幼い双子は、母親と「三匹のカエル」の看板がある家で暮らしていました。母親は双子のうち一人を差し出します。連れていかれたアンナが目にしたのは、赤いバラの屋敷の惨事でした。
ボナパルタは集まった実験関係者を毒殺し、その場を生き延びたアンナを逃がしました。屋敷から家へ戻ったのは妹で、兄は家に残っていたんです。
ヨハンは屋敷の大量死を自分の過去として語りますが、実際に体験したのはアンナでした。終盤、ニナは兄と向き合い、その記憶は自分のものだと明かします。ここは、双子の過去がひっくり返る場面!
兄と対面したニナは、自分に銃を向けます。そこへ来たテンマが止め、彼女の命をつなぎました。
最初にヨハンの頭を撃ったのも、妹のアンナ
物語冒頭のリーベルト夫妻は、双子の養父母です。夫妻を殺したヨハンは、アンナに自分の頭を撃つよう求め、彼女はその通りにしました。重傷の兄と、強い衝撃を受けた妹が病院へ運ばれ、テンマの手術につながります。
当初は、事件の被害者として少年のヨハンを見ていましたよね。その時点で、彼は養父母を殺し、妹に自分の命を終わらせようとしていたんです。救命と自殺の企ては、最初の病室からもう結びついていました。
『なまえのないかいぶつ』では、名前を手に入れた怪物が周囲を食べ尽くし、その名前を呼ぶ相手まで失います。ヨハン自身が、他人とのつながりを消していく姿にも重なる話です。名前があるのに、呼んでくれる人はいない。その孤独が終盤の計画へつながって見えます。
ルーエンハイムの殺戮で「完全な自殺」を企てる

ヨハンを知る人ごと、自分の存在を消そうとする
ヨハンが向かったのは、ボナパルタの潜む町ルーエンハイムでした。ここで彼は「完全な自殺」を進めます。自分を知る人々を消し、最後に自分も死ぬことで、存在の痕跡までなくそうとする計画です。
町では住民に銃が渡り、不信感が煽られます。ロベルトらの殺人も加わり、隣人同士が相手を疑って撃ち合う惨事になりました。雨の中に人々が倒れ、テンマは女性や子どもを避難させながら町へ入ります。
グリマーは住民を守るために戦いますが、致命傷を負って死亡します。感情を奪われた彼が、最期に悲しみを取り戻す場面でもありました。いつも笑っていた人がやっと悲しめた、その時にはもう救えないんです。
ルンゲはテンマに謝罪し、ロベルトとの死闘へ向かいます。互いに重傷を負いながらも、ルンゲは生き残りました。テンマを疑い続けた警部が、今度は同じ町で殺戮を止める側になる。長い追跡の末に、ようやく二人の向かう先が重なります。
ボナパルタとロベルトが死に、テンマがヨハンと対峙する
ボナパルタはヨハンを撃とうとしますが、瀕死のロベルトに撃たれて死亡します。ロベルトもその場で力尽きました。ヨハンに従い続けた彼も、511キンダーハイムの出身者で、グリマーが覚えていたココア好きの少年だったんです。
テンマと向き合ったヨハンは、自分の額を示して撃つよう促します。ヨハンが突きつけるのは、死だけが誰にも平等だという考え。最初に命を助けた医師の手で、今度こそ殺されようとしました。
そこへニナが到着し、兄を許すと告げてテンマを止めます。養父母を奪われ、自分の記憶にも苦しんできた彼女が、殺す以外の返事をしたんです。けれど、ヨハンは引き下がりません。
ヨハンは少年ヴィムに銃を向け、撃たなければ子どもを殺すとテンマに迫ります。自分の命と子どもの命を天秤にかけ、テンマの指を引き金へ追い込む場面でした。
ヨハンを撃ったのはヴィムの父親。テンマは再び手術する
ヨハンの頭を撃ち抜いたのは、ヴィムの父親です。飲んだくれとして登場していた父親が、息子に銃を向ける男を撃ちました。ヨハンが自分を殺す役に選んだテンマは、引き金を引いていません。
重傷のヨハンは病院へ運ばれ、テンマはもう一度手術をして、その命を救います。今度は、相手がどんな殺人を重ねたか知ったうえでの救命です。
私はここが、この漫画の結末で一番重い選択だと思います。ヨハンを止めるために旅をしてきたテンマが、最後に選んだのは命をつなぐ手術でした。ヨハンの望んだ死に方も、その後のテンマの生き方も、この手で変わるんですよね。
事件の後、テンマやニナはそれぞれの生活へ戻る

テンマの殺人容疑は晴れ、彼は再び医師として働きます。事件後は国境なき医師団に参加しました。逃亡中も治療を続けていた彼が、また患者のもとへ向かうんです。
ニナは大学生活へ戻り、弁護士になる夢を語ります。兄を追うことだけで埋まっていた日々から、自分の将来を考える時間へ。最後に彼女の進路が出てくると、ニナ自身の人生も続いていくんだと感じますね。
マルティンを失ったエヴァは、事件後にはインテリアコーディネーターとして働いていました。ライヒワインに会い、テンマを恨み続けた暮らしからも離れています。かつての彼女を思うと、仕事や日常の話をする姿に少しほっとしますね。
ルンゲはスークや弁護士ヴァーデマンとグリマーの墓を訪れます。事件の記憶は消えなくても、生き残った人たちには次の生活があるんです。墓を前にした三人の姿が、亡くなったグリマーを思い出させます。
ラストの病室で、母親の選択と空のベッドが残る

テンマは双子の母親に会い、ヨハンの病室を訪れる
ヨハンは手術後も意識が戻らず、病院のベッドで眠り続けています。テンマは南フランスで双子の母親に会い、双子の名前の話を聞きました。その後に訪ねるのは、眠るヨハンの病室です。
病室では、ヨハンが起き上がり、母親が子どもを差し出した時のことを問う姿が描かれます。母親はどちらの子を残したかったのか。双子を見分けて選んだのか、それとも間違えたのか。ヨハンの問いは、どちらが母親に必要とされなかった子だったのか、という痛みに向かっていました。
気づけば、目の前のヨハンは横たわったままです。実際に目を覚まして話したのか、テンマが見た幻なのか、答えは出ません。
空のベッドの意味は?ここからは考察
テンマが去った後、最後のページにあるのは、ヨハンの姿がない病床です。空のベッドから、ヨハンの行き先や死を確定する答えは出てこないんです。
不気味さを強く感じる読み方なら、序盤に双子が病院から消えた場面の反復でしょう。テンマが救い、ヨハンが姿を消す。あの始まりを思い出すと、まだ彼がどこかにいるかもしれないという怖さが残ります。
一方で、救命されたこと、ニナに許されたこと、テンマが母親から名前の話を聞いて病室を訪れたことに目を向けると、ヨハンが別の生き方へ進む余地を感じます。これは希望を持った解釈です。新たな殺人も、穏やかな生活も、漫画の最後には続いていません。
私には、二度目の手術と空の病床の落差が一番気になります。テンマは自分がすることを選び終えた。その一方で、ヨハンが何を選ぶかは見えない。だから本を閉じても、あのベッドのことを考えてしまうんですよね。
全18巻と完全版9巻は巻数が違う
通常単行本は全18巻で、結末は18巻です。紙の完全版は全9巻なので、通常版とは最終巻の番号が違います。
2008年の完全版は、加筆修正を行った全9巻。電子書籍の「完全版 デジタルVer.」は、その9巻を18巻へ再編集した版です。同じ「18巻」でも、通常版と完全版デジタルVer.では版名が違います。
別巻『なまえのないかいぶつ』は本編の19巻ではありません。小説『Another Monster』は別の刊行物、テレビアニメは全74話の別媒体です。漫画の病室を読み直したい時も、本の版名によって最終巻の番号が違うんです。
9巻で終わる本と18巻で終わる本があるので、「半分しか買っていない?」と一瞬びっくりしますよね。表紙の「完全版」まで見れば、巻数の違いが分かります。
空のベッドが気になるなら、最初の手術と17〜18巻を読み直す
通常単行本なら、1巻の救命と18巻の再手術を続けて読むと、テンマが二度とも目の前の命を助けたことがよく分かります。最初は少年の素性を知らず、最後は殺人を知っている。その違いを意識すると、二度目の決断の重さを感じるでしょう。
双子の記憶を確かめたい時は17巻、ヴィムの父親の銃撃から最後の病室までは18巻です。ヨハンが覚えていた出来事と、ニナが実際に体験した出来事を追い、その後で母親への問いを読むと、彼が何を恐れていたかを考えられます。
電子版の最終巻は、小学館の『MONSTER 完全版 デジタルVer.』18巻です。紙の通常版で読んだ人は、購入時に版名も見ておきたいですね。
よくある質問
ヨハンは結局、死んだのですか?
銃撃では死亡せず、テンマの執刀で生き延びました。終幕の病床は空です。病院で救われた事実と、その後の所在の謎が残る結末です。
テンマは双子の母親に会うのですか?
事件後、テンマは南フランスにいる母親を訪ね、双子の名前の話を聞きました。その後は眠るヨハンの病室を訪れます。
ニナとアンナは別人ですか?
同じ女性です。幼少期のアンナ・リーベルトが、フォルトナー家に迎えられてニナ・フォルトナーとなりました。ヨハンによる女性への変装もあるため、プラハの場面では少しややこしいですね。
赤いバラの屋敷と511キンダーハイムは同じ場所ですか?
別々の施設です。屋敷ではボナパルタの朗読会や実験関係者の毒殺があり、旧東ドイツの孤児院では子どもの人格操作と殺し合いが起きました。双子の幼少期を追う時に、それぞれの場所が関わります。
まとめ
ルーエンハイムで、ヨハンが望んだテンマの銃撃は実現しませんでした。息子を守ろうとしたヴィムの父親が彼を撃ち、医師のテンマが再び手術室へ向かいます。長い追跡の末にも、彼は人を救う側で生きました。
ニナには弁護士を目指す未来があり、エヴァやルンゲも生活を立て直していきます。その後で残るのが、母親の選択を気にするヨハンと、誰も寝ていない病床なんです。
あのラストを不吉に感じる人も、救いを感じる人もいるでしょう。私は、ヨハンの行方が気になるのと同じくらい、全てを知ってもう一度執刀したテンマのことを考えます。救った後の相手を支配できなくても、命を助けた。その選択が、空のベッドと一緒に残る漫画です。