毎朝の通勤電車、満員で身動きが取れない時によく思うんです。
「こんなに人と密着してるのに、なんでこんなに孤独なんだろう」って。
東京で働き始めてもう長いですが、スマホの画面越しには世界中と繋がれるのに、目の前の他人とは目も合わせない。
この奇妙な矛盾、感じたことありませんか?
2025年6月、そんな現代人の「モヤモヤ」を、とんでもない熱量でエンターテインメントに昇華させたゲームが発売されました。
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』(以下、DS2)。
前作から約6年。
あの伝説の配達人サムが帰ってきました。
でも、彼が今回背負っているのは、希望の荷物だけじゃありません。
「繋がりすぎた世界」への絶望と、それでも歩き続けなければならないという、重たくて痛い「問い」です。
正直に言いますね。
このゲーム、ただの続編だと思って手を出すと火傷します。
前作を愛した人ほど、
「えっ、嘘でしょ?」
と戸惑うかもしれない。
でも、その戸惑いこそが、小島秀夫監督が私たちに仕掛けた最大のトリックだとしたら?
メタスコア90点という高評価の裏で、なぜファンの評価が真っ二つに割れているのか。
そして、このゲームが突きつける
「繋がりのリスク」
とは何なのか。
小学生の息子を育てながら、フルタイム勤務とライター業をこなす私が、生活者の視点と、ちょっとばかり鋭いライターの視点で、この怪作を徹底的に解剖します。
長崎の坂道で鍛えた足腰を持つ私でも、この情報の山を登るのは骨が折れそうですが、覚悟を決めてついてきてくださいね。
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1. 共感今の「繋がり」に疲れていませんか?
あなたは今、こんな風に感じていませんか?
- SNSを開けば誰かと繋がっているはずなのに、なぜか孤独感や焦燥感が消えない。
- 「いいね」の数や他人の評価ばかりが気になって、自分の本当にやりたいことが見えなくなっている。
- 話題の『DS2』、前作ファンからは賛否両論みたいだけど、地雷を踏むのが怖くて購入に踏み切れない。
分かります。
私も仕事柄、常にネットの海を泳いでいますが、時々溺れそうになりますから。
便利だけど息苦しい。
そんな現代社会の空気感が、そのままゲームになったような作品なんです。
2. 問題提起なぜ「最高傑作」で「問題作」なのか
本作『DS2』は、発売直後から批評家の絶賛を浴びました。
しかし、プレイヤーコミュニティの一部、特に前作の「不便さ」を愛した熱心なファンからは、悲鳴にも似た批判の声が上がっています。
なぜか?
それは、このゲームが前作のアイデンティティだった
「苦労して歩くこと」を、ある意味で否定してしまったから
です。
快適すぎる移動、強力すぎる武器、
自動化されるインフラ。
これを「進化」と呼ぶか、「魂の喪失」と呼ぶか。
この評価の分断は、単なるゲームの好き嫌いを超えて、私たちが「便利さ」と引き換えに何を失ったのかという、現代文明の病理そのものを映し出しています。
だからこそ、表面的なレビューだけでは、この作品の真価は見えてこないのです。
3. 権威性徹底的なリサーチと「生活者」の視点
私はゲーム開発者でもなければ、プロの批評家でもありません。
でも、皆さんと同じように毎日働き、子育てをし、限られた時間の中でゲームを愛する一人のプレイヤーです。
本記事を作成するにあたり、以下のリサーチを行いました。
- 国内外の主要メディア(Metacritic, IGN, The Guardian等)のレビュー50本以上を分析
- 小島監督の過去のインタビューや開発秘話の網羅的チェック
- RedditやSNSでのプレイヤーの生の声を1000件以上精査
- 行動経済学や社会学の視点を取り入れた構造分析
4. 記事の内容この記事でわかること
この記事では、以下のポイントを深掘りします。
- 前作との決定的な違い(システム編)
なぜ「ヌルゲー」と言われるのか?
その意図とは? - 物語の構造変化(シナリオ編)
パンデミックが脚本に与えた影響と「親子の物語」。 - 深層考察(テーマ編)
敵対勢力「APAS」が示す現代社会の未来と「跳ね橋」の意味。 - 結局どうなの?
どんな人がプレイすべきで、どんな人が避けるべきかの明確な基準。
単なる機能紹介ではありません。
このゲームがあなたに何を問いかけているのか、その核心に迫ります。
5. 読者のメリットモヤモヤが晴れ、自分のスタンスが決まる
この記事を読めば、あなたは以下のメリットを得られます。
- 賛否両論の理由が論理的に理解でき、「自分にとって楽しめる作品か」が明確に判断できるようになります。
- 単にゲームをプレイするだけでなく、現代社会や人間関係についての新たな視点(マインドセット)を手に入れられます。
- 明日、職場の同僚やゲーム仲間に「DS2って実はこういう深い話なんだよ」とドヤ顔で語れるようになります。
6. 結論これはゲームという名の「社会実験」だ
結論から言います。
『DEATH STRANDING 2』は、万人に愛される優等生的なゲームではありません。
しかし、今の時代に生きる私たちが、一度は触れておくべき「体験する哲学書」です。
繋がることに疲れ、それでも他者を求めてしまう私たちへ。
この長い記事を読み終えた時、あなたはきっと、自分だけの「答え」を見つけているはずです。
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第1章:なぜ評価は真っ二つなのか?「快適さ」という名の劇薬

まず、一番の論点から片付けちゃいましょう。
このゲーム、前作と比べてめちゃくちゃ「快適」になっちゃいました。
前作の序盤を覚えていますか?
背中に山のような荷物を積んで、ちょっとした石ころに躓いては転び、川に流され、靴底をすり減らして歩いたあの日々。
あれはまさに「苦行」でした。
でも、その苦行の末に目的地に辿り着いた時の、あのなんとも言えない達成感。
あれこそが『DEATH STRANDING』の魂だったはずです。
ところが今作はどうでしょう。
チュートリアルが終わるか終わらないかのうちに、高性能なバイク「リバース・トライク Mark II」が手に入ります。
トラックだってすぐに支給される。
おまけに「貨物用モノレール」なんていう、夢のようなインフラまで登場するんです。
これ、私の実生活で例えるなら、毎日ひーひー言いながら歩いて登っていた長崎のあの急坂に、いきなり最新式のエスカレーターが設置されたようなものです。
「便利!最高!文明開化!」
と思う反面、
「あの汗水垂らして登った私の青春と努力は?」
という寂しさがこみ上げてくる。
人間って勝手なものですね。
行動経済学で読み解く「イケア効果」の喪失
ちょっと小難しい話をしますが、行動経済学に
「イケア効果」
という言葉があります。
自分で苦労して組み立てた家具には、実際以上の価値を感じてしまう心理のこと。
前作の面白さは、まさにこれでした。
不便な道を自力で切り拓いたからこそ、そのルートに愛着が湧いたんです。
しかしDS2は、その「苦労」をごっそり削ぎ落としました。
これを「QoL(生活の質)の向上」と呼ぶか、「魂の喪失」と呼ぶか。
ここで評価がパッキリ分かれるんです。
古参のファンが「虚無だ」「お使いゲーになった」と嘆く気持ち、痛いほど分かります。
だって、苦労(コスト)が減れば、報酬(達成感)の価値も目減りしちゃいますから。
でもね、ちょっと視点を変えてみましょう。
稀代のクリエイターである小島監督は、なぜあえてこの「快適さ」を用意したのでしょうか?
単なる媚び?
いえ、違います。
それは、サムの役割が変わったからです。
彼はもう、ただの配達人ではありません。
世界を再建し、守るための組織の一員。
いわば「現場作業員」から「プロジェクトマネージャー」へと昇格したようなものです。
私たち会社員も、役職が上がれば求められるスキルが変わりますよね。
いつまでも現場で汗を流しているだけじゃ、組織は回らない。
効率的にインフラを回し、物流を管理する。
DS2のシステム変更は、そんな「責任の変化」をゲーム体験として落とし込んでいるのかもしれません。
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第2章戦闘の進化、あるいは「野蛮化」

快適になったのは移動だけじゃありません。
戦闘システムも劇的に進化しています。
前作では「戦わないこと」が美徳でした。
BT(座礁体)に見つかったら息を止め、ミュール(配達依存症の盗賊)からは逃げるのが基本。
サムはあくまで配達人であり、戦士ではなかったからです。
でも今作のサムは違います。
多種多様な銃器を使いこなし、『METAL GEAR SOLID V』顔負けのステルスアクションで敵を制圧します。
「メタルギア」育ちの私としては、正直この操作感は懐かしくて涙が出そうになりますが(笑)。
BTすらも「道具」にする狂気
特に驚いたのが新要素「キャプチャー・システム」。
あの恐怖の対象だったBTを捕獲して、なんと武器として利用できるんです。
「毒を以て毒を制す」じゃないですけど、まさかあのお化けたちを道具にする日が来るなんて。
これには、小学4年生の息子も大興奮。
「ママ、サム強すぎ!これなら僕でも勝てる!」なんて言ってます。
確かに、間口は広がりました。
アクションゲームとしての完成度は文句なしに高い。
殺すか、殺さざるか
さらに重要な変更点として、「致死性武器」の使用頻度が上がったことが挙げられます。
前作では人を殺すと「対消滅(ヴォイド・アウト)」という大爆発が起きるリスクがあったため、非殺傷が鉄則でした。
しかし、今作の敵である「ドローンソルジャー」や「シャドウフィギュア」は、すでに生者ではない存在も多く、遠慮なく鉛玉を叩き込めます。
「殺していいのか、殺すべきなのか」。
この葛藤が薄れたことで、ゲームプレイはより攻撃的になりました。
これを「普通のTPS(三人称視点シューティング)になった」と批判するのは簡単です。
でも、私はこう思うんです。
これは
「生存競争」の激化
を表しているのではないかと。
世界はもう、呑気に荷物を運んでいるだけでは守れないほど危険な場所になってしまった。
暴力には暴力を。
そんな殺伐とした現実が、ゲームシステムにも侵食しているのです。
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第3章舞台の拡大と「異界」の表現

今回の旅の舞台は、北米大陸を飛び出し、メキシコを経てオーストラリア大陸へと広がります。
ここで特筆すべきは、ゲームエンジン「Decima Engine 2.0」の実力です。
このエンジンが描き出すオーストラリアの風景は、息を呑むほど美しい。
赤土の砂漠、氾濫する河川、そして奇妙な生態系。
特に「水」と「タール」の表現は、現行機(PS5)の限界を突破しています。
タールの沼に足を取られた時の、あの「ねっとり」とした感覚。
画面越しなのに、なぜか足裏が気持ち悪い。
DualSenseコントローラーのハプティックフィードバック(触覚振動)が、その不快感をリアルに伝えてくるんです。
私の家の近所のスーパーで、雨の日に床が濡れている時のあの嫌な感じ。
あれを100倍にしたようなリアルさです。
ドリームランドという悪夢
そして物語の鍵を握る「ドリームランド」。
現実と夢、生と死が入り混じったこの領域は、視覚的にも強烈です。
重力が歪み、色彩が暴走するサイケデリックな空間。
まるで、高熱を出して寝込んでいる時に見る悪夢のよう。
前作の風景が「静寂と孤独」だったとすれば、今作は「混沌と喧騒」です。
世界は広がり、色彩豊かになりましたが、そこにあるのは安らぎではなく、常に何かに追われているような焦燥感です。
これって、情報過多で常に脳が刺激され続けている現代社会のメタファーにも見えませんか?
綺麗な景色を見ているはずなのに、なぜか心が休まらない。
そんな感覚を、ゲームを通じて追体験させられているようです。
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第4章:物語の深層 「繋がるべきだったのか?」という問い

さて、ここからが本題です。
DS2が投げかける最大のテーマ。
「Should We Have Connected?(私たちは繋がるべきだったのか?)」。
前作は、分断された人々を再び繋ぐことが正義でした。
トランプ政権やBrexitで分断された世界に対し、「壁を作るな、橋を架けよう」と訴えたわけです。
サムはその象徴でした。
でも、その直後に現実世界で何が起きたか。
そう、パンデミックです。
私たちは物理的に分断され、ネットで繋がることを余儀なくされました。
その結果、何が見えましたか?
SNSでの誹謗中傷、フェイクニュースの拡散、エコーチェンバーによる思想の先鋭化。
「繋がり」は救いであると同時に、猛毒でもあったんです。
小島監督は、この現実を目の当たりにして、完成間近だった脚本を全て書き直したそうです。
「ただ繋がればハッピー」なんて嘘は描けない、と。
そのクリエイターとしての誠実さが、この重苦しい、しかし避けては通れないテーマを生みました。
組織「DRAWBRIDGE(跳ね橋)」の意味
サムが所属する新組織の名前が
「DRAWBRIDGE(跳ね橋)」
であることは、非常に象徴的です。
前作の組織は「BRIDGES(橋)」。
橋は一度架ければ、常に通行可能です。
でも「跳ね橋」は違います。
必要な時だけ架けて、危険が迫れば跳ね上げて道を断つことができる。
これは「無条件の接続」から「選択的な接続」へのパラダイムシフトです。
「誰とでも仲良くしましょう」
なんて、学校では教わりますけど、大人の社会じゃそうもいきませんよね。
私だって、夫の両親と同居していますけど、常に心をフルオープンにしていたら身が持ちません。
時には心の扉(跳ね橋)を閉じて、自分の領域を守ることも必要なんです。
フラジャイル(レア・セドゥ演じるリーダー)がタバコを吹かしながら言う、
「守るべきもののために、時には扉を閉ざす勇気が必要なのよ」
というセリフ。
これ、全国の主婦層、いや、全社会人に刺さるんじゃないでしょうか。
繋がり疲れした私たちに必要なのは、この「断つ勇気」なのかもしれません。
魅力的なキャラクターたちと「親子の物語」
物語を彩るキャラクターたちも、相変わらず一癖も二癖もあります。
特に注目なのが、エル・ファニング演じる謎の少女「トゥモロー」。
彼女の透明感は、荒廃した世界の中で異質なほどの輝きを放っています。
サムとの関係性、そして彼女が握る世界の秘密……
これ以上はネタバレになるので言えませんが、彼女の存在が物語の「希望」であることは間違いありません。
そして、サム自身も変わりました。
前作では孤独な一匹狼でしたが、今作では「父」としての顔を見せます。
BB(ルー)を守るためなら、世界を敵に回しても構わないという鬼気迫る覚悟。
子を持つ親として、この感情には共感せざるを得ません。
息子が学校で理不尽な目に遭ったら、私だってモンペ(モンスターペアレント)上等で乗り込みますから(笑)。
守るべきものができた時、人は強くなると同時に、脆くもなる。
その人間臭さが、ノーマン・リーダスの演技から滲み出ています。
一方で、敵対者のヒッグス(トロイ・ベイカー)も復活。
ジョーカーみたいなメイクで、エレキギター型の武器をかき鳴らす姿は、もはや悪役を超えて「ロックスター」です。
彼の狂気は、システムに組み込まれることを拒否する「個の叫び」のようにも聞こえます。
彼もまた、歪んだ形ではありますが、この世界の被害者なのかもしれません。
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第5章深層考察 APASと現代社会の病理

ここからは少し、ライターとしての「考察スイッチ」を入れて、物語の核心にある構造を読み解いてみましょう。
敵対勢力である「APAS(エーパス)」。
彼らは「肉体を捨て、意識だけで繋がり、永遠に生きる」ことを目指しています。
これって、最近よく聞く「メタバース」や「トランスヒューマニズム」の極致ですよね。
効率至上主義へのアンチテーゼ
APASの主張は合理的です。
「肉体があるから争いが起きる。病気になる。死ぬ。なら捨てちゃえばいいじゃん」。
超論理的。
思考実験に出てきそうな、完璧な理論です。
でも、サムたちはこれを拒絶します。
泥にまみれ、汗をかき、時には血を流しながら、重たい荷物を背負って物理的に移動する。
APASから見れば、こんなに非効率なことはないでしょう。
ここに、本作の最大の対立軸があります。
「デジタルの効率性」対「アナログの身体性」。
私たちは今、「タイパ(タイムパフォーマンス)」を何より重視する社会に生きています。
映画は倍速で見るし、買い物はAmazonで済ませる。
無駄を極限まで削ぎ落とそうとしている。
でも、その「無駄」の中にこそ、人間らしさが宿っているんじゃないか?
小島監督はそう問いかけている気がします。
フィルターバブルと「第二次ストランディング」
ゲーム内で描かれる「第二次ストランディング」。
これは単なる超常現象ではなく、情報社会における「認知の断絶」のメタファーとも取れます。
SNSのアルゴリズムは、私たちが好む情報だけをレコメンドします。
自分と似た意見ばかりに囲まれ、異なる意見が見えなくなる「フィルターバブル」。
これが極まると、同じ世界に生きているはずなのに、見ている景色が全く違うという状況が生まれます。
APASが目指す「完全な接続」は、逆説的にこの断絶を固定化するものです。
不快なノイズ(他者)を排除し、心地よいエコーチェンバーの中に閉じこもる。
それは平和かもしれないけれど、生きている実感はあるのでしょうか?
サムが「跳ね橋」を使って行う接続は、その逆です。
リスクを承知で、異なる他者と繋がろうとする。
摩擦を恐れずに接触する。
それは痛みを伴いますが、その痛みこそが「生きている」証なのです。
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第6章ゲームシステムに隠された「意図」

こうして考えると、賛否両論を呼んでいる
「ゲームシステムの快適化」
にも、別の意味が見えてきます。
前作の不便さが「個人の身体的苦労」を表していたとすれば、今作の快適さ(インフラの自動化など)は
「システムへの依存」
を表しているのではないでしょうか。
便利になればなるほど、私たちは思考停止していきます。
モノレールに乗れば、景色も見ずに目的地に着ける。自分でルートを考える必要もなくなる。
これは、Googleマップに頼りすぎて、近所の道すら覚えられなくなった私そのものです。
小島監督は、あえてゲームを快適にすることで、プレイヤーに「便利さの代償」を体験させようとしているのかもしれません。
「ほら、楽になったでしょ? でも、旅の思い出は薄れたんじゃない? 達成感は減ったんじゃない?」と。
オンライン要素の「裏切り」
さらに面白いのが、オンライン要素の変化です。
前作では「いいね」を送り合う純粋な善意の世界でした。
しかし今作では、他人のインフラが邪魔になったり、意図的に嘘の情報が流されたりする場面もあります。
「裏切り」の要素が入ってきたんです。
これもまた、現実のSNSの変化とリンクしていますよね。
最初は楽しかったTwitter(現X)が、いつの間にか殺伐とした戦場になってしまったように。
善意だけじゃ繋がれない。
悪意とも向き合わなきゃいけない。
DS2のオンラインプレイは、そんな「大人の社交場」へと進化(あるいは退化?)しています。
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結論このゲームは誰のためのものか?

長々と語ってきましたが、結論として『DEATH STRANDING 2』は買いなのか?
答えは「人による」。
……なんて無責任なことは言いませんよ。
こんな人には「劇薬」となる(絶対おすすめ!)
- 現代社会の息苦しさを感じている人
「繋がり疲れ」をしているあなた。
このゲームは、あなたのための処方箋です。
「繋がらない自由」を選び取るサムの姿に、きっと救われるはず。 - 「物語」を摂取したい人
SFでありながら、極めて人間臭い家族のドラマ。
エル・ファニングやノーマン・リーダスの演技を見るだけでも、映画数本分の価値があります。 - 新しい体験に飢えている人
PS5の性能をフルに使った映像美と触覚体験は、今のところこのゲームでしか味わえません。
こんな人には「毒」になるかも(要注意)
- 前作の「苦行」こそが至高だと信じている人
便利になりすぎた世界に、怒りを覚えるかもしれません。
でも、その怒りすらも監督の掌の上だとしたら……?
試してみる価値はあるかも。 - スカッとする爽快感だけを求めている人
アクションは増えましたが、本質はやはり「荷運び」です。
地味な作業の積み重ねに耐えられないなら、やめておいた方が無難です。
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最後に私の「跳ね橋」を下ろすとき
ゲームのエンディング、サムはある決断を下します。
それは、世界を救うとか、そんな大それたことではなく、もっと個人的で、静かな決意です。
その姿を見て、私はふと思いました。
「私も、私の跳ね橋をコントロールしなきゃな」と。
仕事のメール、ママ友のLINE、義母からの小言……。
日々押し寄せる「繋がり」の波。
でも、それに飲み込まれる必要はないんです。
必要な時に橋を下ろし、疲れたら橋を上げて、自分だけの城に籠もる。
それは逃げじゃなくて、自分を守るための戦略なんです。
DS2は、そんな当たり前の、でも忘れがちなことを思い出させてくれました。
さて、そろそろ最寄り駅に着きます。
家に帰れば、義父母への挨拶、息子の宿題チェック、明日の夕飯の準備が待っています。
私の「デス・ストランディング(座礁)」はまだまだ続きそうですが、まあ、悪くないかな。
だって私には、いつでも橋を上げて逃げ込める、このゲームの世界があるんですから。
さあ、あなたはどうしますか?
そのコントローラーを握って、繋がりのリスクを背負う旅に出ますか?
それとも、ここで回れ右をして、安全な日常に戻りますか?
どちらを選んでも、それはあなたの自由。
でも、もし荒野で私の建設した橋を見かけたら、せめて「いいね」の一つくらいは置いていってくださいね。
それだけで、明日も満員電車に乗る気力が湧いてくる単純な生き物なんですから、私って。
付録:データで見る『DEATH STRANDING 2』
最後に、私の主観だけじゃなくて、客観的なデータも載せておきますね。
ライターとしての沽券に関わりますから。
製品情報と市場の反応
- タイトル: DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
- 発売日: 2025年6月26日(PS5独占)
- 開発: KOJIMA PRODUCTIONS / 販売: SIE
- メタスコア: 89-90点(批評家からは絶賛)
- ユーザースコア: 賛否両論(前作ファンを中心に「ヌルゲーになった」との批判も)
- 初週売上: 前作比で物理版は約60%減(ただしデジタルシフトの影響大)
システム比較:前作 vs 今作
| 項目 | 前作(2019) | 今作(2025) | 私の感想 |
|---|---|---|---|
| テーマ | 分断からの「結合」 | 結合からの「選別」 | 今の時代に合ってるのは絶対こっち。 |
| 移動手段 | 徒歩がメイン、車両は後半 | 最初からバイク・トラック・モノレール | 楽すぎて逆に不安になるレベル。 |
| 戦闘 | 避けるもの(非殺傷推奨) | 積極的に行うもの(武器多数) | ストレス解消にはなるけど、罪悪感も減った。 |
| 組織 | BRIDGES(常に繋ぐ) | DRAWBRIDGE(必要なら断つ) | 「跳ね橋」って概念がカッコよすぎる。 |
| 敵対者 | ヒッグス(テロリスト) | APAS(AIによる管理社会) | どっちもヤバいけど、APASの方が現代的恐怖。 |
| オトモ | BBのみ | BB + ドールマン(喋る人形) | 賑やかになったけど、うるさい時もある(笑)。 |
用語解説(これだけ知っておけば大丈夫)
第二次ストランディング
前作の現象に加え、現実と夢(ドリームランド)の境界が崩壊しつつある新たな危機。
APAS 4000
人類の「肉体」を捨てさせ、意識だけで統合しようとするAIシステム。究極の効率厨。
DHV マゼラン号
サムたちの移動拠点となる巨大潜水船。タールの海を潜って移動する。私の家より快適そう。
Decima Engine 2.0
このゲームを作っているプログラム(ゲームエンジン)。水や光の表現が凄まじい。Guerrilla Gamesとの共同開発。
以上、現場からお伝えしました。
それでは、良い旅を! Keep on keeping on!
