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哭声 コクソン ネタバレ|日本人の正体は?父が帰った家の惨劇

哭声 コクソン ネタバレ|日本人の正体は?父が帰った家の惨劇

「あの日本人、結局何者だったの?」「白い服の女を信じればよかったの?」。『哭声/コクソン』のラストは、怖がったあとにも忙しいんですよね。國村隼さんが黙っていても怖いのに、話し始めたらもっと怖い。少しは安心させてほしいところです。

『哭声/コクソン』の結末のネタバレがあります。日本での劇場公開は2017年3月11日。

日本人の男は終盤の洞窟で悪魔の姿を現し、ジョングの娘ヒョジンは母親と祖母を殺します。父親も重傷を負い、救出はかなわないまま。イルグァンが持つ被害者たちの写真も、彼を味方だと思っていた見方をひっくり返すんです。

村の異変は、どうやってジョングの娘に及んだ?

家族を殺す村人と、日本人の男のうわさ

舞台は韓国の村・谷城、コクソン。村では、住人が正気を失って家族を殺す事件が相次ぎます。加害者の皮膚には湿疹があり、目も濁っている。ふだんの暮らしをしていた人が、突然こんな姿になるわけです。

警察では毒キノコによる異常という説明が出る一方、村人たちは山に住む日本人の男を疑っていました。男がやってきてから事件が起き始めた、といううわさですね。さらに、生の鹿肉を食べる男を見たという話まで持ち込まれ、ジョングも無視できなくなります。

事件現場に現れた白い服の女ムミョンも、日本人の男を悪霊だと指します。警官として捜査していたジョングの足元が、うわさと怪異でだんだん崩れていくんです。

男の家で見つかる写真と、ヒョジンの靴

ヒョジンは夜に、知らない男を恐れて父親にすがりつきます。やがて食べ方や口調が変わり、反抗的で攻撃的な様子を見せるように。身体には、事件の加害者たちと同じ湿疹も出ていました。よその家の事件だったものが、ジョングの家に入り込んできます。

ジョングは、日本語の通訳ができる助祭イサムを連れて男の家を調べます。そこで見つかるのが、祭壇、事件に関わる人たちの写真や持ち物、そして娘の靴でした。子どもの靴が、日本人の男の家にある。親なら、その一つだけでも息が詰まるでしょう。

怒ったジョングは再び男を訪ね、家で暴れ、犬を殺して村から立ち去るよう迫ります。ところが、娘の異常は止まらず、ヒョジンは近所の人を刃物で傷つけてしまう。家族は祈祷師イルグァンを頼ることになります。

祈祷中に苦しむ娘を見て、父が儀式を止める

イルグァンは日本人の男を悪霊と見立て、ジョングの家で儀式を始めます。太鼓が鳴り、激しい動きとともに祈祷が続く。しかし、救われるはずのヒョジンは、ひどく苦しむんです。

映画は、イルグァンの祈祷と日本人の男の儀式を交互に映します。男も苦しんでいる。初めて観ると「イルグァンが悪霊を攻撃している」と感じやすい場面ですね。太鼓も叫び声も手加減なし。音量を下げたくなるのに、目は離せません。

娘の苦痛に耐えられなくなったジョングは、イルグァンの儀式を中断させます。そのあと、ヒョジンを病院へ連れていく。祈祷にすがっても目の前の子どもは苦しんでいる。父親にとっては、待ち続けるほうが難しい状況でしょう。

男を追い詰めても、事件は終わらない

ジョングは仲間を集めて日本人の男を追います。その途中で、別の事件に関わった男の死体が動きだし、一行を襲います。異様に倒れない相手との争いを経て、日本人の男を追いかけるものの、山中で見失ってしまうんです。

帰り道では、日本人の男がジョングたちの車に衝突します。一行はその身体を道路脇から崖下へ投げ捨てる。その後、ヒョジンの状態はいったんよくなります。男を排除して娘を救ったように見える、短い安堵ですね。

けれども、洞窟では同じ男が再び姿を見せます。このあとジョングは、まだ悪霊との対決が終わっていない夜を迎えることになるのです。

鶏が三度鳴くまで、なぜ家に戻ってはいけなかった?

帰宅を促す電話とムミョンの制止

イルグァンの電話が、ムミョンへの疑いを強める

イルグァンはムミョンと遭遇すると、出血し、嘔吐して村から逃げ出します。さらに、車で立ち去ろうとした先では大量の虫に妨げられる。祈祷師自身も、余裕たっぷりの救い手ではいられなくなっていました。

彼はジョングに電話し、今度はムミョンこそ悪霊で、日本人の男はそれを退治しようとした祈祷師だったと告げます。最初の説明が、ここで逆転。頼んだ相手からそんな電話が来たら、「さっきまでの話は何だったんですか!」となりますよね。

娘を捜すジョングの前に、ムミョンが現れます。彼女は家族を救うために罠を仕掛けたと話し、鶏が三度鳴くまで、家へ戻らず待つようジョングに求めます。イルグァンの電話は帰宅を促し、目の前の女は帰宅を止める。父親は、正反対の言葉の間で立ち尽くすんです。

娘の髪留めと被害者の服が、父を動かす

ムミョンは、ジョングが人を疑い、殺そうとして、ついに殺したことを罪として指摘します。ジョングにすれば、娘が苦しみ始めたほうが先でした。彼はその点を訴え、なぜ自分たちが狙われるのか納得できません。

そのうえ、ムミョンのそばにはヒョジンの髪留めがあり、彼女は事件の被害者に関わる服を身に着けていました。日本人の家にあった娘の靴を思えば、また娘の持ち物を持つ不審な相手が現れたと感じるでしょう。ジョングは、ムミョンのほうが危険なのではないかと疑います。

結局、彼は三度目の鳴き声を待たず、ムミョンの制止を振り切って家へ向かう。彼女は泣き崩れます。ジョングが家へ戻ると、門の植物のお守りがしおれる。守りが破れたことを思わせる描写が、父の帰宅に重なるわけです。

家にいたのは、母と祖母を殺したヒョジン

ジョングが帰り着いた家では、妻と義母、つまりヒョジンの母親と祖母が殺されていました。手を下したのは、救おうとしていた娘です。村で繰り返されていた家族殺しが、ジョングの家でも起きてしまいます。

ヒョジンは父親も襲い、ジョングは重傷を負って横たわります。娘は血まみれで座り、元の暮らしには戻れない。結末に残るのは、母と祖母の死亡、父の重傷、娘の異常な状態です。

「早く帰って助けなければ」と動いた父親が、助けたい家族の惨劇を見る。この帰宅の場面がつらいのは、ジョングが娘を助けたい一心で戻ってきたからなんですよね。

日本人の正体は悪魔?洞窟でイサムが見たもの

洞窟で男が撮影し悪魔の姿を現す

ジョングの同僚の警官ソンボクも、家族を殺す事件を起こします。通訳をしたイサムは、ソンボクの甥。ジョングのすぐそばでも、惨劇は続いていたんです。

最後の夜、イサムは日本人の男を訪ね、洞窟で対面します。崖下へ捨てられたはずの男が、生きている。ジョングが男を排除できたと思った場面の、もう一方の結末ですね。

イサムは、正体を明かせば帰ると男に言います。男は、イサムがすでに自分を悪魔だと思っていることを指摘し、追い詰めるように話す。そして、イサムにカメラを向け、写真を撮り始めます。

日本人の男は、赤い目と人間離れした顔・身体を持つ悪魔の姿へ変わります。男を巡るうわさが続いた末に、劇場版はこの姿を見せるんです。イサムは恐怖に立ちすくみます。

救いを求める助祭の前で、悪魔がカメラを構える。そこで記念撮影ですか、と言いたくなるほど嫌な場面でしょう。写真の存在が、男の家で見つかった被害者たちの写真とつながり、イサムもその側へ引き込まれそうな怖さが生まれます。

日本人の男の正体については、人間の姿で現れていた悪魔・悪霊が、結末を素直にたどった答えです。洞窟の姿をイサムの恐怖が映ったものと読む考察もありますが、悪魔への変貌そのものは終盤の核心です。

イルグァンは味方だった?最後の写真が祈祷を疑わせる

イルグァンの撮影と被害者の写真

惨劇のあと、イルグァンはジョングの家を訪ねます。イルグァンはカメラを取り出し、惨劇の家族を撮影する。救ってくれるはずだった人が、事件を記録する側に回ってしまうんです。

さらに彼が車で扱っていた箱が落ち、中から過去の被害者たちの写真が現れます。日本人の男の家で見た写真と、イルグァンの所持品。イルグァンも被害者の写真を集める側だったことが、最後に露わになります。

考察:日本人の男と同じ側にいた、と読む理由

洞窟の男も、惨劇の家を訪ねるイルグァンも、人を撮影します。加えて、イルグァンの電話はジョングを帰宅させ、ムミョンの引き止めを破る方向に働きました。こうした行動から、彼が日本人の男と協力していたという解釈が自然でしょう。

ジョングの一家を救うだけの善良な祈祷師という印象は、写真の箱を見た時点で保てなくなりますね。

考察:二つの儀式は、何を狙っていたのか

イルグァンの祈祷と男の儀式が交互に映ると、二人が戦っているように感じます。ただ、娘の苦しみと最後の写真を考えると、イルグァンの祈祷もヒョジンを悪霊に渡すためだった、という読み方が生まれるんです。

もう一つは、日本人の男が別の死体に働きかける儀式をしていたという解釈。二人がそれぞれ別の相手を狙っていたと考えれば、同じ側の二人が同時に儀式をすることも説明できます。

私は、あの激しい祈祷を「助けているように見える行為さえ、信じられなくなる場面」と受け取ります。派手な音と動きがあると、何かしてくれている気になるんですよね。ところが、ヒョジンは祈祷中に苦しみ、ジョングが儀式を止めます。

ムミョンは何者?家族を守ろうとした女と読む理由

考察として、ムミョンは家族や村を守る存在と読むのが最も自然です。日本人の男を危険だと指し、罠を仕掛けたと話し、ジョングが去ると泣き崩れる。帰宅に重なる植物のお守りの変化も、守りの失敗を感じさせます。

「村の守護神」という呼び方は、彼女の働きから考えた解釈ですね。

被害者の服やヒョジンの髪留めについては、守ろうとした人とのつながりを示すものと考えられます。ジョングはそれを犯人の持ち物のように受け取った。娘の靴という不気味な経験のあとでは、持ち物がまた見つかった怖さを優先してしまうのでしょう。

ここは、観客もジョングと一緒に迷いやすいところです。日本人の男も女も、被害者に関わる物を持っているのに、女の説明は安心させてくれない。しかも「待って」と言われるすぐ近くには、助けたい娘がいる。落ち着いて話を聞くには、あまりに切迫した夜でした。

鶏と「三度」という数を、聖書にあるペテロの否認、信じていた相手を否定する出来事と重ねる考察もあります。映画の警告は、鶏が三度鳴くまで待つこと。聖書では鶏の鳴き声と三度の否認が結びつきます。回数が指すものは違いますが、信頼を失う場面の響き合いですね。

考察:父の最後の言葉が、救いのない結末をつらくする

重傷のジョングは、娘と過ごした幸せな時間を思い浮かべます。そして、自分は警察官で、何とかするから大丈夫だという言葉を娘に向ける。現実の家は壊れてしまったのに、彼は最後まで父親として娘を守ろうとするんです。

ここまで娘のために走り、怒り、祈祷を頼んできた父親が、もう動けない状態でも同じ願いを口にしている。できなかったことと、してあげたかったことの差が、あまりに大きいでしょう。

ジョングの判断には、暴力や疑いが入り込んでいました。それでも、娘が苦しむと儀式を止め、娘が危ないと言われると家へ急ぐ、その気持ちは理解できます。私はこの結末を、悪霊が父親の愛情と焦りにつけ込み、信じる相手まで間違えさせた悲劇と受け取ります。

画面の外からなら、もう少し待てばよかったと言えるんですよね。けれど、家の中に自分の子がいると思って待つ時間は、時計の数字どおりには感じられない。その苦しさがあるから、ジョングをただの愚かな父親として片づけられません。

劇場版の結末では母と祖母が殺され、父は重傷を負う

母と祖母は死亡、父は重傷、娘は異常

映画の最後に現れる男、家族、写真の箱が、この版の結末を考える手がかりになります。

ラストに残るのは、娘への言葉を口にするジョングと、血まみれで座るヒョジンです。父親の最後の状態は重傷で、娘は異常な状態のまま残されます。

ジョングは三度目の鶏の鳴き声を待たずに家へ戻ります。家に着いたときには、母と祖母はすでに殺されていました。

毒キノコを原因とする説明は作中に登場します。そこからすべてを幻覚と読む説もありますが、洞窟の変貌や二人の撮影まで幻覚と受け取るのは考察です。男の正体への答えを探すなら、最後に映る悪魔の姿は外せません。

もう一度観るなら、持ち物とカメラを追ってみる

結末を知ってから再び観ると、誰が強そうかより、誰が何を持ち、誰に何をさせるかが気になってきます。私は、次の場面を意識して観たいですね。

  • 靴と髪留め:娘の持ち物を見たとき、ジョングが相手への疑いをどう強めるか。
  • 二つの儀式:交互に映る場面を、同じ相手を巡る戦いだと思わずに見直すと、どんな印象になるでしょうか。
  • 最後の電話:イルグァンが説明を変えてから、ジョングがどの言葉と持ち物を頼りに決めるか。
  • 写真を撮る人:撮影される人の状態と、カメラを持つ男たちの態度。

植物のお守りが変わる瞬間も注目です。あれほど大きな祈祷のあとで、小さな植物の変化がこんなに怖い。派手な場面だけに気を取られると、見逃しそうですね。

村の空気を思い出せる公式予告

米国配給元ウェル・ゴーUSAの公式劇場予告です。

FAQ

日本人の男は、村を救おうとした祈祷師なのですか?

そう説明したのは、終盤のイルグァンです。イサムと対面した男は、カメラを向け、悪魔の姿を現します。

ムミョンは、本当に犯人だったのでしょうか?

彼女の制止とその後の惨劇からは、救おうとした相手を信じてもらえなかった、と読むほうが自然でしょう。イルグァンの告発を、真相そのものとして受け取ると最後の写真の場面が説明しにくくなります。

ヒョジンは最後に死んだのですか?

ラストでは血の付いた姿で座っています。母親と祖母を手にかけた娘が残される、痛ましい着地ですね。

祈祷を中断しなければ、娘は助かりましたか?

ヒョジンは祈祷中に苦しみ、ジョングが儀式を止めて病院へ連れていきます。終盤のイルグァンは惨劇の家族を撮影し、彼の箱からは過去の被害者たちの写真が現れるんです。

まとめ

『哭声/コクソン』は、日本人の男が悪魔の顔を見せ、ヒョジンによって母親と祖母が命を落とす結末を迎えます。イルグァンの写真は救い手への信頼を崩し、ムミョンの引き止めは悲劇を防げなかった願いとして残るんです。

そして、倒れたジョングはなお娘を安心させようとする。誰を信じればよかったのかと考え続けてしまうのは、あの父親の言葉があるからでしょう。悪魔の顔も怖いけれど、救えなかった子に「大丈夫」と言う父の声が、私はいちばんつらいですね。

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