『アイ・アム・レジェンド』(2007年)の結末ネタバレです。劇場公開版と、DVDなどに収録された別エンディングでは、研究室での最後の対決から展開が分かれるんです。
劇場版のネヴィルは手榴弾で命を落とし、アナとイーサンが治療の希望を運びます。別エンディングでは、捕らえた女性感染者を返したネヴィルが生き延びます。
同じ映画の話なのに、「最後は死ぬ」「いや、生きている」で会話がすれ違うんですよね。記憶力の勝負を始める前に、観た版を確かめたいところ。しかも二つの版では、ずっと敵だと思っていた感染者が何を守ろうとしていたのかまで変わります。その答えで、主人公の研究まで違って見えてきます。
無人のニューヨークで、ネヴィルは何をしていた?
ワーナー公式の予告編で、無人の街とネヴィルの暮らしが見られます(英語)。
がん治療のためのウイルスが、人類を追い詰める
物語の発端は、がんを治すために改変されたウイルスです。治療への期待を集めたはずが、変異によって人類の大半を死に至らせ、生き残った感染者の多くも凶暴な姿へ変えてしまいます。喜ばしい研究成果から、無人の街へ。あの落差はきついですね。
感染者は「ダークシーカー」と呼ばれ、日光を避けて暗い場所に潜み、夜に人を襲います。2012年、感染拡大から3年が過ぎたニューヨークで暮らすのが、軍のウイルス研究者ロバート・ネヴィル。演じるのはウィル・スミスです。
ネヴィルにはウイルスへの免疫があり、自分の血液を使って治療法を探し続けています。昼間は物資を集め、サムを連れて狩りをし、地下の研究室では動物を使った実験。ほかの生存者へ向けた無線放送も繰り返し、正午には約束の船着き場で待ちます。
夜になると家を厳重に閉ざす暮らしです。昼に好きなだけ街を走れても、日が沈めば感染者の時間。渋滞ゼロのニューヨークが、こんなにうらやましくないとは!
サムは、亡くなった家族とつながる最後の相棒
ネヴィルの妻ゾーイと娘マーリーは、避難中のヘリコプター事故で亡くなっています。映画は、その別れを回想で少しずつ見せるんです。自分は研究のため街に残り、家族だけでも逃がそうとしたのに、二人を失ってしまいました。
避難の直前、娘が父へ託したのがシェパードのサムでした。成長したサムは、無人の街を一緒に歩く相棒になっています。ネヴィルにとっては、生き物の世話をする毎日と、家族がいたころの記憶がサムにつながっているんですね。
DVD店ではマネキンに挨拶し、会話をするネヴィル。返事を待たずに話せる気楽さはあっても、ずっと返事がないのはつらいでしょう。サムがそばにいるときだけ、彼の暮らしにはちゃんと温度があります。
女性感染者の捕獲から、サムを失う夜まで

治療を試すために、一人の女性を捕らえる
ネヴィルは血液を餌にした罠を使い、女性のダークシーカーを捕まえます。目的は、研究室で治療を試すことでした。女性が連れ去られると、群れの男性リーダーが日光のある場所まで追ってきます。
ネヴィルにとって、感染者は治療が必要な危険な相手です。日光が危険なのに近づく姿を見ると、「何をしているのか」とこちらも身構えます。別エンディングを知ると、ここで女性との関係を考えなかったことが引っかかるんですよね。
罠と感染犬の襲撃で、サムがかまれる
ある日、ネヴィルは、店にいるはずのマネキンが街なかに立っているのを見つけます。動揺して近づいたところで罠にかかり、宙づりになって意識を失うんです。目を覚ましたころには日が傾き、帰宅を急がなければならない時間でした。
罠から抜け出したネヴィルたちを感染した犬が襲い、サムは戦いの中でかまれます。帰宅したネヴィルは血清を打って助けようとしますが、サムの変化は止まりません。最後には、ネヴィルが抱いたサムの首を絞め、自分の手で死なせます。
サムの感染と死は、劇場版と別エンディングに共通する出来事です。
ここは、犬が襲われるショックだけで終わらない場面でしょう。娘から預かった相棒を、自分で失わせなければならない。治療を研究してきた人が、いちばん近くの命を救えないんです。サムのいる場面で気を抜いていた分、胸にきます。
アナとイーサンの救出から、自宅襲撃へ
絶望したネヴィルを、無線放送が救う
サムを失ったネヴィルは、夜の街へ車で出て、ダークシーカーの集団に突っ込みます。相手をひき倒そうとしても数が多すぎ、彼自身が殺されそうになりました。
そこで彼を救ったのが、生存者のアナと、彼女と一緒にいた少年イーサンです。二人はネヴィルの無線放送を聞いて街へ来ていました。誰も応えないと思いながら流し続けた声が、命の危険にさらされた本人へ戻ってくるんですね。
アナは、バーモント州に生存者のコロニーがあると信じ、ネヴィルにも同行を勧めます。ネヴィルはコロニーの存在も神も否定します。家族に続いてサムまで失った直後に、希望を信じろと言われても、すぐに頷けないでしょう。
研究を続けた夜、感染者に家を突き止められる
ネヴィルは街を離れる誘いに応じず、捕らえた女性への治療を続けます。体温を下げて、血清の効果が高まるか試すんです。昼間に研究を再開しても、夜はまだ危険なままでした。
アナたちがネヴィルを夜のうちに自宅へ運んだため、感染者に後を追われ、家の場所が知られてしまいました。次の夜、群れが襲来します。防衛を突破されたネヴィルは、アナとイーサンを連れ、女性のいる地下研究室へ逃げ込みました。
ガラスの向こうからリーダーたちが迫る中、ネヴィルは女性の状態が回復に向かっていることに気づきます。最後の対決は、治療の効果が現れた女性を挟んで起こります。助けるために捕らえた人が、結末を分ける人にもなるんです。
劇場版の結末:血液を託したネヴィルは爆死する

蝶の形を見て、アナへ希望を託す
劇場版では、リーダーの攻撃でガラスに入ったひびが蝶のような形になります。ネヴィルはアナの首の蝶のタトゥーに気づき、娘が蝶を示した記憶もよみがえりました。
ネヴィルは回復した女性から血液を採り、その小瓶をアナへ渡します。二人を研究室奥の石炭投入口の中へ隠し、自分は手榴弾を手にして迫る感染者へ向かうんです。爆発でネヴィルと、襲いかかってきたリーダーたちは命を落としました。
この死は、サムを失って車で集団に突っ込んだときとは、私には違って見えます。あの夜は絶望と怒りに押されていた彼が、最後はアナたちと研究成果を生かすために踏みとどまる。救えなかった家族の記憶が、別の二人を守る選択へつながったと読めるんですね。
アナとイーサンは、実在したコロニーへ着く
生き残ったアナとイーサンは、バーモント州の生存者コロニーに到着します。ネヴィルが信じなかった共同体は、ちゃんと存在していました。アナは託された血液サンプルを渡し、彼の研究と犠牲を語ります。
劇場版の「伝説」は、治療の希望を残し、その希望を守って死んだネヴィルの物語です。
主人公は帰ってこないのに、彼の仕事はほかの人へ届く。無人の船着き場で待ち続けた日々が、最後には生存者のいる場所へつながります。悲しい終わりですが、人類がもう一度歩き出せる希望は残るんですね。
別エンディングの結末:女性を返すと襲撃が止まる

リーダーの蝶は、捕らえられた女性を示していた
別エンディングでも、三人は研究室に追い詰められ、女性には治療の効果が現れます。ただしリーダーは、ガラスに蝶の形を描くんです。ネヴィルが女性の体を確かめると、彼女にも蝶のタトゥーがありました。
そこでネヴィルは、相手が何を求めているのかに気づきます。リーダーが取り戻そうとしていたのは、ネヴィルが実験のために連れ去った女性でした。追い詰められた人間から見れば恐ろしい襲撃でも、感染者には救い出したい相手がいたんですね。
女性の返還と謝罪が、最後の殺し合いを止める
ネヴィルは銃を置き、捕らえた女性をリーダーへ返します。女性とリーダーは再会を喜びました。言葉がなくても、相手を大切にする感情が見える場面です。
ネヴィルはそれまで多くの感染者を実験に使ってきた自分の行動を悔やみ、謝罪します。リーダーは彼を殺さず、女性と仲間を連れて去りました。研究室の対決は、自爆による決着から、返還による決着へ変わるんです。
私は、この再会で急に落ち着かなくなります。逃げてほしいと願っていた主人公が、相手の大切な人を閉じ込めていた。その事実を知ってしまうと、前半の捕獲をただの研究作業として眺めてはいられません。
ネヴィルも生きて、三人で街を離れる
その後、ネヴィル、アナ、イーサンは車でニューヨークを出て、生存者がいるというバーモント州へ向かいます。アナは無線でほかの生存者へ呼びかけ、孤独ではないと知らせるんです。
別エンディングの最後は、三人が出発するところまで。コロニーへ到着して血液を届ける場面は、劇場版のラストです。ネヴィルが生きて旅に加わる喜びはあっても、行き先が本当に見つかるかという不安は残ります。
女性もリーダーとともに生還し、ネヴィルの研究対象から解放されました。人間の三人と感染者たちは、それぞれの仲間と去っていきます。誰かを倒して得る勝利とは違う、静かな終わりですね。
考察:英雄と怪物、二つの「伝説」は何が違う?
二つの版で、最後に残る人物と希望は次のように変わります。
| 比べる点 | 劇場公開版 | 別エンディング |
|---|---|---|
| ネヴィルの最後 | 手榴弾の爆発で死亡 | 謝罪後も生存し、旅へ同行 |
| アナとイーサン | 生存者の共同体へ到着 | 共同体を目指して出発 |
| 捕らえられた女性 | 回復した血液がアナへ渡る | 男性リーダーのもとへ帰還 |
| 残る希望 | 治療の成果を引き継ぐ人々 | 互いを殺さずに済む可能性 |
劇場版は「誰に未来を託すか」が決まる
劇場版の蝶は、ネヴィルがアナを信じるきっかけになっています。研究している本人が死んでも、成果を届けてくれる人がいる。アナの信仰を拒んだ彼が、最後はそのアナへ小瓶を渡すんですね。
そのため、劇場版はネヴィルの孤独が解けると同時に、命が尽きる結末だと私は受け取ります。ようやく人に任せられたのに、本人は一緒に行けない。このすれ違いが痛いんです。
別エンディングは「誰から見た怪物か」を問う
別エンディングの蝶は、女性を特定して救い出すための合図でした。女性の捕獲時にリーダーが日光のある場所へ追ってきた行動も、大切な相手を連れ戻そうとした姿として読めます。
人間から見れば、ネヴィルは治療法を探す研究者です。でも、仲間を捕らえられてきた感染者から見れば、近づいてほしくない恐怖の存在でしょう。ここでの「怪物」は、感染者がネヴィルへ向ける恐怖を表す言葉です。「人を救っている」と信じた仕事が、相手を傷つけていたと気づく怖さなんです。
ここまでの敵味方がひっくり返るのが、別エンディングの面白さ。主人公に肩入れしていたこちらまで、「えっ、その研究を応援していたんだけど」と立ち止まります。人間と感染者の争いの先に、対話の余地が見えたと私は考えます。
治療は成功しても、世界の復旧はこれから
劇場版で描かれるのは、女性の回復と血液サンプルの引き渡しまでです。研究成果を受け取った人々が、その先を担う終わりになっています。
別エンディングでも、研究室で女性の状態は改善します。
原作はリチャード・マシスンの1954年の小説です。映画の別エンディングも、原作小説とは別の結末。2007年映画の二つの版は、同じ主人公でも、最後に選ぶ行動と到達する場所が異なります。
見比べるなら、女性の捕獲と研究室の蝶に注目

別エンディングを探すときは、作品名の「別エンディング」表記、またはDVD・ブルーレイの収録内容を確認してください。2008年には別の結末を収録した版が発売されています。手元のディスクに入っているかは、パッケージや収録一覧で確かめたいですね。
再鑑賞するなら、次の場面をつなげて観ると、ネヴィルとリーダーがそれぞれ何を守ろうとしたかを追えます。
- 女性を捕らえる場面:連れ去られる女性に対して、男性リーダーがどう動くか。
- アナと話す場面:コロニーや神の話を、ネヴィルがどんな気持ちで拒むか。
- 研究室の対決:蝶が誰を示し、ネヴィルが相手へ何を渡すか。
蝶だけ探していると、前半のサムとの暮らしが目に入らなくなりがちです。サムにはそんな雑な扱いをしたくないんですよね。彼が守っていた毎日まで覚えていると、終盤の女性とリーダーの再会にも、別の重さを感じます。
FAQ:結末についてよくある質問
ネヴィルは結局、死んでいるのですか?
公開時の映画では死亡する結末です。一方、別エンディング版は彼も車に乗って旅立つので、ラストの時点で生きています。
サムが助かるのは別エンディングですか?
いいえ。二つの版はサムを失ったあとに結末が分かれるため、どちらを選んでも愛犬との別れはあります。
なぜエンディングが二つ作られたのですか?
制作で先に進められていた結末が、のちの別エンディング版です。試写での反応を受け、自己犠牲で締める結末が劇場公開用に採用されました。
別エンディングは、原作そのままの結末ですか?
原作と映画では人物の最期や出来事が異なります。別エンディングも、映画のために作られた結末なんですね。
まとめ
劇場版はネヴィルの犠牲を経て、研究が生存者たちへ引き継がれます。別エンディングは相手の願いを理解した彼が、命を保ったままニューヨークを去る終わりです。
「死ぬか、生きるか」の違いを生むのは、目の前の感染者への理解でした。治療を託す小瓶と、取り戻された一人の女性。どちらを最後に守ったかで、タイトルの「伝説」はこんなにも違って響くんですね。