雪で止まったオリエント急行に、12か所を刺された遺体と、アリバイのある人々が残されます。これだけ人がいるのに、誰かひとりを犯人にすると話が合わない。あのラストで、人数を数え直したくなった人もいるでしょう。
※犯人の正体と結末のネタバレがあります。
『オリエント急行殺人事件』は、ケネス・ブラナーが監督・主演を務めた2017年の映画です。
答えは、乗客12人と車掌の計13人による共謀で、ラチェットを直接刺したのは12人。主導したハバード夫人は、かつてラチェットに殺された少女デイジーの祖母でした。
そして、真相を見抜いたポアロは、警察に外部犯が逃げたという説明をします。犯人たちの過去を知ったあとでは、この嘘が重いんです。
犯人は13人の共謀者、直接刺したのは12人

ラチェット殺害は、アームストロング事件の遺族や関係者が組んだ復讐でした。計画の中心はハバード夫人。乗客同士の証言と車掌の証言が噛み合うのも、同じ計画に参加しているからです。
人数がややこしいのは、エレナ・アンドレニ伯爵夫人の分を、夫のルドルフ・アンドレニ伯爵が引き受けたため。直接の実行者は、伯爵夫人を除く乗客11人と車掌ピエール・ミシェルでした。
つまり、13人が共謀し、12人がひとりずつ刃物を突き立てた。遺体に残った12の傷は、その人数に対応します。
「乗客12人全員が刺した」とすると、伯爵夫人と車掌の役割がずれてしまいます。ポアロと友人ブークは、復讐の一味を追う捜査側の人物です。
あらすじ|ポアロの乗車からラチェット殺害まで
卵の大きさにも妥協しない探偵が、満員の列車へ
物語はエルサレムでの盗難事件から始まります。ポアロは容疑者たちを前に、事件で利益を得る人物と証拠を突き合わせ、犯人を見抜きました。
その一方、朝食ではふたつの卵の大きさが揃わないことにこだわります。卵売り場で一緒に買い物するのは、ちょっと遠慮したいですね。小さな不釣り合いも見過ごせない性格が、捜査の鋭さにもつながっています。
休暇を取るつもりだったポアロは、イギリスでの仕事のため帰路につき、ブークの手配でオリエント急行に乗り込みます。冬の閑散期のはずが、客室は満員。後に判明する復讐の計画は、この乗客の顔ぶれにまで及んでいたんです。
ラチェットは護衛を頼み、ポアロは断る
美術商ラチェットは、脅迫状が届いているとしてポアロに護衛を依頼します。ポアロは彼の商売や人柄を嫌い、その仕事を断りました。
ラチェットのそばには、秘書マックイーンと執事マスターマンがいます。ふたりは後に、彼の過去に結びつく重要な人物だとわかるのですが、この時点では雇い主と使用人に見えますよね。
その夜、ポアロは隣室の物音に起こされ、廊下を行く赤い着物の人物を目にします。さらに雪崩で機関車が脱線し、列車は雪山で足止めに。翌朝、ラチェットが客室で死んでいるのが見つかりました。
12の刺し傷と、焼け残った脅迫文
医師アーバスノットが遺体を調べ、刺し傷は12か所、死亡推定時刻は深夜0時から2時頃と判断します。傷には深いものと浅いものが混じり、刺し方にも違いがありました。
ブークに頼まれたポアロは、乗客たちの聞き取りと客室の捜索を始めます。現場に残るのは、刺繍入りのハンカチ、パイプの掃除道具、睡眠薬の痕跡、燃え残った紙片。忘れ物にしては、ずいぶん気前がいいですよね。
とりわけ大きかったのが、紙片から読み取れたデイジー・アームストロングの名前でした。これによりポアロは、ラチェットの正体が、少女を誘拐して殺したカセッティであると突き止めます。
アームストロング事件は、少女の家族と周囲の人生を壊した
デイジーの誘拐殺人から、両親の死へ
幼いデイジー・アームストロングは、カセッティに誘拐されました。父のアームストロング大佐が身代金を払ったあと、娘は殺害された姿で発見されます。
妊娠中だった母ソニアは、娘の死の衝撃から早産し、お腹の子とともに命を落としました。娘、妻、もうひとりの子を失った大佐も自殺します。
ポアロ自身も、以前、大佐から事件の捜査を頼む手紙を受け取っていました。ラチェットの死体を調べるうちに、探偵として依頼を受けた過去の悲劇と向き合うことになります。
無実の使用人スザンヌも、自殺に追い込まれた
一家に仕えていたスザンヌは、誘拐に手を貸したと疑われ、追い詰められて自殺しました。彼女は無実だったのです。
この死によって恋人ハードマンと兄ミシェルは大切な人を失い、捜査で彼女を追及した検事の人生も壊れます。その検事の息子がマックイーンでした。
列車に集まった人々のつながりは、血縁から使用人、友人、捜査に関わった家族まで広がっています。デイジーと直接暮らした人も、スザンヌを失った人も、カセッティへの恨みを抱えていた。だからこそ、別々の職業や国籍の人たちが、ひとつの殺害計画に加わったんですね。
13人はどうつながる?アームストロング家との関係

| 人物 | 列車での肩書き | アームストロング事件との関係 |
|---|---|---|
| ハバード夫人 | 未亡人 | 元女優リンダ・アーデン。ソニアとエレナの母で、デイジーの祖母 |
| エレナ・アンドレニ伯爵夫人 | 伯爵夫人 | ソニアの妹、デイジーの叔母 |
| ルドルフ・アンドレニ伯爵 | 伯爵、ダンサー | エレナの夫。妻に代わってラチェットを刺す |
| ドラゴミロフ公爵夫人 | ロシアの貴族 | アームストロング家やリンダ・アーデンと親しい人物 |
| ヒルデガルデ・シュミット | 公爵夫人のメイド | アームストロング家の料理人だった |
| メアリ・デブナム | 家庭教師 | アームストロング家で家庭教師をしていた |
| ピラール・エストラバドス | 宣教師 | デイジーの乳母だった |
| アーバスノット | 医師 | アームストロング大佐の戦友 |
| マスターマン | ラチェットの執事 | かつてアームストロング家に仕えていた執事 |
| ビニアミノ・マルケス | 自動車販売業 | アームストロング家の運転手だった |
| ゲアハルト・ハードマン | 教授を装う人物 | 元警察官。スザンヌの恋人 |
| ヘクター・マックイーン | ラチェットの秘書 | スザンヌを追及した検事の息子 |
| ピエール・ミシェル | 車掌 | スザンヌの兄 |
ハバード夫人の正体は、デイジーの祖母リンダ・アーデン
よく喋るハバード夫人は、復讐の計画を立て、仲間を集めた元女優リンダ・アーデンでした。ソニアとエレナは彼女の娘です。
彼女の、客室に男が入ったという訴えや、犯人に襲われたという騒ぎも、捜査を混乱させる演技でした。
エレナを守る伯爵と、ラチェットに仕えていたふたり
エレナは姉と姪を失った衝撃を抱え、眠るために薬を必要としています。伯爵は妻をかばい、刺殺の場では彼女の役割を引き受けました。
一方、ラチェットのすぐそばで働くマスターマンには、元の主人であるアームストロング家とのつながりがあります。マックイーンにも、過去の事件で父の人生が壊れたという動機がありました。
マスターマンは重い病気を患い、余命も短い状態でした。彼がこの旅に参加したことには、自分の残された時間という切実さもあると感じます。
証拠が多いのに犯人を絞れないのは、偽装とアリバイのせい

深さの違う刺し傷と、互いに保証し合う証言
12か所の傷にばらつきがあるのは、年齢や体力、利き手の違う人々がそれぞれ刺したためです。ひとりで何度も刺したと考えると、この不揃いさが謎になる。
マックイーンはアーバスノットと酒を飲んでいたと話し、アーバスノットがそれを保証します。車掌ミシェルも、廊下を見張っていたと証言しました。
証言を保証する相手まで共謀者なので、互いの言葉が互いを守っていたのです。見知らぬ旅行者同士だと思って聞いていた話が、仲間同士の口裏合わせへ変わります。
途中では、マックイーンがラチェットの帳簿を燃やそうとしたこともわかります。彼は雇い主の金を横領していたのです。
赤い着物と車掌の制服は、外部犯を思わせる仕掛け
ハバード夫人は客室に男がいたと訴え、シュミットはミシェルとは別の車掌を見たと話します。ハバード夫人の部屋には制服のボタンも落ちていました。
しかし、これらは外部の犯人を思わせる偽装でした。赤い着物も、後の捜索でポアロ自身の鞄から出てきます。自分の荷物まで工作されているのですから、探偵もたまったものではないでしょう!
現場の「H」の刺繍入りハンカチはドラゴミロフ公爵夫人のもの、パイプの掃除道具はアーバスノットのもの。手掛かりは複数の人物へ疑いを向け、その先ではアリバイが立ちはだかります。
ハバード夫人への刺傷も、仲間が作った騒ぎ
捜査中にはハバード夫人が背中を刺される騒ぎも起きます。まだ犯人が車内で誰かを襲っているように思わせる出来事でした。
実際に彼女を浅く刺したのは、仲間のアーバスノットです。ハバード夫人は命を取り留め、被害者役を演じ続けました。
結末|アーバスノットの銃撃から、ポアロの二つの答えへ

メアリの尋問中、医師がポアロを撃つ
ポアロは、メアリがアームストロング家の家庭教師だったことを見抜きます。尋問を続けると、アーバスノットが現れてポアロの肩を銃撃し、ラチェットを殺したのは自分だと名乗りました。
メアリをかばう彼をブークが取り押さえ、ポアロは助かります。ただ、アーバスノットは軍で腕を磨いた狙撃手。近くにいるポアロの急所を外したことから、ポアロは彼が意図的に致命傷を避けたと判断しました。
この自白で捜査を終えると、共同犯行を隠したままひとりに罪を集めることになる。ポアロは、全員の過去と証拠がつながる答えを示します。
トンネルで明かす「外部の暗殺者」と「集団復讐」
列車の復旧が進むなか、ポアロはトンネルの長いテーブルに人々を集めます。彼が示した答えは、次のふたつでした。
- 外部犯の説明:車掌に変装した暗殺者が列車に入り、ラチェットを殺して逃げた。
- 実際の真相:アームストロング事件で傷ついた13人が結託し、そのうち12人がラチェットを刺した。
後者は、ばらばらに見えた刺し傷、証拠、アリバイ、人物の過去をひとつに結びます。ハバード夫人も、自分が計画したことを認め、仲間をかばおうとしました。
長いテーブルに一列に並ぶ人々と、その中央のハバード夫人は、絵画『最後の晩餐』を思わせます。別々に尋問されていた人たちが、この場では同じ悲しみを背負った集団に見えるんです。
空の銃を渡し、ハバード夫人の選択を見る
ポアロは、自分は真実を黙っていられないとして、一同の前に銃を差し出します。自由になりたければ、自分を殺して口を封じるよう求めたのです。
ハバード夫人は銃を取り、自分ひとりに責任を負わせようとし、自らを撃とうとします。けれど引き金を引いても、銃は空でした。ポアロは弾の入っていない銃で、彼らがどう行動するかを試していたんです。
ハバード夫人が選んだのは、自分の死で仲間を守ることでした。その行動を見たポアロは、最後の判断を下します。
警察には外部犯説を話し、ポアロは列車を降りる
復旧した列車は走り出します。ポアロは警察に、外から侵入した犯人がラチェットを殺して逃げたと説明し、13人を引き渡さずに旅を終えました。
善と悪をはっきり分けることを信じていた探偵が、真相を知ったうえで嘘を引き受ける。卵の大きささえ揃えたい人にとって、これは相当に苦しい選択だったと思います。
列車を降りたポアロには、ナイル川で起きた殺人事件の捜査依頼が届きます。新しい仕事へ向かうところで映画は終わりました。この人の休暇、いつ始まるんでしょう。
「全員が犯人」と「ポアロが許した」の意味
「全員が犯人」の全員は、復讐のために組んだ13人を指します。ブークはポアロに捜査を頼み、銃撃の場面でも彼を助ける役でした。
エレナも共謀に加わっていますが、刃物を使う役は夫が担いました。
ポアロの最後の行動は、真犯人を隠す説明を警察に渡すことです。
結末の考察:私は、ハバード夫人が自分に銃を向けた場面に、ポアロの決断を支える重さを感じます。彼は、デイジーを奪われた側の悲しみと、復讐で命を奪った側の罪を見つめながら、どの真実を警察に話すかを選ぶ。観終わってからも、その判断にすんなり頷けるか、しばらく考えてしまいますね。
もう一度観るなら、証言とポアロの変化が面白い
犯人を知ったあとの再鑑賞では、誰が誰のアリバイを保証しているかや、ハバード夫人が騒ぎを起こすタイミングに意味が増します。怪しい人物を探していた初見と、仲間を守る言葉を聞く二度目では、同じ会話の受け止め方が変わるんです。
もうひとつ面白いのは、冒頭のポアロと最後のポアロの違い。小さな不釣り合いを正していた人が、最後には自分の信念を揺らす嘘を選びます。犯人当てを終えたあとにも、探偵の変化を追う楽しさが残りますよね。
20世紀スタジオ公式の『オリエント急行殺人事件』予告Cです。
再鑑賞用のブルーレイ・DVDやデジタル配信の案内は、20世紀スタジオの作品ページにまとまっています。
よくある質問(FAQ)
主犯は誰ですか?
人々を集めて復讐を組み立てたのはリンダ・アーデンで、列車ではハバード夫人を名乗っています。幼い被害者の祖母に当たる人物です。
犯人は12人ですか、13人ですか?
計画に加わった人数なら13、実際に刃物を振るった人数なら12です。妻エレナに代わって伯爵が実行したことで、この差が生まれました。
車掌はスザンヌの父親ですか?
2017年映画のピエール・ミシェルは、スザンヌの兄です。妹を失ったことが、復讐への参加につながっています。
ラチェットを殺した13人は、最後に逮捕されますか?
一同は列車に残り、ポアロが降車します。警察には逃走した暗殺者の犯行という筋を話してあり、復讐に加わった人々はその場の逮捕を免れました。
最後に言われるナイル川の事件は何ですか?
ポアロに届く、エジプトでの新しい殺人捜査の依頼です。雪山の列車での仕事を終えた探偵が、次の事件へ向かうラストになっています。
まとめ
2017年版のラチェット殺害は、ハバード夫人ことリンダ・アーデンが率いた集団復讐でした。車掌も含めて13人が協力し、エレナ以外の12人が刺殺を実行します。傷の違いと揃いすぎたアリバイは、同じ人々が作った事件の表と裏だったんです。
ポアロはすべてを解いたあと、彼らの過去とハバード夫人の行動を受け止め、外部犯の説明で旅を終えます。犯人がわかっても気持ちが割り切れない。私は、この探偵の嘘こそが、列車を降りたあとまで残る結末だと思います。