『複製された男』のラストは、エンドロールが始まってもリモコンを持つ手が止まるような終わり方です。
結末までのネタバレあり。『複製された男』(原題『Enemy』)は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による2013年製作の映画です。
最後の蜘蛛は、男が結婚や父親になる責任を恐れる心を表した姿、と考察できます。ただ、妻ヘレンの側にも恐怖があるんですよね。直前に男が手にする鍵が、二人の関係をまた危うくするからです。
映画の脇役が自分そっくり!アダムの平凡な日常が崩れる
トロントで歴史を教えるアダムは、大学と部屋を往復し、恋人メアリーと過ごす単調な日々を送っています。表情も服装もくたびれていて、毎朝の支度だけで疲れてしまう日のような空気です。
A24の公式予告は、二人の顔と不穏な街並みを映した映像です。
同僚に勧められた映画を借りると、ホテルの従業員を演じる脇役が気になります。あまりにも自分そっくりで、アダムは映像を確かめ、出演者を調べ始めました。
行き着いたのは、俳優アンソニーです。ほかの出演作や写真も調べ、アダムは相手への関心を強めていきます。自分の顔が映画に出ているとなれば、夕方までに忘れる小さな出来事、では済みませんよね。
アダムは手元にあった破れた写真とも顔を比べます。男性の隣の部分が欠け、肩には女性の手が残っていました。そっくりの俳優を探す最中に、自分自身の写真にも気になる欠落があるんです。
声も傷も同じ。ヘレンまで巻き込む対面

電話を取った妻は、夫の声だと思った
俳優の所属事務所を訪ねたアダムは、守衛からアンソニー本人として迎えられ、彼宛ての封書を受け取ります。顔が似ているだけで、他人の郵便物まで手元に来てしまいました。
住所を調べて自宅に電話すると、応対したのは妊娠中の妻ヘレンです。彼女はアダムの声を聞いて、夫が電話してきたと思います。アダムが自分は別の男だと説明すると、会話は不穏になっていきました。
後で電話に出たアンソニーは、アダムを不審な相手として警戒します。一方、ヘレンには夫の浮気への疑いがあり、この電話も気がかりでした。
ヘレンはアダムの勤務先を調べ、自分で大学へ向かいます。そこで会った男は夫と同じ顔なのに、初対面の女性として接してくるんです。アダムが妊娠について尋ねるので、ヘレンはますます動揺し、その後アンソニーに電話をかけます。
ホテルで確かめたのは、顔よりも奇妙な一致
やがて二人はホテルの一室で会います。アダムは気弱で慎重、アンソニーは押しが強く、自分のペースで相手を動かす男です。同じ顔でも、隣に座ったときの居心地はかなり違うでしょう。
手や声を確かめるうち、身体の傷まで一致すると分かります。ここまで同じだと、似ている有名人を見つけたときの笑い話は遠くへ行ってしまいますね。
怖くなったアダムは、会いに来たことを後悔し、持っていた封書を残して立ち去りました。ところが、相手への接触を始めた彼が距離を取りたくなったころ、アンソニーの方が追いかけ始めます。
入れ替わりは、アンソニーがメアリーを狙ったことから始まる

アンソニーはアダムを尾行し、恋人メアリーの存在を知ります。その後、アダムに妻ヘレンとの関係を問い詰め、自分の生活に妻まで巻き込んだ責任を取らせようと迫りました。
彼が持ちかけたのは、アダムの服と車を借り、本人になりすましてメアリーを連れ出すことです。一晩の外出を終えたら、アダムの前から姿を消す、と条件をつけます。
アンソニーは二人のそっくりな姿を利用して、メアリーをだまそうとします。服と車を返せば済む話に、恋人の身体と信頼まで勝手に組み込んでいるんです。貸せる物の範囲を、ずいぶん図々しく広げますよね。
押し切られたアダムは要求を受け入れ、アンソニーは彼の姿でメアリーとホテルへ向かいました。その間にアダムはアンソニーの家へ行きました。二人がそれぞれ相手の恋人と妻のもとへ移ったことで、メアリーとヘレンにも決定的な夜が訪れます。
同じ夜、ヘレンは男を受け入れ、メアリーは指輪の跡に気づく
ヘレンが欲しかったのは、優しく接する夫だったのか
マンションへ来たアダムは、アンソニーと間違えられて建物に入れます。案内する管理人は、以前行った秘密クラブのことや、新しい鍵について話しました。アンソニーの生活には、妻との家庭に加えて、隠された遊び場もあるんです。
室内にあった写真には、男とヘレンが一緒に写っています。それはアダムが持っていた破れた写真の、欠けた部分がそろった姿でした。
アダムはアンソニーとして振る舞おうとしますが、ヘレンは態度の違いを感じ取ります。ベッドでは、その日の学校について尋ねました。大学で会った男を思い出させる、鋭い一言です。
夜中、アダムは泣きながら謝り、ヘレンは彼に留まってほしいと求めます。二人は抱き合い、一夜を過ごしました。
その気持ちを、一人の男の変化として読むなら、彼女は以前の優しい夫が戻ったと感じたのでしょう。違う顔の人に乗り換える話と比べても、ずっと切ないです。顔は最初から同じで、欲しかった態度だけが変わっているんですから。
メアリーの疑いが、帰りの車内の口論につながる
ホテルにいるメアリーは、アンソニーの指に結婚指輪の跡を見つけます。恋人だと思っていた男に、既婚者の痕跡があるわけです。彼女は目の前の相手が誰なのか問い、取り乱します。
アンソニーは言い逃れを試みますが、メアリーは帰宅を求めました。車で帰る途中にも口論が続き、二人を乗せた車は激しく衝突します。
事故はアンソニーとメアリーの死を示唆する惨状です。割れた窓ガラスには、蜘蛛の巣を思わせるひびが広がっていました。一方の部屋で二人が寄り添う夜に、もう一方の関係は車内の争いとともに壊れていきます。
結末ネタバレ:鍵を手にした朝、寝室に巨大な蜘蛛がいる

翌朝、アンソニーの服を着たアダムは、上着に入っていた封書から鍵を見つけます。それは秘密クラブへ行くための鍵です。
アダムはヘレンに、その夜は外出するつもりだと告げます。昨夜の涙から一晩で、この予定。謝った翌朝にもう外へ遊びに行こうとするのか、と言いたくなりますよね。
寝室へ向かった彼の前にいるのは、部屋を埋めるほど大きな蜘蛛です。ヘレンがいたはずの場所で、蜘蛛は壁際に身を縮め、アダムを怖がるように反応します。
アダムはその姿を見て、諦めたような顔でため息をつきます。ここで映画は終わりました。大きさだけならこちらが叫びたくなるのに、彼の反応は妙に静かです。
考察の注意点:二人が同一人物なら、あの夜はどうつながる?
アダムとアンソニーを一人の男の異なる面と読むと、家庭で責任を引き受ける自分と、欲望のままに振る舞いたい自分の争いとして物語がつながります。
手がかりは傷の一致に加え、母親との会話にもあります。母親は歴史講師の息子に対して、役者になる夢をやめるように言いました。教員の暮らしと俳優への思いが、一人の息子についての話に混ざっているんです。
母親は立派な住まいにも言及します。ところが、アダムの部屋は寂しい印象で、余裕のあるマンションに暮らすのはアンソニーでした。写真で共有された妻の姿も合わせると、二人の生活は境目がにじんできます。
この解釈では、ヘレンと過ごす夜は、夫が妻との関係を修復しようとする時間です。アンソニーとメアリーの事故は、浮気を続ける自分とその関係を終わらせようとする心の表現、と読めます。
そうすると、鍵を喜ぶ朝は仲直り後の再発になります。悪い欲望をもう一人の自分に押しつけていた男が、今度は自分の顔のまま同じ誘惑へ向かう。私はこの読み方がいちばん怖いです。
二人を実在するそっくりな男として読む場合は、アンソニーが起こした事故のあと、アダムが彼の家庭と秘密を引き継ぐ結末になります。優しく振る舞っていた側にも、クラブへ行こうとする欲望があった、とつながるんですね。
蜘蛛の意味を考察すると、怖がっているヘレンの側も見えてくる

秘密クラブの蜘蛛から、妻のいる寝室の蜘蛛へ
蜘蛛は終幕までに、いくつもの姿で現れます。冒頭の秘密クラブでは、女性がハイヒールで蜘蛛を踏みつぶそうとします。そのほか、蜘蛛の頭をした女性や、トロントの建物の間に立つ巨大な蜘蛛のイメージもありました。
性的な欲望の場に小さな蜘蛛がいて、生活の街には途方もなく大きな蜘蛛がいる。女性に惹かれる気持ちと、親密な関係に縛られる感覚が、同じ生き物に重なっていると考えられます。
ヴィルヌーヴ監督は、蜘蛛という象徴に、強い母親の存在に対する男の恐れを託したとインタビューで話しています。母親に生活を心配され、妊娠した妻との未来を前にする男にとって、蜘蛛は大きな存在感を持つ女性の姿とも読めるんです。
親になると、出かける予定一つにも相手との相談が増えますよね。その日常を重荷だと感じる男の目には、妻のいる寝室が自由を奪う場所に見えるのかもしれません。
巨大なのにおびえる蜘蛛は、誰を恐れている?
壁際に逃げる動きからは、妻が夫の裏切りを恐れる姿も読み取れます。支配されるのが怖い男の前で、実際に傷つく側がおびえている、と考えると苦い場面です。
そして、彼のため息。巨大な生き物への驚きより、妻との関係で同じ失敗を続けることへの諦めとして読むと、その静けさがぞっとします。人は優しくなる瞬間を持ちながら、また相手を裏切る選択もしてしまうのでしょうか。
もう一度観るなら、講義の言葉と二人の身のこなしが気になる
再鑑賞では、アダムが教室で語る支配と歴史の反復が、終幕の行動に重なります。彼は独裁者が人々をどう統制するか説明し、歴史が同じ型を繰り返すことに触れていました。
教える側の人が、自分自身の繰り返しには捕まっている。講義中の言葉を覚えていると、最後の外出予定が急に身近な失敗に聞こえます。口では立派なことを言えても、実行は別の難しさがありますよね。
同じ講義が繰り返される作りも、アダムの日々の停滞を感じさせます。さらに二人の登場場面を見直すと、視線、肩の使い方、歩き方が性格の違いを作っているんです。顔の似方に驚く初回とは、気になる場所が変わるでしょう。
監督は物語の構造をらせん状だと語っています。終わりから冒頭へ戻ると、秘密クラブの光景は、男がまたたどり着きそうな場所にも見えてきます。順に並べた出来事の裏に、同じ過ちを続ける時間がある、という考察です。
FAQ
アダムとアンソニーは同じ俳優が演じていますか?
ジェイク・ギレンホールの一人二役です。ヘレン役はサラ・ガドン、メアリー役はメラニー・ロランが務めています。
上映時間は何分ですか?
字幕版は91分です。約1時間半の映画ですが、人物の言葉や表情が細かくつながるため、観終わったあとにも考える時間が長くなりそうですね。
ホラー映画として観る作品ですか?
ジャンルはサスペンス、ミステリーです。蜘蛛の強烈な姿が登場するので、蜘蛛が苦手な人には刺激の強い映画でしょう。人間関係の不穏さを追う心理サスペンスとしての緊張も続きます。
まとめ
『複製された男』を観終わって気になるのは、そっくりな相手に出会ったら自分を変えられるのか、ということです。他人の暮らしに入り込んだ男は、そこで得た愛情も秘密も背負ってしまいます。
私には、この結末が「優しい方を選べば安心」という期待を揺さぶるものに見えます。人の顔や態度だけで安心を決めたくなる気持ちまで、あのため息に引っかかるんですよね。