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ミスト(映画)ネタバレ|なぜ息子を撃った?ラストの意味

ミスト(映画)ネタバレ|なぜ息子を撃った?ラストの意味



ここからは映画『ミスト』の結末までネタバレを含みます。対象はフランク・ダラボン監督の2007年米国映画『ミスト』(原題:The Mist)。日本での公開は2008年で、2017年のテレビドラマ版とは別作品です。

あのラスト、「ちょっと待って、今来るの?」と言いたくなりますよね。デヴィッドは息子ビリーと仲間3人の命を手元の銃で奪い、そのすぐ後に軍の救援を目にします。助かる可能性が残っていたと知るのが、取り返しのつかない決断の後なんです。

ただ、「あと少し待てばよかった」で片づけると、父親がそこまで追い込まれた過程が抜けてしまいます。外には怪物、店内には人間を生贄にしようとする集団。買い出しに行っただけなのに、帰り道があまりにも遠い映画です。

スーパーが避難場所になった日、客たちは協力できなかった

嵐の翌朝、画家のデヴィッド・ドレイトンは息子ビリー、隣人のブレント・ノートンと買い物に出かけます。妻のステファニーは自宅に残りました。町のスーパーは、物資を買い求める人たちで混雑しています。

そこへダン・ミラーが血を流しながら駆け込み、霧の中に人を襲う何かがいると警告。白い霧が店を包み、客たちは中にとどまることになります。普段ならレジが混んでいるだけでため息です。ここでは店の外に出ることさえ命がけになりました。

子どもを迎えに行く母親に、誰も付き添わない

家に幼い子ども2人を残してきた女性が、帰宅に付き添ってほしいと頼みます。けれど、引き受ける人はいません。デヴィッドもビリーを守るため、店に残る判断をしました。

女性はひとりで霧の中へ歩いていきます。この時点では、彼女がどうなったかは見えません。怖がる子どもを抱えた父親にも、家で待つ子どもを迎えに行く母親にも、切実な理由があるんですよね。

ノームを襲う触手と、ノートンたちの脱出

デヴィッドはビリーのために毛布を探し、倉庫で発電機の不調とシャッターの向こうの物音に気づきます。副店長のオリー、作業員のジムたちが集まりますが、デヴィッドの警告を全員が信じたわけではありません。

排気口を調べようとシャッターを上げると、触手が若い店員ノームを捕らえました。デヴィッドたちが助けようとしても、ノームは店の外へ引きずられてしまいます。ノームは命を落とし、切断した触手が倉庫に残りました。怪物は思い込みでは済まなくなったんです。

それでもノートンは話を信じず、仲間と救助を求めに店外へ向かいます。デヴィッドとの過去の対立もあり、怪物の話を自分への嫌がらせと疑っているんです。別の男性は、店から様子を探れるよう腰にロープを結んで外へ向かいました。

ロープが激しく引かれ、やがて動きが止まります。たぐり寄せて戻ってきたのは、男性の下半身だけでした。

夜の襲撃と薬局の惨劇が、カーモディの支持者を増やす

襲撃と薬局の惨劇で増えるカーモディの支持者

ミセス・カーモディは、災厄を神の罰だと説き始めます。最初から店の全員が彼女に従っていたわけではなく、極端な言動に反発する人もいました。スーパーで聞きたいのは特売の案内です。終末の説教までは頼んでいません!

ガラスを破る怪物と、火傷を負ったジョー

日が落ちると、明かりに集まった巨大な虫と翼のある怪物が店へ侵入。ガラス窓を守ろうとしても、売り場まで襲撃されてしまいます。デヴィッドたちは火をつけたモップや拳銃で抵抗しました。

戦いの混乱でジョーが大火傷を負い、ほかにも犠牲者が出ます。外を避けていれば安全という望みまで崩れたんです。恐怖が増すにつれ、災厄に理由をつけて語るカーモディに、人々がすがり始めました。

薬を取りに行った一行も、全員では戻れない

翌朝、デヴィッドやオリー、アイリーンたちは、負傷者を助ける医療物資を求めて隣の薬局へ向かいます。しかし中はクモのような怪物の巣になっていました。糸に絡め取られた人々の中には、まだ息のある軍の憲兵もいます。

憲兵は自分たちに責任があると口にし、その身体から小さなクモ状の生物があふれ出して死亡。さらに大きな怪物が一行を襲い、薬局で2人の仲間を失います。逃げ帰った後には、助けようとしていたジョーも亡くなりました。

救うつもりの遠征が、犠牲を増やす結果になってしまった。その失敗でデヴィッドたちへの信頼が揺らぎ、カーモディの勢いが増します。薬局にも出向いたジムは彼女に従う側へ移り、店内の対立はいっそう深くなりました。

霧の原因は何だった?ジェサップが語るアローヘッド計画

憲兵の言葉を気にしたデヴィッドたちは、店にいる兵士から事情を聞こうとします。ところが、3人いた兵士のうち2人はすでに自ら命を絶っていました。残ったジェサップ二等兵が問い詰められます。

ジェサップの説明では、軍は「アローヘッド計画」で別の次元をのぞく実験をしていました。その異次元とのつながりが、霧と怪物の出現に関係している、という話なんです。彼が基地で聞いた話であり、実験施設で事故が起きる場面そのものは本編にありません。

つまり、霧に潜む怪物については、軍の異次元研究が原因として示されます。ただし、実験の装置や失敗の細かな手順まで明かされるわけではありません。ジェサップを、怪物を呼び出した張本人と決めつけるのも違います。

カーモディは彼を災厄の責任者として非難。信者たちはジェサップをナイフで刺し、生贄として店の外へ追い出しました。助けを求めても店には戻れず、怪物に襲われて命を落とします。

この店では、怪物に襲われる前に、人間が人間を殺す危険まで生まれています。デヴィッドたちが脱出を決めるのには、この惨劇が大きく関わりました。息子を連れて外へ出る怖さと、息子をこの集団の中に置く怖さ。どちらも切実です。

脱出できた5人は、ガス欠の車で最悪の結末を迎える

ガス欠、銃撃、軍の救援の順序

カーモディを止めたオリーも、駐車場で命を落とす

翌朝、一行が店を出ようとすると、カーモディたちに行く手を阻まれます。今度はビリーまで生贄に差し出すよう要求しました。オリーは拳銃でカーモディを撃ち殺し、ようやく脱出の道を作ります。

けれど、店から車までは怪物がうろつく駐車場です。オリーは大型の怪物に殺され、マイロンとコーネルも怪物の犠牲に。店長のバドは車にたどり着けず、スーパーへ引き返しました。

車に乗れたのはデヴィッド、ビリー、アマンダ、アイリーン、ダンの5人だけ。デヴィッドはオリーが落とした銃を拾い、出発します。店から逃げることには成功しましたが、霧から抜け出せたわけではありません。

妻の遺体と巨大な怪物が、生還への望みを奪う

自宅へ戻ったデヴィッドは、糸に巻かれた妻ステファニーの遺体を見つけます。家で待っているはずだった人が、もういない。ビリーを母親のもとへ連れ帰る望みも、ここで失われました。

それでも車を走らせますが、道には壊れた車や荒れ果てた町が続き、巨大な怪物まで姿を現しました。霧は途切れず、生存者にも出会えません。そして燃料が尽き、車は止まります。

4発を撃った直後、霧の向こうから軍が現れる

眠っているビリーのそばで、大人たちは生還を諦めます。拳銃に残っている弾は4発。車には5人がいるため、自分の分まで撃つことはできません。

デヴィッドは、自分以外の4人を撃ちました。死んだのはビリー、アマンダ、アイリーン、ダンです。車内の大人たちが諦めたことと、眠っているビリーの意思は別ですよね。息子まで父親の判断で殺されてしまう重さは、避けて通れません。

自分用の弾がないデヴィッドは車を出て、怪物に殺されることを求めて叫びます。ところが、やって来たのは軍の車両でした。4人の死の直後に、怪物を排除しながら進む部隊と、生存者を運ぶトラックが現れます。

兵士たちは火炎放射器で怪物や巣を焼き払っており、周囲の霧は晴れていきました。しかも救助車両には、序盤にひとりでスーパーを出た母親と子ども2人が乗っています。

デヴィッドは膝をつき、絶叫。救援の到着を知らないまま、息子と仲間を自分で殺してしまった後悔の中で映画は終わります。彼がその後どう生きたかまでは描かれません。

ラストの意味を考察する――なぜデヴィッドは息子を撃ったのか

デヴィッド、車内の仲間、母子の生死

ここからは、描かれた出来事をもとにした筆者の考察です。デヴィッドの決断は、息子を怪物に殺させないという約束と、生き延びる方法が尽きたと思い込んだ絶望が重なった結果だと考えます。

「守る」という約束が、最後に恐ろしい形になる

ビリーは父に、怪物に自分を殺させないでほしいと頼み、デヴィッドは約束していました。ガス欠になった彼は、その約束を、怪物に苦しめられる前に銃で終わらせる判断へ結びつけてしまったんです。

妻は亡くなり、店からの脱出にも犠牲が出て、走っても霧が消えない。彼の目に映った状況から、追い詰められた理由は理解できます。それでも、子どもが生きる可能性を父親が奪ってしまった事実は重いでしょう。

私はこの場面を、善意や責任感があっても、判断を誤れば取り返しがつかない、という恐怖として受け止めます。勇敢に怪物と戦ってきた人が、最後まで正しい答えを選べるとは限らない。主人公だから安心して従える、という気持ちまで崩されます。

母親の生還が突きつける、見えなかった可能性

序盤の母親は、子どものもとへ帰るために外へ出ました。終盤には、その子どもたちと生きています。あの車両の中の親子を見せることで、映画は、デヴィッドの知らないところにも生存の可能性があったと突きつけるんです。

ただし、女性がどんな道を通り、どう軍と合流したかは描かれません。デヴィッドが同じ行動を取れば必ず助かった、とまでは読めないでしょう。外へ出て殺された人もいるため、彼女の成功を全員に使える正解にするのは無理があります。

ラストの痛さは、デヴィッドが「もう助からない」と決めた時にも、霧の中では救助が続いていた点にあると思います。私には、この母親が希望を象徴しているように見えるんです。同時に、父親が失ってしまった親子の未来を、目の前に見せる残酷な場面でもありますね。

ビリーの死で霧が晴れた、という因果は描かれていない

カーモディがビリーを生贄に求め、その後ビリーが死ぬと霧が晴れる。ここから、彼女の予言が正しかったのでは、と考えることもできます。ただ、それは場面の並びを結びつけた解釈です。

本編で見えるのは、軍が怪物を焼き払い、生存者を救助している光景。ビリーを殺したことで軍が到着した、あるいは神が霧を消したという説明はありません。銃撃と霧の変化が近い時に起きたことだけでは、生贄の効果を証明できないんです。

私は、終盤をカーモディへの正解発表とは考えません。恐怖から抜け出したくて、誰かの命を犠牲にする判断へ進んでしまう。その危うさが、店内の集団にもデヴィッド個人にもあると読んでいます。

注意:原作小説・テレビ版と、この結末を混ぜない

本記事の生死とラストは、2007年の映画本編が対象です。原作はスティーヴン・キングの中編『霧』ですが、銃撃の直後に軍が現れる結末は、ダラボン監督が映画に加えたもの。映画のラストを、そのまま原作小説の結末として扱うと誤りになります。

2017年のテレビドラマ『ミスト』も、同じ題名の別作品です。登場人物の着地を、この映画の親子とつなげることはできません。一方、ソフトに収録された映画のモノクロ版は、カラー版と同じ編集の本編で、結末が救いのあるものに変わる版ではないんです。

もうひとつ気になるのが、スーパーに残った人たち。バドが店に戻ったことは描かれますが、残留組全員の最終的な安否は判明しません。救助トラックにいた母親は早い段階で店を出た人なので、彼女の生還をもって、店内の全員が助かったとは言えないでしょう。

見返すなら、結末の前にあった約束と判断にも注目

映画『ミスト』(2007)の予告編です。

映画『ミスト』予告編(映画.com)

ラストを知ってから再鑑賞するなら、銃撃の場面だけを繰り返すより、判断が変わった瞬間を追うと考えたくなることが増えます。私なら、次の場面をじっくり見ます。

  • 母親が付き添いを頼む場面:デヴィッドにも守るべき息子がいることと、女性の子どもは別の場所で待っていること。
  • ジェサップが店外へ追い出される場面:スーパーにとどまる選択まで危険になった瞬間。
  • ビリーの頼みと、車が止まった後のやり取り:父親が約束をどう受け止め、どこで救助への望みを失ったのか。

どの判断に納得できず、どこなら自分も迷うか。そんなふうに話すと、「あの終わり方は好きか嫌いか」だけでは終わらなくなりますよね。ソフトを探す場合は、キングレコードの映画『ミスト』商品ページも候補です。作品名に加えて、監督名がフランク・ダラボンかを確かめてください。

FAQ:映画『ミスト』の結末で気になること

デヴィッドは最後に自分も死ぬのですか?

ラストでデヴィッドは生きています。残弾を他の4人に使ったため、自分を撃てません。死を求めて外へ出た彼が救援に遭遇する、という結末です。

あと少し車の中で待っていれば助かったのですか?

救援部隊がほどなくあの地点に到着するため、4人にも助かる可能性が残っていました。けれど車内の人々には、軍の接近が分かりません。その情報の差が、結末の残酷さを生んでいると思います。

カーモディは軍に救助されますか?

彼女は救援の到着より前に死亡しています。ビリーを奪おうとする集団を止めるため、オリーが撃ちました。カーモディ自身に生還の場面はありません。

怪物はすべて倒され、世界は元に戻ったのですか?

映るのは、部隊が進む地域での怪物の排除と避難者の救出まで。地球全体の被害や復旧、その後の暮らしまで示す後日談はありません。

まとめ

映画『ミスト』では、避難したスーパーも、逃げた先の道路も、親子を安心させてくれませんでした。仲間の死と妻の喪失が重なり、デヴィッドは生存の望みを手放してしまいます。

彼の絶望に軍の救援が間に合わず、銃撃の後になって、まだ人を救える世界だったと分かる。私は、その遅すぎる発見こそがラストの苦しさだと考えます。怖い映像が終わっても、「あそこで待てていたら」という思いだけが残るんです。

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