遺体安置所の小さな鈴に、こんなに身構えるとは思いませんでした。ソファで観ていても、つい足を引っ込めたくなる音なんですよね。
結末までのネタバレがあります。『ジェーン・ドウの解剖』は、アンドレ・ウーヴレダル監督の2016年映画です。
あの女性は何者で、なぜ父が身代わりになっても息子は助からなかったのでしょうか。
惨殺現場の地下から、傷のない女性が運ばれてくる
発端は、バージニア州の民家で起きた不可解な殺人事件でした。現場の様子は、住人たちが家から逃げようとしていたことをうかがわせます。その地下で警察が見つけたのが、土に半ば埋まった若い女性の遺体です。
身元不明の女性につける仮の名前が「ジェーン・ドウ」。警察は彼女の死因を調べるため、検死官トミー・ティルデンと息子オースティンの仕事場へ遺体を運びます。親子は自宅の地下で、遺体安置所と火葬場を営んでいました。
オースティンには恋人エマとのデートの予定があり、父を手伝うために待ち合わせを延期します。エマは仕事が終わるころに戻ってくる約束でした。ここまでは、ちょっと気の毒な残業です。
保安官は朝までに死因を知りたがっており、トミーは検査を始めます。外から見た女性の身体はきれいで、この時点では普通の殺人事件として調べようとしていました。
解剖で見つかるのは、身体の内側に集中した傷

濁った目と、流れ出す血が食い違う
目の濁りは死後に時間が経ったように見えるのに、身体には死後硬直がなく、メスを入れると血が流れます。親子の知識に照らすと、死亡時刻を決める手掛かりが互いに食い違っているんです。
腰の細さには、長いあいだコルセットを着けたような特徴もありました。爪や髪からは泥炭が見つかり、トミーは女性が北の地域から来た可能性を考えます。見た目の年齢だけで、最近まで近所に暮らしていた人だと考えるとおかしい。身体に残る痕跡が、別の時代と土地を指していました。
手足の骨折、切られた舌、焼けた肺
手首と足首の骨は砕け、舌は切断され、奥歯も一本欠けていました。胸を調べると肺は黒く焼け、内臓には刺されたような傷が残っています。皮膚のきれいさと、内部の痛ましさがまるで釣り合いません。
トミーは、過去に扱った人身売買の被害者を思い出します。逃げられないように縛られ、声まで奪われたのか、と拷問を疑うわけです。
胃の中の歯と布、皮膚の裏の印
消化器官からは、身体を麻痺させる植物と、布に包まれた歯が出てきます。歯は女性自身の欠けた奥歯でした。布には文字、数字、奇妙な図形があり、さらに皮膚の裏側にも似た印が刻まれています。
歯を包む布と皮膚の裏の印が、女性に施された儀式を探る手掛かりになります。偶然飲み込んだ異物だと考えるには、身体とのつながりが不気味すぎました。
逃げようとした親子が、エマを失うまで

鈴が近づき、出口も通信もふさがれる
解剖の途中から、ラジオが勝手に局を変え、不穏な曲や嵐の警報を流し始めます。オースティンは廊下に人影を見て、換気口では飼い猫スタンリーが瀕死の状態で見つかりました。トミーは苦痛を終わらせるため猫の命を絶ち、火葬します。
やがて照明が破裂し、安置していた遺体の姿まで消えます。エレベーターは動かず、地上への出口には倒木があるように見え、携帯電話と固定電話も救助につながりません。
その暗闇で聞こえてくるのが、遺体の足首につけていた鈴です。トミーは、生きている人を誤って死者として扱わないための古い習慣として、鈴を使っていました。今度はそれが、廊下を何かが歩いている合図になってしまう。残業中に聞きたい音としては、最下位です!
トミー自身も何者かに襲われ、親子は異変の原因が解剖台の女性にあると考えます。帰るだけで済む状況から、彼女をどうにかしなければ逃げられない状況へ追い込まれたんです。
火をつけたあと、斧の先にいたのはエマだった
親子は女性の遺体を焼こうとします。燃料をかけて火をつけると、炎は解剖室の天井へ広がり、トミーが消火器で消し止めました。火が収まったあとの女性の身体は、元の状態を保っています。
エレベーターが再び動き、二人は脱出を試みます。そこへ鈴の音とともに黒い人影が近づき、トミーは動き出した遺体だと思って斧を振り下ろしました。
トミーが斧で殺してしまった相手は、迎えに戻ったエマです。オースティンは倒れた恋人に駆け寄り、父も自分のしたことに愕然とします。
エマの死のあと、トミーは、妻が自殺した過去と、その苦しみに気づけなかった後悔を息子に話します。オースティンは死因が分かれば怪異を止められると考え、父と解剖室へ戻りました。
ジェーン・ドウの正体は?トミーがたどり着いた魔女の説
再び調べた脳の組織には、細胞の活動が残っていました。親子は、遺体として運ばれた女性が、なお生きていると気づきます。
布の印を読み解くと、1693年という数字と、聖書の「レビ記20章27節」に結びつきます。トミーは、霊や呪術に関わる者を死刑にする聖句と、北の地域を示す身体の痕跡から、セイラムの魔女裁判を思い浮かべました。
トミーの推理では、彼女は魔女と疑われた無実の女性です。魔女を殺すために施された拷問と儀式が、かえってその女性を本当の魔女に変えてしまった。そして死者のように横たわる身体で、長い年月、痛みを感じ続けていると考えます。
そう考えると、親子のメスは、女性にとって苦痛を上乗せする行為です。トミーは、自分たちも彼女と同じ苦しみを味わわされていると悟ります。私はこの気づきの遅さが、かなりきつかったです。
父の身代わりと、救助の声に裏切られる息子の結末

トミーに傷が移り、オースティンが父を刺す
追い詰められたトミーは、女性に自分を差し出し、息子を助けてほしいと頼みます。すると父の手首と足首が折れ、身体に彼女と同じような損傷が現れました。一方、女性の骨や傷は治り、濁っていた目にも色が戻ります。
トミーの苦痛は激しく、床に倒れた父を前に、オースティンはその苦しみを終わらせる決断をしました。息子は父の胸にメスを刺し、トミーは命を落とします。
恋人を失った直後に、今度は自分の手で父を死なせる。父の愛情に応えたくても、彼に残された選択はあまりに残酷です。
保安官の声が歌に変わり、父の姿が現れる
その後、オースティンには外から保安官が呼びかける声が聞こえます。倒木を片づけたという声に希望を持ち、地上への出口へ向かいました。
ところが声は、解剖中にラジオで聞いた曲を歌い始めます。救助だと信じたものも、彼を惑わす幻聴だったんです。もう安心して誰かの声を頼ることさえできません。
さらに死んだ父の姿が現れ、驚いたオースティンは階段の手すりを越えて転落し、死亡します。
翌朝の女性は元通り。最後に動く足指の意味

朝になって警察が到着し、トミーとオースティンの遺体を発見します。解剖台にある女性の身体は、切開や炎による損傷を残さず、きれいな姿に戻っていました。
保安官は彼女を管轄外へ運ぶよう指示します。車で搬送される途中、ラジオがひとりでに鳴り出し、女性の足の指がぴくりと動く。これが最後の場面です。
考察:恐怖が別の場所へ運ばれる
ラストの足指は、彼女の力が搬送先へ持ち込まれる不穏さを残します。私は、最初の民家と親子の地下室が、今度は車の先にある場所へつながってしまう結末だと受け取りました。小さな動きだけで、あの夜の恐怖が急に広くなるんですよね。
考察:晴天のラジオと、幻覚が奪う安心
翌朝のラジオには、晴天が四日続いているという放送があります。親子が聞いた激しい嵐との食い違いは、閉じ込められた夜の天候まで幻覚だったと考える手掛かりです。
私には、この映画の怖さは「何を頼ればいいのか」という感覚を壊すところにあるように思えます。仕事場の設備、耳に届く声、家族の姿。ふだんなら確かだと思うものから順に、親子の逃げ道が失われていきました。
保安官の声が聞こえたときは、私も思わず肩の力が抜けました。怖がっているときほど、知っている人の声には飛びつきたくなりますよね。その安心した瞬間に仕掛けてくるのが、私は一番嫌でした。
血や臓器の描写
本編には胸部や頭部を切開し、臓器や脳の組織を調べる映像があります。刃物を使う手元や、身体の内部を映す場面が続くので、血や解剖の描写が苦手な人には負担の大きい作品です。
猫が深刻な傷を負うくだりもつらいですね。怪物が急に現れる怖さに加えて、人や動物の苦痛を目の前で感じるしんどさがあります。
映像の雰囲気を知りたいときは、公式予告へ
予告では、親子のやり取り、解剖台と廊下の近さ、音で迫ってくる怖さを短く体験できます。暗い廊下の奥が気になって、つい画面との距離を取ってしまいますね。
配給会社による英語版公式予告です。
作品の基本情報や国内版の商品案内は、松竹の『ジェーン・ドウの解剖』作品ページにあります。
FAQ
ジェーン・ドウ役は誰ですか?
オルウェン・ケリーが演じています。端正な顔つきが、解剖台でかえって不気味に感じられますね。
上映時間はどれくらいですか?
86分です。短めの一本ですが、地下で過ごす親子の夜はずいぶん長く感じました。
原題は何ですか?
『The Autopsy of Jane Doe』です。「Autopsy」は遺体の解剖を意味します。
まとめ
専門知識がある父と、父を見捨てられない息子。どちらの長所にも容赦がないところが、この映画の後味の悪さです。派手な怪物より、自分の善意が裏目に出る怖さが残りました。