雪原を、少女が裸足で走っています。靴を探す時間さえ惜しむほど、何から逃げていたのでしょうか。
『ウインド・リバー』は、テイラー・シェリダンが監督・脚本を務めた2017年の映画です。白い雪景色はきれいでも、観光気分は最初の数秒で吹き飛びます。
結末までのネタバレと、性暴力・殺人に関する記述があります。
犯人は、掘削現場の警備員ピートです。ところが、最後に彼を捕らえるコリーは、その身柄を警察へ渡す道を選びませんでした。あの雪山で何をさせたのかが、冒頭の少女の姿につながるんです。
ナタリーの遺体発見から始まる、コリーとジェーンの捜査

舞台はワイオミング州の先住民族保留地、ウインド・リバー。野生生物局のハンター、コリー・ランバートは、家畜を襲うピューマを追う仕事の途中で、18歳のナタリー・ハンソンの遺体を発見します。
ナタリーは地元の少女で、父親マーティンはコリーの友人でした。裸足の足跡と、雪に残る血。コリーは、その場の痕跡から、彼女が生きるために走り続けたと考えます。
FBI捜査官ジェーン・バナーが単身で到着しました。現地では部族警察の署長ベンが捜査に当たります。ジェーンはこの土地の寒さに備えた服装さえ十分でなく、防寒着を借りるところからの捜査です。FBIの肩書きがあっても、雪山ではまず上着! この小さな行き違いだけで、彼女と土地との距離がわかります。
検死では肺出血。暴行の痕跡があっても応援を呼べない
検死で判明したのは、性的暴行と殴打の痕跡でした。ただし、映画の中で検視官が説明する直接の死因は、極寒の空気を吸い込みながら走ったことによる肺出血です。
検視官は死を他殺と認定せず、ジェーンは上司にFBIの捜査チームを要請できない状況に陥ります。襲われて逃げた女性が死んでいるのに、死因の分類で捜査の人数が変わってしまう。ジェーンのいら立ちは、観ている側にもよくわかりますよね。
彼女が協力を求めたのは、地形と雪の痕跡を知るコリーでした。聞き込みを担うジェーンと、足跡や移動経路を追うコリー。それぞれの力を合わせて、ナタリーの最後の足取りを探し始めます。
兄チップへの聞き込みと、恋人マットの遺体
ナタリーの家族を訪ねると、マーティンは娘に恋人がいたことを話しますが、相手の名前までは知りませんでした。母親も深い悲しみの中にいます。
捜査は、遺体発見現場に近い家へ向かいます。薬物に関わる男たちのいるその場所で銃撃が起き、ナタリーの兄チップも見つかりました。妹の死を知ったチップは泣き崩れます。
さらに雪上のスノーモービルの跡を追うと、今度は男性の遺体が見つかりました。その後、チップから、ナタリーの恋人が掘削現場の警備員マットだとわかります。男性の遺体の身元もマットと判明しました。
警備員の宿舎が、2人の被害者の共通する場所として浮かび上がります。恋人を探して話を聞くはずが、その恋人まで亡くなっていた。ジェーンたちは、マットも襲われた経緯を追うことになりました。
コリーが捜査に加わる理由は、娘エミリーの死にある
コリーはジェーンに、3年前に娘エミリーを亡くしたことを打ち明けます。16歳だったエミリーは、ナタリーの親友でした。
コリーと妻の留守中、自宅で若者たちが集まった後にエミリーは行方不明となり、後日、離れた場所で遺体が見つかりました。娘を守れなかったという自責の念が残り、夫婦も離婚しています。
エミリーの事件は未解決です。ナタリーの捜査には、娘の友人に起きたことを突き止めたいというコリーの思いが重なっています。
マーティンが悲しみに押しつぶされそうになったとき、コリーは自分が経験した喪失について話しました。痛みを引き受けることと、娘との幸せな記憶を保つこと。その2つを切り離せずに生きてきた父親だからこそ、マーティンのそばにいられるんですね。
一方で、マーティンは犯人を見つけたら殺してほしいと頼み、コリーは応じます。家族へのいたわりと、犯人への殺意が同じ人の中にある。この約束が、後の彼の行動を決定的に重くしています。
警備員の宿舎で、ナタリーとマットに何が起きた?

ジェーンとベンたちは、マットの同僚がいる掘削現場を訪ねます。コリーは別行動で、山中の痕跡を追っていました。
警備員たちは、マットが恋人との口論の後に出ていったと説明します。ところが、1人が被害者の名を口にしました。ナタリーの名前は、まだ公表前です。
さらに彼らは、話をしながら捜査側を囲むように動いていました。警官がその動きに気づき、互いに銃を向け合う事態に。ジェーンが緊張を収め、マットと同室のピートがいるトレーラーへ向かいます。やっと落ち着いた、と息をつける時間まで短いんです。
恋人同士の夜に、酔った警備員たちが入ってきた
トレーラーのドアを前にしたところで、時間は事件当夜に戻ります。ナタリーは恋人に会いに来て、マットと2人で過ごしていました。
そこへ、酒を飲んだ同僚たちが帰ってきます。ピートはナタリーとマットを挑発し続けました。マットは怒って殴りかかりますが、相手は集団です。ほかの警備員も加わり、マットを袋だたきにします。
ナタリーも暴力を受け、意識を失いました。彼女が目を覚ますと、ピートに強姦されている最中でした。
傷ついたマットが再び抵抗した隙に、ナタリーはトレーラーを抜け出します。マットは警備員たちの暴行で命を落としました。
ナタリーが裸足で走ったのは、助かるためだった
ナタリーは靴を履く間もなく、雪原へ逃げます。宿舎から遺体発見場所までは、作中の説明で約6マイル、約10キロです。
いつもの散歩に置き換えても、途中で休みたくなる距離でしょう。それを暴行の後、凍える夜に裸足で走ったんです。彼女を、ただ倒れていた少女として眺める気持ちには戻れません。
銃撃戦でベンたちが死亡。コリーがジェーンを救う
現在の捜査に戻ると、ジェーンたちは依然としてトレーラーのすぐそばにいます。山中の移動跡が宿舎につながるとつかんだコリーは、無線でベンに警告しました。
しかし、警備員側も先に動きます。ピートがドア越しに散弾銃を発砲。すぐ前にいたジェーンが吹き飛ばされ、周囲でも撃ち合いが始まります。
ベンと同行の警官たちは銃撃戦で命を落としました。ジェーンは防弾チョッキで致命傷を免れ、負傷したまま生き残ります。ただ、その場ではまだ警備員たちに命を狙われていました。
そこへコリーのライフルによる援護射撃が入ります。彼は離れた場所から警備員たちを撃ち倒し、ジェーンのとどめを刺そうとする男たちを止めました。
ピートはその場から逃走します。コリーはジェーンの手当てをしてから追跡し、生きたまま捕らえました。雪の痕跡を読み、銃を扱うハンターの技術が、人間を追い詰めるために使われることになります。
結末でピートを裸足で走らせたのは、ナタリーと同じ苦痛を与えるため

コリーはピートを雪山へ連れていき、何があったのか告白させます。ピートはナタリーへの暴行とマットの殺害を認め、孤立した場所での退屈や、女性がいないことを口にしました。
聞いていて腹が立つのは、その自己憐憫です。奪った命の話のはずが、自分の暮らしへの不満になっている。
告白を聞いたコリーは拘束を解き、道まで走ってたどり着けたら自由にすると告げます。ピートには、靴を履かず、極寒の中を走る条件が課されました。
それは、ナタリーが死に至った逃走を加害者自身に経験させる私的制裁です。コリーは、ピートには彼女よりはるかに短い距離さえ走り切れないだろうと突きつけました。
ピートは走り出しますが、ほどなく血を吐き、雪の中で倒れ、冷気による肺出血で死亡します。
私は、ピートが逃げ切らずに終わったことには安堵します。それでも、コリーが約束を果たす方法を見ていると、気持ちはすっきり収まりませんでした。遺族の願いを引き受けた彼自身も、暴力の中へ踏み込んでいるからです。
ラストは病院と、娘を失った父親2人の対話

ジェーンの病室で語られる、生き残った強さ
コリーは入院中のジェーンを見舞います。彼女は命を救ってくれたことに感謝しますが、コリーは彼女自身が戦って生き延びた強さを認めました。
あれだけの銃撃の後に、病室で普通の会話を交わせている。その姿に、こちらもようやく息をつけました。
マーティンの顔の塗料と、息子からの電話
続いてコリーが訪ねるのは、マーティンの家です。庭に座る彼は、顔の模様を自分の「死の顔」だと話しました。その模様は自分で考えたものです。教えてくれる人を失い、弔い方さえ自分で探しているんですね。
マーティンは、息子チップから電話があり、警察署へ迎えに行くつもりだと話します。
コリーがピートの最期を告げると、マーティンはしばらく一緒に座ってくれるかと尋ねます。コリーは隣に腰を下ろしました。
この小さな頼みが、私はいちばん胸に残りました。励ます言葉を探して、つい余計なことまで話してしまう場面ってありますよね。自分も娘を亡くした人が黙って付き添う、その距離がいいんです。
最後の字幕が、ナタリーの事件をさらに広い問題につなげる
終幕には、先住民族女性の失踪について統計が存在せず、人数が不明だとする字幕が出ます。これは2017年の映画が最後に掲げたメッセージです。
名前と家族を知ったナタリーの向こうに、数さえつかめていない女性たちがいる。そう思わせる終わり方でした。捜査が進むかどうかで立ち止まった序盤の場面も、この字幕とつながります。
性暴力と銃撃の描写は、鑑賞前に気をつけたいところ
ナタリーの母親が自分を傷つける場面もあり、遺族の苦しさをかなり近くで目にする映画です。性暴力や銃撃に加え、こうした自傷の描写もあります。
性暴力の映像がつらい人や、身近な人を亡くした直後の人には、かなり負担の大きい作品だと思います。家で気軽に映画を流す夜でも、これは少し気力のある日に選びたい一本です。
公式予告と、本編の配信先
配給会社Front Row Filmed Entertainmentが公開した公式予告です(英語)。
本編の視聴先は、角川シネマコレクションの作品ページに配信サービスへのリンクがあります。各サービスの作品ページには、料金と見放題・レンタルの区分が載っています。
FAQ
日本で公開されたのは2017年ですか?
日本の劇場公開日は2018年7月27日でした。
上映時間はどれくらいですか?
本編は107分です。
コリーとジェーンを演じているのは誰ですか?
コリーをジェレミー・レナー、ジェーンをエリザベス・オルセンが演じています。
まとめ
『ウインド・リバー』を観終えると、救助があの夜に間に合っていたら、と考えてしまいます。恋人に会いに行っただけのナタリーに起きたことが、あまりに理不尽だからです。
真相を知る怖さと、失った人を覚えながら生きるつらさ。その両方が残る結末でした。雪の上の足跡から始まった物語が、隣に座る人の存在で終わることを、私は長く覚えていると思います。