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映画「シークレット・マツシタ」はなぜつまらないのか?【感想レビュー】南米発・日系ホラーの「額に死」が招いた悲劇と爆笑を徹底解説

毎朝、満員電車に揺られながら通勤していると、ふと思うんです。

「この閉塞感、ホラー映画よりよっぽど怖くない?」って。

 

片道1時間の通勤ラッシュ、職場でのプレッシャー。

帰宅すれば義理の両親との同居生活、そして宿題を全くやらない小学4年生の息子との攻防戦。

 

私の日常は、ある意味でサスペンスの連続です。

そんな生活を送っていると、たまにはフィクションの世界で「安全な恐怖」に浸って、日頃のストレスをデトックスしたくなるものですよね。

 

そんな私が、ある夜、「とんでもない劇薬」に出会ってしまいました。

その名は『シークレット・マツシタ/怨霊屋敷』

 

「南米で失神者続出」

「呪われた実在の屋敷」

そんな触れ込みに胸を踊らせて再生ボタンを押した私を待っていたのは、恐怖の悲鳴ではありませんでした。

そこにあったのは、腹筋が崩壊するほどの「爆笑」と、虚無感漂う「退屈」でした。

 

この記事では、なぜこの映画が日本でこれほどまでに酷評され、同時に一部でカルト的な人気を博しているのか。

その理由を、主婦でありライターでもある私が、徹底的に、執拗に、そして愛を持って解説します。

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この記事を読んでほしいのは、こんなあなたです

  • 「南米で失神者続出」という宣伝文句に惹かれて映画を観たものの、「どこが怖いの?」「私の感性がおかしいの?」と、狐につままれたような気分でモヤモヤしていませんか?
  • ネットのレビューで「つまらない」「金返せ」という怒りの声と、「腹抱えて笑った」「神映画」という絶賛の声が入り混じっていて、一体どっちが真実なのか混乱していませんか?
  • 映画の終盤で額に「死」と書かれたシーンや、ラストに流れる謎の校歌風BGMの意味が全く理解できず、「誰か解説して!」と叫びたい気持ちになっていませんか?

そのモヤモヤ、実は「文化の事故」が原因なんです

『シークレット・マツシタ』が抱える問題は、単に「映画の出来が悪い」という一言で片付けられるものではありません。

 

この映画の評価が分かれる背景には、ペルーと日本という、地球の裏側同士の

「文化的なすれ違い」

と、配給会社のマーケティングによる

「期待値のズレ」

という、根深い構造的な問題が潜んでいます。

 

ペルーの人々が抱く「神秘的な日本像」と、私たち日本人が持つ「リアルな感覚」。

この二つが正面衝突した結果、恐怖演出がすべてコントに見えてしまうという、悲劇的かつ奇跡的な化学反応が起きてしまったのです。

この構造を理解しないままでは、この映画の真の面白さ(つまらなさ)には到達できません。

筆者について:日常の謎を解く兼業ライター

私は普段、フルタイムの会社員として働きながら、ライターとして活動しています。

長崎から上京して早数十年。東京の荒波と義実家同居というサバイバル環境で磨かれた「違和感を見逃さない観察眼」には自信があります。

 

今回は、この映画を単に鑑賞するだけでなく、以下の徹底的なリサーチを行いました。

  • ペルー現地の都市伝説「Casa Matusita」に関する資料の読み込み
  • 国内外のレビューサイト(Filmarks、IMDbなど)計500件以上の分析
  • 行動経済学や心理学の視点を取り入れた「なぜ人はこれを語りたくなるのか」の考察

「つまらない映画」を「つまらない」と言うのは簡単です。

私の仕事は、その奥にある「人間味」を掘り起こすことです。

この記事で学べること

この記事では、以下の内容を徹底的に深掘りします。

  1. ネタバレ全開のストーリー解説
    なぜ冒頭40分間も何も起きないのか、その構成上の欠陥を実況します。
  2. 「つまらなさ」の5つの正体
    時代遅れのPOV手法から、日本人を爆笑させた「額に死」問題まで、酷評される理由を論理的に分解します。
  3. 実は怖い「真実」の伝説
    映画よりも遥かに恐ろしい、実在のマツシタ邸に伝わる「ドラッグと殺戮の歴史」を紹介します。
  4. 心理学的アプローチ
    なぜ私たちはこの映画を見て笑ってしまうのか。
    そのメカニズムを「認知的不協和」などの視点から解き明かします。

読むことで得られるメリット

この記事を読めば、あなたは以下の状態になれます。

  • 「時間の無駄だった」という後悔が、「貴重な異文化体験をした」という満足感に変わります。
  • 映画のツッコミどころを完全に把握できるため、明日友人や同僚に「すごい映画があるんだよ」と、面白おかしく語れるようになります。
  • ただの「失敗作」に見えていた映画が、ペルーの人々の日本への歪んだ愛を感じる「愛すべき怪作」に見えてきます。

結論:これはホラーではなく、奇跡のドキュメンタリーだ

結論から言えば、『シークレット・マツシタ』は、ホラー映画として観れば0点ですが、「異文化コミュニケーションの失敗例」としては100点満点の教材です。

 

怖がろうとして観るのではなく、「世界にはこんな誤解があるんだ」と楽しむ余裕を持つこと。

それが、この屋敷の正しい歩き方です。

さあ、覚悟を決めて、マツシタ邸の扉を一緒に開けましょう。

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第1章ペルーからの黒船あるいは泥船の到来

「南米で失神者続出」という劇薬

まず、時計の針を少し戻しましょう。

2014年、南米ペルー。

この国で、一本のホラー映画が公開されました。タイトルは『Secreto Matusita』。

 

ペルーの首都リマに実在し、現地では「口にするのも恐ろしい」と言われる最恐の心霊スポット「マツシタ邸」を舞台にした、初の映画作品です。

 

日系移民が多いペルーにおいて、「マツシタ」という響きは、何か得体の知れない東洋の神秘と、忌まわしい過去を感じさせるパワーワードだったのでしょう。

この映画は現地で150館規模で公開され、初登場1位を記録する大ヒットとなりました。

 

そして時が経ち、2022年。

日本のオカルトメディア「TOCANA」が、このパンドラの箱を日本に持ち込みました。

 

キャッチコピーは強烈でした。

「南米で失神者続出!」

「おぞましき日本人の呪い」

 

ポスターには、血塗られた赤文字で「死」の漢字が散りばめられ、何かとんでもないJホラーの遺伝子を持った傑作が上陸したかのような空気を醸し出していました。

「松下さんは入場無料」

なんていう、ユニークなキャンペーンも話題になりましたよね。

 

私も正直、期待していました。「失神者続出」ですよ?

満員電車で貧血気味になることはあっても、恐怖で失神なんて体験、そうそうできるものじゃありません。

「今夜は眠れなくなるかもな……」

そんな覚悟を決めて、私は深夜のリビングで、夫と息子が寝静まった後に再生ボタンを押したのです。

開幕、そして訪れる「虚無の時間」

しかし、映画が始まってすぐに、私はある違和感を覚えました。

「……あれ? 何も起きなくない?」

 

この映画、いわゆるPOV(主観視点)のモキュメンタリー形式なんですが、とにかく導入が長いんです。

主人公のテレビクルーたちが、車の中でワイワイ騒ぐ。

 

「マツシタ邸? マジでヤバいらしいぜ~」

「幽霊なんていないって!」

「まあまあ、とりあえず機材のチェックしようぜ」

 

そんな、若者特有のノリと無駄話が延々と続きます。

マツシタ邸に到着してからも、警備員に賄賂を渡して侵入するシーン、暗い屋敷の中をライトで照らしながら歩き回るシーン、機材をセッティングするシーン……。

リアルさを追求した結果なのでしょうが、編集という概念を忘れてしまったのでしょうか。

 

私が時計を確認したとき、すでに再生開始から40分が経過していました。

77分の映画のうち、半分以上が「若者の雑談」と「暗闇の散歩」です。

 

現代は「タイパ(タイムパフォーマンス)」の時代です。

私の息子だって、YouTube動画の最初の5秒がつまらなかったら即スキップしますよ。

この時点で、私の「恐怖への期待」は、「早く何か起きてくれ」という「焦り」と、そして強烈な「眠気」へと変わっていました。

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第2章:ネタバレ全開で検証する「つまらなさ」の5つの正体

ここからは、なぜこの映画がこれほどまでに酷評されるのか、その具体的な理由を5つのポイントに絞って解剖していきます。

「これから観るからネタバレはやめて!」

という方は、ここで引き返してください。

でも正直、ネタバレを知ってから観たほうが、精神的なダメージは少ないと思いますよ。

1. 周回遅れのPOV(ファウンド・フッテージ)

最初のつまづきは、その表現手法にあります。

「撮影クルーが行方不明になり、残された映像だけが発見された」

という設定。

 

これ、1999年の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』で世界中が熱狂したやつです。

2007年の『パラノーマル・アクティビティ』で定着したやつです。

 

本作の製作は2014年。日本公開は2022年。

正直、遅すぎます。

ファッションで言えば、今さら厚底ブーツとルーズソックスを「最新トレンドです!」って履いてくるようなものです(あ、また流行ってるんでしたっけ? 例えが悪かったかも)。

 

とにかく、私たちはもう「手ブレ映像」も見飽きているし、

「カメラを止めろ!」

「いや撮り続けるんだ!」

というやり取りも見飽きているんです。

2022年の日本の観客は、YouTubeでもっとリアルな心霊動画を見ていますし、『コンジアム』のような進化したPOVホラーも体験済みです。

 

そんな目の肥えた観客に、20年前の文法で作られた映像を見せても、「怖い」以前に「古い」と感じてしまう。

これが第一の敗因です。

2. ジャンプスケア依存症

ようやく怪奇現象が始まっても、その演出がワンパターンです。

静寂からの「ドン!」。

画面の端に「ワッ!」。

いわゆる「ジャンプスケア(ビックリ系)」ばかり。

 

人間って、学習する生き物ですよね。

「あ、音が止まったな。カメラがゆっくり動いたな。……はい、ここで来る!」

と予測できてしまう。

そして予測通りに大きな音が鳴る。

これでは「恐怖」ではなく「答え合わせ」です。

 

Jホラーの良さって、もっとこう、ジメッとした湿度の高い恐怖だと思うんです。

「何も起きていないのに、何かがいる気がする」

「画面の隅に映っているアレ、人間じゃなくない?」

そういう、想像力を刺激する恐怖が、この映画には決定的に欠けています。

 

ペルーの監督さんは、きっとサービス精神旺盛なんでしょう。

「ほら! お化けだよ! ビックリした?」

と、全力で驚かせに来てくれるんですが、それが逆効果になっているのが悲しいところです。

3. 日本人を爆笑させた「額に死」問題

そして、本作を伝説級の「ネタ映画」に押し上げた決定打がこれです。

 

物語の終盤、行方不明になっていた女性スタッフのヒメナが発見されます。

彼女は放心状態で座り込んでおり、カメラがゆっくりと彼女の顔にズームインします。

緊迫の瞬間です。観客が固唾を飲んで見守るシーンです。

 

そこで映し出された彼女の額には、黒のマジックペンのようなもので、くっきりと、丁寧に、

「死」

という漢字が書かれていました。

 

……ごめんなさい。

思い出し笑いが止まりません。

これ、日本人の30代以上なら、全員が同じことを考えたはずです。

 

「キン肉マンかよ!!!」

 

そう、国民的漫画『キン肉マン』です。

主人公の額には「肉」、ライバルには「米」や「骨」。

私たち日本人にとって、「額に漢字を書く」という行為は、恐怖の象徴ではなく、「昭和のギャグ漫画」あるいは「宴会芸の罰ゲーム」の象徴なんです。

 

しかも、その「死」の文字のフォント(書体)がまた絶妙にダサい。

おどろおどろしい筆文字ではなく、まるでパソコンの教科書体のような、あるいは子供が漢字ドリルに書いたような、整った「死」なんです。

 

ペルーの監督にとっては、漢字の「死(DEATH)」は、最高にクールで呪術的なシンボルだったのでしょう。

でも、ネイティブの日本人には「顔に落書きされた人」にしか見えません。

この瞬間、劇場では恐怖の悲鳴ではなく、必死に笑いを堪える空気が流れたといいます。

シリアスなシーンであればあるほど、笑いの破壊力は増す。

これぞ「シュールレアリスム」の極致です。

4. 切腹と日本刀の誤解

屋敷の中で発見されるアイテムや設定にも、ツッコミが追いつきません。

床下から出てくる古びた日本刀。

それはいいとして、その扱いが雑すぎます。

そして物語の核となる「マツシタ氏の切腹」。

 

「主人が家族を殺して、自ら切腹した」

ペルーの人たちにとって、日本人はみんなサムライの末裔であり、事あるごとに腹を切る種族だと思われているのでしょうか。

 

舞台は20世紀ですよ?

昭和の時代に、いくら乱心したからといって、わざわざ正座して作法通りに切腹する貿易商がどこにいますか。

このステレオタイプな日本観。

「ハラキリ」

「サムライ」

「ブシドー」

海外映画あるあるですが、ここまで真面目にやられると、怒る気も失せて、なんだか愛おしくなってきます。

5. ラストの謎の校歌

極めつけはエンディングです。

クルーたちが全滅し、カメラが地面に転がってジ・エンド。暗転してスタッフロールが始まります。

余韻に浸る観客の耳に飛び込んできたのは、不気味なノイズでも悲しげなピアノでもなく……。

 

「あけそめし〜〜〜♪ あさもやに〜〜〜♪」

 

三味線のような和楽器の伴奏に乗せて、朗々と歌い上げられる日本語の歌。

その曲調は、どう聞いてもホラーではありません。

昭和の教育番組のオープニングか、大正時代の唱歌か。

あまりに唐突な選曲に、観客の脳内は

「???」

で埋め尽くされます。

 

「え? なにこれ? ハッピーエンド?」

「この歌、なに?」

 

後日、ネット上の特定班が調べたところ、この曲はどうやら

「神奈川大学の校歌(第一応援歌)」

の歌詞とメロディに酷似していることが判明しました。

 

なぜ?

なぜペルーのホラー映画のラストに神奈川大学?

おそらく、制作陣が「日本の伝統的な音楽」をロイヤリティフリー音源などで探していて、歌詞の意味も分からずに

「これ、なんか荘厳でクールじゃん!」

と採用してしまったのでしょう。

 

「あけそめし(夜が明けて)」

なんて、希望に満ち溢れた歌詞ですよ。

全滅バッドエンドの直後に流す曲じゃありません。

このラストのおかげで、映画の内容はすべて吹き飛び、「謎の校歌を聞かされた」という記憶だけが残るのです。

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第3章:実は映画より怖い?実在する「マツシタ邸」の伝説

ここまで読むと、

「なんだ、ただのふざけた映画か」

と思われるかもしれません。

でも、ここで一つ、どうしてもお伝えしておきたいことがあります。

 

実は、映画のモデルとなった実在の「Casa Matusita(カサ・マツシタ)」にまつわる都市伝説は、映画本編よりも遥かに怖くて、ストーリー性があって、面白いんです。

 

私が「もったいない!」と地団駄を踏んだのがこの点です。

採用されなかった「ドラッグの饗宴」

現地の伝説には、いくつかのバリエーションがあります。

映画で採用されたのは「日系人一家の心中」だけでしたが、実はそれ以前の19世紀に、もっと恐ろしい事件があったとされています。

 

当時の屋敷の主人は、とてもサディスティックな人物で、使用人たちを奴隷のように虐待していました。

ある日、主人が大事な客を招いて晩餐会を開くことになります。

 

復讐を誓った使用人たちは、食事の中に強力な幻覚剤(幻覚作用のある植物)を混入しました。

彼らの計画では、主人が食事の席で幻覚を見て奇行に走り、客の前で恥をかけばいい、という程度の復讐でした。

 

しかし、薬の効果は想像を絶するものでした。

食事を口にした主人と客たちは、一斉に狂乱状態に陥りました。

互いが恐ろしい悪魔や怪物に見えたのでしょうか。

彼らは食器やナイフを振り回し、互いを殺し始めたのです。

 

叫び声、飛び散る血しぶき、肉が裂ける音。

使用人たちが様子を見に戻った時、食堂は文字通りの地獄絵図と化していました。

バラバラになった死体が散乱し、生き残った者は一人もいませんでした。

あまりの惨状に、使用人たちも精神を病んでしまったと言われています。

 

どうですか?

この話。

映画の脚本より、よっぽど怖くないですか?

 

閉鎖空間でのパニック、幻覚による同士討ち、虐げられた者の復讐。

これ、最近のアリ・アスター監督の映画(『ミッドサマー』とか)みたいな、極上のサイコホラーになる素材ですよ。

 

他にも、1753年にこの場所で処刑されたペルシャ人の魔女パルバネの呪いとか、歴史的なレイヤーがたくさんあるんです。

それなのに、映画版はこれらを全部スルーして、「ドアが勝手に閉まる」とか「額に死って書く」とか、安っぽい演出に逃げてしまった。

 

最高級の和牛ステーキ肉があるのに、なぜかミンチにして焦げたハンバーグを作ってしまったような、そんな料理下手なシェフを見ているようなもどかしさを感じるのです。

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第4章:分析する「なぜこうなった?」

さて、ここからは少し視点を変えてみましょう。

私なら、この現象をどう分析するか。

感情論ではなく、行動経済学や心理学のメスを入れて、この映画が引き起こした現象を解剖してみます。

1. アンカリング効果の罪

人間は、最初に提示された情報(アンカー)を基準に、その後の判断を行います。

TOCANAによる「失神者続出」という宣伝文句。これが強烈なアンカーとして機能しました。

 

観客の期待値は「『エクソシスト』級の恐怖」に固定されます。

しかし、実態は「凡庸なB級映画」。

 

このギャップに対し、観客は

「損失回避性(Loss Aversion)」

を刺激されます。

「時間を損した」

「お金を損した」

というネガティブな感情は、単なる「つまらない」という評価を超えて、「怒り」や「攻撃的なレビュー」へと増幅されるのです。

2. システム1(直感)の暴走

ノーベル賞学者のダニエル・カーネマンは、人間の思考には「システム1(速い思考・直感)」と「システム2(遅い思考・論理)」があると言いました。

ホラー映画を楽しむには、

「これは作り物だけど、あえて信じて怖がろう」

という、システム2による没入が必要です。

 

しかし、「額に死」のような強烈な視覚的シンボルは、システム1を直撃します。

日本人の脳には、

「額+漢字=キン肉マン(または罰ゲーム)」

という回路が強固に形成されています。

理屈で考える前に、0.1秒で直感が

「これ、ギャグだ!」

と判断してしまうのです。

 

一度システム1が「これはコントである」と判定を下すと、システム2がいくら

「いや、ペルーの人は真面目にやってるんだよ」

と修正しようとしても手遅れです。

恐怖という緊張状態から解放されるために、脳が「笑い」という防衛機制を作動させて、認知的不協和を解消した結果。

それが劇場での「爆笑」の正体です。

3. サンクコストと社会的証明

映画を見終わった後、私たちは無意識に「元を取ろう」とします。

支払ったチケット代、そして戻らない77分というサンクコスト(埋没費用)。

 

映画がつまらなかった場合、このコストを回収する唯一の方法は、「ネタにする」ことです。

SNSで「クソ映画だったwww」と拡散し、「いいね」をもらうこと。

友人に「すごい映画があるよ」と話して笑いを取ること。

そうすることで、マイナスの体験をプラスの「社会的通貨」に変換しようとするのです。

 

皮肉なことに、映画の出来が悪ければ悪いほど、ツッコミどころが多ければ多いほど、ネタとしての価値は高まります。

この映画が今なお語り継がれるのは、現代のSNS社会における「逆張り評価経済」の勝者だからなのかもしれません。

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第5章:結論この映画をどう楽しむべきか

長々と語ってきましたが、結論です。

この『シークレット・マツシタ』は、観る価値があるのでしょうか?

 

私の答えは、

「条件付きでYES」

です。

こんな人は絶対に観てはいけません

  • 純粋に怖いホラー映画を求めて、震え上がりたい人。
  • 物語の整合性や伏線の回収を気にする、几帳面な人。
  • 忙しくて、1分1秒も無駄にしたくない人。
  • 『キン肉マン』を知らない人(この映画の面白さが8割減します)。

こんな人は、今すぐ観るべきです

  • 「つまらない映画」を愛せる、B級映画ハンター。
    世の中には、完璧な映画ばかりではありません。
    作りの甘さや、作り手の暴走も含めて愛せる広い心を持ったあなたなら、この映画は宝物になるはずです。
  • 飲み会のネタに困っている人。
    「額に死と書かれた伝説の映画」の話は、間違いなく場を盛り上げます。
    そのための投資と思えば安いものです。
  • 異文化コミュニケーションに興味がある人。
    ペルーの人々が抱く「日本」のイメージが、いかに私たちの認識とズレているか。それを肌で感じることは、ある種の社会科見学です。
    「ああ、世界から見ると日本ってこう見えてるのね」
    と、広い視野を持つきっかけになるかもしれません。

推奨される鑑賞スタイル

もし観るなら、一人で部屋を暗くして……

というのはおすすめしません。

友人を家に招いて、あるいは家族と一緒に(子供が寝た後推奨ですが)、お酒やお菓子を用意して、

「ツッコミ上映会」

を開催しましょう。

 

「いや、導入長すぎだろ!」

「警備員、チョロすぎ!」

「そこでカメラ回してる場合か!」

「出た! 額に死!」

「なんで校歌!?」

 

そうやって画面に向かってツッコミを入れることで、退屈な77分は、最高に楽しいエンターテインメントに変わります。

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編集後記マツシタの呪いは解けたのか

映画を見終わった後、私は不思議な清々しさを感じていました。

 

恐怖で眠れなくなることはありませんでしたが、「額に死」のインパクトと「謎の校歌」のメロディは、確かに私の脳裏に焼き付いて離れません。

ある意味、TOCANAの宣伝文句通り「頭から離れない」状態になったわけです。

 

日常のストレスや悩みが、なんだかちっぽけなものに思えてきました。

「地球の裏側では、日本人の幽霊が額に『死』と書いて人々を怖がらせている」

そう思うと、満員電車の苦痛も、義母の小言も、少しだけ笑って受け流せるような気がしませんか?(いや、さすがに無理か)。

 

映画『シークレット・マツシタ』。

それはホラー映画史に残る失敗作であり、同時に、私たちの記憶に残る愛すべき怪作です。

 

もしあなたが、平凡な日常に飽き飽きしているなら、ぜひマツシタ邸の扉を叩いてみてください。

そこには、恐怖はありませんが、想像を超えた「何か」が待っています。

 

ただし、額にマジックペンを用意するのだけは、絶対に忘れないでくださいね。

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