ミチオの隣にいる両親は、火事のあとも人間なのでしょうか。
※結末のネタバレがあります。
『向日葵の咲かない夏』は、道尾秀介が2005年に発表した小説です。
読み終えて本を閉じても、ミカの受け答えや家族の会話が気になりますよね。小学生の夏休み、妹との探偵ごっこ。言葉だけなら楽しそうなのに、宿題を届けに行った先から、もう帰りたくなる話です。
S君の遺体が消え、蜘蛛が岩村先生を告発する
主人公のミチオは小学4年生。終業式の日、担任の岩村先生に頼まれ、欠席したS君の家へプリントと宿題を届けます。その途中で見つけたのは、脚を折られ、口に石鹸を詰められた猫の死体でした。町では犬猫が相次いで殺されていたんです。
S君の家でも異変が待っていました。S君が亡くなっているのを見たミチオは、学校へ戻って助けを求めます。ところが、先生と警察が到着した時には遺体が消えていました。母親はミチオを嘘つきと責める一方、3歳の妹・ミカには優しく接します。
一週間後、ミチオの前に蜘蛛が現れ、S君の生まれ変わりとして話し始めました。その訴えは、岩村先生に殺された、消えた自分の身体を探してほしい、というものです。ミチオは蜘蛛を瓶に入れ、ミカと調査を始めます。
ミカは幼い妹のはずなのに、相談にも尾行にも頼もしい相棒として加わるんですよね。3歳でこの受け答え。大人の私より話が早いです!
先生の部屋にあった、少年たちの写真
岩村先生を尾行したミチオは、先生の部屋に入り込み、少年たちの裸の写真やS君を撮影した映像を目にします。S君が先生から性的な加害を受けていたことが、疑いを強める出来事でした。
さらに、S君の近所に住む古瀬泰造から教えられた小説も、作者が岩村先生だとわかります。その中には少年を殺害する内容がありました。ミチオが刑事に知らせようとすると、先生は連絡を妨げ、ミチオを脅します。
日ごろ教室で会う先生が、部屋の中ではこんなことをしていた。その落差が怖いところです。ミチオの目には、S君の訴えを裏づけるものが次々とそろっていきました。
犬猫事件は、S君と泰造の行為が重なっていた

瓶に閉じ込めた子猫と、作文の×印
やがて、消えていたS君の遺体が自宅の庭で見つかります。S君の母親は、息子が飼い犬のダイキチに腐った肉を回収させる訓練をしていたことや、子猫を瓶に閉じ込めて死なせたことを話しました。
助けを求めているS君にも、残酷な過去があったんです。ミチオはその言動を疑い始め、ついにはS君のいる瓶へ大きな女郎蜘蛛を入れます。逃げ惑う相手を見てから我に返り、女郎蜘蛛を潰しました。守るつもりでいた友達を、自分の手で追い詰めた場面です。
犬猫事件とのつながりを示す手掛かりは、S君の作文用紙にも残っていました。紙の×印は、上に重ねた地図へ書いた印が写ったものだったのです。位置は犬猫の死体の発見場所と合い、作文を提出した時にはまだ報道されていない場所も含んでいました。
犬猫を殺していたのはS君で、その死体の脚を折っていたのが泰造でした。
石鹸は、ダイキチの回収を止めるため
S君は当初、死体を犬に運ばせて自分の関与を隠そうとしていました。泰造が脚を折る姿を見てからは、殺した動物の置き場所を地図で知らせ、死体を渡すようになります。ダイキチは石鹸を嫌う犬だったため、回収を防ぐために死体の口へ石鹸を詰めていたのです。
泰造は最初、死者がよみがえるのを恐れ、動けなくするために脚を折ったと説明しました。ミチオに嘘を追及されると、脚を折りたいという欲求を認めます。怖いから仕方なくやった、という説明で、自分の欲望を隠していたんです。
S君は最後に自分の家を示す地図を泰造へ渡し、自らの遺体まで差し出すつもりでした。そこへ来た泰造が、捜査で自分の関与が発覚するのを恐れて遺体を持ち去り、物置に隠します。その後、ダイキチが見つけてS君の家へ戻したのでした。
子どもから渡された地図を、泰造が待ち望んでいたと考えるとぞっとします。自宅や町の地図は、普通なら遠足や宿題で使うものですから。そんな紙一枚が、二人の残酷な楽しみを結びつけていました。
ミカはトカゲ。母が可愛がっていたのは人形

泰造と向き合う場面で、ミチオのそばにいる妹の実体も明らかになります。一緒に事件を追っていたミカは、ミチオが瓶で飼っているトカゲでした。泰造はその生き物を見て、どうしてトカゲに話しかけるのかと尋ねます。ミチオは激しく怒りました。
人間の妹には、三年前の出来事が関わっています。ミチオは母親の誕生日に花を用意し、下駄箱に隠していました。母を驚かせて喜ばせようと、火事だと嘘をついたのです。慌てた母親が階段から落ち、お腹にいた妹は亡くなりました。
ミチオはトカゲを妹の生まれ変わりと信じ、母親は人形を娘として可愛がるようになります。母と息子は、同じ「ミカ」という名前で、それぞれ違う相手と暮らしていたんです。
母の甘い言葉と息子への厳しい態度にも、失った子をめぐる事情がつながります。喜ばせたかった相手から責められ続けるミチオを思うと、下駄箱に隠した花がつらいですね。
トコお婆さんは三毛猫、スミダさんは百合
ミチオが相談していたトコお婆さんの実体は、三毛猫です。製麺所の本当のトコお婆さんはすでに亡くなっており、あとから来た猫をミチオはその生まれ変わりだと信じていました。S君の死後、その猫を殺したのが泰造でした。
同級生のスミダさんも、一年前の交通事故で亡くなった少女で、ミチオが話しかけているのは白い百合でした。泰造は、その事故の現場に居合わせた人物でもあります。
ミチオの語りでは、この人たちも自然に会話へ加わり、蜘蛛のS君を受け入れます。だから読んでいる側も、話す蜘蛛がいる世界に慣れてしまうんです。私なら瓶に蜘蛛を入れた時点で騒ぎそうですが、作中ではそこがすっかり日常になっていました。
ミチオは泰造を殺し、S君の自殺を告白する
ミチオはS君として扱っていた蜘蛛を潰し、ミカに食べさせます。あまりにあっけなくて、私はここで言葉に詰まりました。妹を頼りにしてきた、あの無邪気な会話まで怖くなります。
さらにミチオは、林で犬猫事件とS君の死を泰造の犯行にして終わらせようとします。泰造はミチオの襲撃から逃げました。ミチオはダイキチを使って追い詰めます。
その後、泰造もダイキチも、ミチオに殺されました。後のニュースでは一連の事件が泰造の犯行とされ、泰造自身の死も自殺として扱われます。
その後、ミチオのそばには、泰造の生まれ変わりとして語られるカマドウマが現れます。カマドウマとの会話で、ミチオは終業式の朝に自分がS君へ言ったことを打ち明けました。夏休み明けの演劇でペアを組むのが嫌で、死んでほしいと告げたのです。
人間のS君の死は自殺で、ミチオは自分の言葉がそのきっかけになったと認めます。「先生に殺された」という筋は、その罪悪感から逃れるためにミチオが作った物語でした。
結末:火災のあと、四人家族の足元に影が一つ

自分が作った物語に疲れたミチオは、自室に火をつけます。炎の中へ駆けつけた母親が抱えているミカは人形でした。ミチオはトカゲのいる瓶を胸に抱き、両親に二人で逃げるよう伝えます。
母親が窓を開け、父親がミチオと瓶を外へ投げ出して助けました。家は焼け、ミチオの身体には火傷の痕が残ります。
焼け跡の前で、ミチオは両親とミカがそろっているかのように語ります。関西の親戚に引き取られることになり、待ち合わせへ向かう家族の会話も続きました。ところが最後、太陽を背にしたアスファルトには、長い影が一つだけ伸びています。
考察:両親を失っても、ミチオの中では家族が続く
この影から、両親は火災で亡くなり、ミチオがまた両親のいる物語を作った、と読むのが自然です。
私は、両親の最後の救助に、ミチオが欲しかった愛情を感じます。母親はその時、三年ぶりにミチオの名前を呼びました。それまで責められてきた子にとって、名前を呼ばれるだけでも大きな出来事でしょう。ようやく手を伸ばしてくれた両親を、そのまま失う。あの家族の会話には、この痛みがあると思います。
冒頭の回想は、この夏よりさらに後の出来事
小説の冒頭は、大人のミチオによる回想です。ミカは事件の一年後、四歳で亡くなりました。
ミチオは大人になっても妹の遺骨の一部を手元に残しています。
考察の注意:カマドウマの声と、両親の転生先
カマドウマの泰造がミチオを問い詰めるやり取りは、自分の中に残った罪の意識との対話としても読めます。自分の話の中でさえ、責める声が追いかけてくるのは苦しいでしょう。
父は亀、母はカマキリに生まれ変わったという説は、ミチオが両親の転生先を想像する会話から生まれた解釈です。最後の父母をそうした生き物として思い浮かべる読みも、ミチオの心の中の家族と捉える読みもできます。
読み返すなら、母の化粧と図書館の百合が気になる
再読で私が気になるのは、母親がミカに化粧をしてあげる場面です。母の一方的な声掛けは、女の子を着飾らせているように読めます。相手が人形だとわかった後には、服や化粧の世話をしている母の姿が、ずっと寂しく感じられるんです。
図書館の百合の花も、スミダさんの正体につながる手掛かりです。何気ない花まで気になるのは、初読でミチオの話にすっかり乗っていたからでしょう。読書中に花瓶を疑うのは、この本ならではですね。
書籍の案内は新潮社『向日葵の咲かない夏』にあります。
道尾秀介が制作の裏側を語る、BSテレ東『あの本、読みました?』の抜粋です。
FAQ|『向日葵の咲かない夏』で気になること
「妹が生まれた時」の作文は、どの出来事?
流産後の処置を待つ間、ミチオと父親が病院の長椅子に座っていた出来事です。ミチオは、妹が母親のお腹から出てきた時の思い出として作文にしました。岩村先生は、気持ちが伝わるという感想を添えています。
タイトルの「向日葵の咲かない夏」は、どういう意味?
私は、夏に咲くはずの花が咲かないという題名に、子どもが楽しみにしている季節でさえ苦しくなる、この物語の空気を感じます。
まとめ
この小説で後に残るのは、語り手にだまされた悔しさより、ミチオの話を信じてあげたい気持ちの居心地の悪さです。子どもの訴えを受け止めたいのに、その言葉が誰かを傷つける筋道まで作ってしまう。読み手の善意まで揺さぶられるところに、この作品の怖さがあると思います。