還暦のお祝いに集まった客が聞かされるのは、主役の自殺と遺言です。しかも、遺産が欲しければ五日間で小説を書くこと。誕生日会のつもりが、ずいぶん重たい締め切りを渡されました。
『迷路館の殺人』は、1988年に刊行された綾辻行人の長編小説です。
『迷路館の殺人』の犯人と結末のネタバレがあります。
真犯人の名は、評論家の鮫嶋智生(さめじま・ともお)です。ただ、この答えにたどり着く直前まで、作中では宮垣葉太郎の犯行として事件が解決しています。閉じたはずの一冊が、最後の会話でひっくり返るんです!
誕生日の招待が、遺産を賭けた小説競作に変わる

物語の始まりでは、夏風邪で寝込む「島田」に、鹿谷門実(ししや・かどみ)という人物から本が届きます。題名は『迷路館の殺人』。鹿谷自身が巻き込まれた事件を小説にした一冊で、登場人物のうち誰が鹿谷なのかも謎になっていました。
その本の中で、宮垣葉太郎の六十歳の誕生日を祝うため、四人の推理作家が迷路館へ招かれます。須崎昌輔、清村淳一、林宏也、舟丘まどかです。審査役になるのは評論家の鮫嶋、編集者の宇多山英幸、推理小説好きの島田潔で、宇多山の妻・桂子も同行していました。
迷路館を設計したのは中村青司。地下に広がる廊下は迷路になっていて、その周囲に部屋が並ぶ造りです。泊まりに行っただけで見取り図とにらめっこ。夜中に部屋へ戻るだけでも、私は落ち着かなさそうです。
ところが、一同が待つ場所へ現れた秘書の井野満男は、宮垣が自殺したと告げます。続いて再生されたテープには、四人に競作をさせ、最優秀作を書いた一人へ遺産の半分を贈る、という遺言が残されていました。
執筆期間は五日間、分量は原稿用紙百枚。舞台は迷路館、登場人物は集まった人々で、書き手自身が殺人事件の被害者になる小説が課題です。各室のワープロで執筆し、審査が済むまで館にとどまることになります。
清村が倒れるまねをするなど、四月一日の悪ふざけも交じる集まりでした。その空気が、須崎の死によって一変します。
四人の作家はどう殺された?原稿に重なる連続殺人
須崎昌輔――首を傷つけた余計な工作
最初の被害者は須崎です。応接室で、首が大きく切られた状態で見つかります。元医師の桂子が調べると、首を絞められて殺されたことが分かりました。
須崎のワープロには、目の前の現場に似た小説が残っています。自分の死を書いた直後、そのとおりに殺されたように見えるんです。けれど島田潔が気にしたのは、絞殺した相手の首をさらに切る理由でした。
潔は、犯人自身が現場で流した血を、須崎の血で覆い隠したのではないかと考えます。傷や鼻血を調べても該当する人物が見つからず、姿を消した井野にも疑いが向くことになりました。電話線は切られ、外への扉の鍵も井野が持っています。一同は助けを呼べず、地下の館に閉じ込められた状態です。
清村淳一――迷路の目印を入れ替えた毒殺
次に清村が、空室で毒殺されているのを宇多山が発見します。照明のスイッチに毒の付いた針が仕掛けられ、暗い部屋で明かりをつけようとした手を狙った犯行でした。
清村がその部屋へ入ったのは、曲がり角の目印にしていた仮面を入れ替えられたためです。自室へ戻るつもりで、罠のある空室へ誘導されていました。迷路そのものが凶器の一部なんですね。道案内の目印まで疑う家では、くつろぐどころではありません。
清村の部屋にも、殺され方と対応する原稿が残っていました。宇多山は島田とともに、ほかの作家へ危険を知らせに向かいます。
林宏也――バリケードの奥に残った「wwh」
林の部屋へ着くと、林も背中を刺されて死んでいます。ドアの内側にはバリケードを作った形跡があり、部屋は争ったように荒れていました。
ワープロの原稿末尾にあるのは「wwh」の三文字です。林は普段、館に用意された機械と異なるキー配列の「親指シフト」を使っていました。潔は、その操作の癖から「かがみ」を示す文字列だと解きます。
舟丘まどか――防犯ブザーが鳴る密室
続いて防犯ブザーが鳴り、潔と宇多山は舟丘まどかの部屋へ駆けつけます。扉には内側から鍵と掛け金が掛かっていました。扉を壊して入ると、まどかは頭を殴られて倒れています。
宇多山が呼んだ桂子が手当てしますが、まどかは息を引き取ってしまいました。最後に彼女が手を伸ばした先も、のちに意味を変える手掛かりになります。
まどかのワープロにあったのは、競作の小説とは違う手記です。一方、現場には小説の入ったフロッピーが残っていました。原稿の置かれ方の違いから、誰が文章を用意し、誰が現場に残したのかが問題になります。
作中作の結末――隠し通路と遺書が宮垣を犯人にする

姿見の奥の通路で、密室の移動経路がつながる
「かがみ」の解読から見つかるのは、姿見を扉にした隠し通路です。館の外周を回る通路が各室につながり、犯人は廊下側のドアを使わずに部屋を出入りできました。まどかの部屋も、この経路から逃げられます。
調べを進めた一行は、宮垣の寝室で井野の遺体を発見します。さらに地下の隠された部屋へたどり着くと、そこには宮垣の遺体と、犯行を告白する遺書がありました。
作中作で示される筋書きは、最初の自殺を偽装した宮垣が館の仕掛けを使って殺人を重ね、最後に自殺した、というものです。自分の手で犯罪を完成させるという、老推理作家の執念が動機になっていました。
被害者が書いたように見えた四つの小説も工作だった
残された文章について、潔は犯人が四人の作風をまねて準備した原稿だと見抜きます。犯人が殺し方に合う文章を用意し、被害者のワープロに残していたのです。
宮垣の遺書には、血を分けた子へ財産を贈るという相続先も示されます。こうして鹿谷の小説は幕を閉じました。宮垣を犯人とするこの結末ごと、鮫嶋が仕組んだ偽装です。
エピローグの真相――鮫嶋の息子と、最初の血の意味
宮垣の悪ふざけを利用し、遺産を息子へ向けた
読了した「島田」は鹿谷と会い、鮫嶋について人を誤解させる書き方をした理由を問いただします。鮫嶋は女性でした。「智生」という名前や人物の表現から、読み手が男性像を作ってしまう仕掛けです。
鮫嶋には、宮垣との間に生まれた息子・洋児がいます。エピローグで明かされる動機は、この子に宮垣の遺産を相続させることでした。
宮垣はもともと、自殺したふりをして弟子に小説を書かせる企画を立てていました。井野と医師役の人物、鮫嶋は、その計画を知っていた側です。鮫嶋はこの企画を利用して作家たちを殺し、宮垣自身と井野も犠牲にした、と鹿谷たちは考えます。
四人の競作者が死に、宮垣が連続殺人の責任を背負えば、遺産を子へ向ける筋書きができます。審査する側にいた鮫嶋こそが、競作とその終わりを操っていたんです。
須崎の首を切った理由は、犯人自身の経血を隠すこと
絞殺後に首を切った理由について、「島田」は犯人の生理による出血を隠すためだったと推理します。作中作では宮垣の喀血で説明していた血を、別の原因から捉え直したのでした。
傷の確認をすり抜けた血の由来と、鮫嶋の性別がつながります。
まどかが死の間際に反応したのも、鏡に映った鮫嶋でした。手が向いた先を、潔や鏡そのものだと受け取るうちに、犯人の姿を見落とすようになっています。
鹿谷門実は島田潔――小説を書くことで犯人を告発した

鹿谷門実の正体は、迷路館で探偵役を務めた島田潔です。一方、冒頭から本を読み、エピローグで鹿谷と話していた「島田」は、潔の長兄・島田勉でした。
兄が弟の本を読んでいたのに、「島田」という名字につられて、本人が自分の本を読んでいるように思ってしまう。姓だけで呼ばれる会話って、こんなに紛らわしくできるんですね。
潔が鮫嶋の犯行に気づいたのは、事件のあとです。警察に示す物的証拠が乏しい状況から、彼は小説で犯人へ働きかける道を選びます。
知っているはずの性別をわざと誤解させる書き方にして、宮垣犯人説をひとまず完成させる。その不自然さが、事件を知る鮫嶋には「真相に気づいている」という告発になります。大勢に売る本で、ひとりにだけ通じる連絡をする。ずいぶん大掛かりです!
原作を読み返すなら、奥付まで凝った造りも面白い
読み返す楽しみは、文章以外にもあります。鹿谷の小説には奥付まで付けられ、もう一冊の本を読んでいる感覚になるんです。新装改訂版でも、この凝った体裁が引き継がれています。
講談社文庫の新装改訂版は、紙と電子の両方で読める一冊です。『迷路館の殺人〈新装改訂版〉』の書籍案内には、各書店へのリンクもあります。
FAQ
鹿谷門実という名前には意味がある?
ローマ字の「SHISHIYA KADOMI」は、「SHIMADA KIYOSHI」の文字を並べ替えた名前です。筆名自体にも、誰が書いたのかを当てるための仕掛けがありました。
島田潔の「長兄は行方不明」という自己紹介は?
四月一日の冗談です。勉は存命で、弟との会話に登場します。このうそまで重なるので、兄弟を結びつけるのが難しいんですよね。
『迷路館の殺人』は館シリーズの何作目?
『十角館の殺人』『水車館の殺人』に続く第三作です。前二作で親しんだ名字が、読者の思い込みを誘う趣向になっています。
まとめ
私がこの結末でいちばん面白いと感じるのは、犯人当てのあとに「どうしてこんな本を書いたのか」が謎になるところです。読み終えて本を閉じても、最初のページへ戻りたくなる。地下の迷路から出たあとまで、よくできています。