海岸で自由の女神を見つけたテイラーは、なぜ喜ばずに崩れ落ちたのでしょうか。
『猿の惑星』は、フランクリン・J・シャフナー監督による1968年公開の映画です。漂着からラストまで、人物の生死を含むネタバレがあります。
結末で判明するのは、テイラーの漂着先が、人類の文明が滅びた未来の地球だったという事実。故郷だと分かった瞬間、その故郷を人間自身が壊したことまで悟ってしまうんです。
自由の女神だけを知っていても、途中の筆談や裁判、人形の発見には別の怖さがあります。言葉が通じれば助かるはず。その期待が何度も潰されるので、私はラストより先に、檻の中のテイラーを見ている段階で息苦しくなります。
結末は未来の地球!自由の女神が突きつけた真実
テイラーと人間の女性ノバは、猿の支配する街から逃れ、禁断地帯の海岸を馬で進みます。そこで現れたのが、壊れ、砂に埋もれた自由の女神でした。
自由の女神は、宇宙船が着いた場所の正体を示す、地球の文明の遺物です。テイラーは航行の末に、遠い未来の故郷へ戻っていました。
不時着した宇宙船の時計が示すのは3978年。長い時間が過ぎたことを知りながら、テイラーは異星に着いたと考えて行動していたんですね。最後に分かるのは、時間を隔てた地球の姿です。
しかも、人間が文明の主役だった時代は終わり、猿が人間を獲物や実験動物として扱っています。ようやく自由になった直後に、自分の種族が築いた世界の崩壊を知る。だから彼は砂浜に膝をつき、人類への怒りと絶望を爆発させるんです。
漂着した3人は、人間狩りの獲物になる
宇宙船が沈み、帰る手段を失う
テイラー、ランドン、ダッジは、長い宇宙航行と人工冬眠を経て、宇宙船の不時着で目を覚まします。もう一人の女性乗員は、冬眠中に死亡していました。
船は湖に沈み、3人は限られた物資を持って岸へ脱出。周囲に広がるのは荒れた土地です。救援を待つにも、帰るにも、頼みの宇宙船が水の底というのは厳しいですよね。
テイラーには、人類の争いや残酷さへの嫌気がありました。宇宙のどこかに人間よりよい存在がいるはずだ、という思いで地球を離れています。そんな彼が未知の土地で最初に出会うのは、言葉を話さない人間たちでした。
畑に現れたのは、銃を持って馬に乗る猿
緑のある場所にたどり着いた3人は、食べ物を集める人間たちに混じります。そこへ制服姿のゴリラが馬で押し寄せ、銃や網を使って人間を狩り始めました。
ダッジは撃たれて死亡。ランドンも捕らえられ、テイラーは喉を撃たれて声を失います。宇宙から来た探検家は、あっという間に捕獲される動物の側へ転落しました。
猿の街では、言葉を話す猿が政治も研究も担っています。種族による役割の違いも、かなりはっきりしているんです。
| 猿の種族 | 街での主な役割 |
|---|---|
| オランウータン | 政治や宗教を支える支配層。ザイアスもこの種族 |
| チンパンジー | 科学者や医師。ジーラとコーネリアスが属する |
| ゴリラ | 兵士や警察、看守など、力で秩序を維持する役割 |
人間はその下で、狩猟や実験の対象になっています。テイラーが治療を受ける場所も檻の中。
声を取り戻しても、テイラーは人として認められない

筆談と紙飛行機がジーラを動かす
テイラーに関心を持つのは、人間の行動を研究するチンパンジーのジーラです。彼は文字を書き、自分の名前や出自を伝え、理解して考える力があると示します。
ジーラは婚約者で考古学者のコーネリアスにも彼を会わせました。テイラーは、別の星から飛行して来たことを、紙飛行機を作って説明します。宇宙飛行士の説明道具が紙飛行機! ずいぶん手作りの説明になりましたね。
二人が考えるのは、猿より前に知的な人間の文明が存在した可能性。コーネリアスは、禁断地帯の発掘で、その手がかりになる品を見つけていました。
対するオランウータンのザイアスは、猿の科学と信仰を守る権力者です。テイラーの能力を危険視し、去勢を命じます。文字を書ける人間が一人現れただけで、研究室の騒ぎが命の危険に変わってしまいました。
博物館のダッジと、審問の場のランドン
処置を避けようと逃げ出したテイラーは、街の博物館でダッジを見つけます。そこにあるのは、仲間の遺体を加工した標本でした。
人間を動物として扱う社会の仕組みが、顔を知っている仲間の姿で突きつけられる。ここはかなりつらい場面です。テイラーは再び網で捕らえられますが、そのとき喉が回復し、猿に向かって言葉を発しました。
話す人間の出現は街を驚かせ、テイラーの出自を問う審問につながります。ジーラとコーネリアスが弁護に立つ一方、猿の側は人間の知性を疑い、二人の研究を教えに反する異端として追及していくんです。
テイラーは、同行したランドンにも話す能力があると訴えました。ところが再会したランドンは、前頭葉の手術を受け、言葉と反応を失っていたのです。
ランドンは生きたまま、テイラーの出自を証言する力を奪われています。喉の傷が治れば話せるテイラーに対し、ランドンには脳そのものへの処置が行われていました。
ザイアスが恐れるのは、ほかにも話す人間がいること
ザイアスは、テイラーが禁断地帯の向こうに住む人間の集団から来たのではないかと疑います。彼が知りたいのは、知性を持つ人間たちの居場所でした。
その出自を白状するよう迫り、去勢と脳手術で脅すザイアス。テイラーが説明する宇宙からの航行と、ザイアスが求める告白は、いつまでもかみ合いません。
本人がしゃべっているのに、本人の説明が認められない。目の前の相手より、先に決まった結論が優先されるやり取りは、見ていて胃が痛くなりますね。
禁断地帯の人形が、猿社会の歴史をひっくり返す

ジーラたちの助力で、発掘した洞窟へ逃れる
ジーラ、コーネリアス、ジーラの甥の助けを借り、テイラーはノバとともに脱出します。一行の行き先は、コーネリアスが以前発掘した、禁断地帯の海沿いの洞窟です。
ジーラとコーネリアスは、自分たちに向けられた異端の疑いを晴らすため、猿より古い文明の証拠を求めています。テイラーも惑星の謎を追い、彼らと行動をともにしました。
しかし、ザイアスと武装したゴリラたちが追ってきます。テイラーは銃で牽制し、ザイアスを洞窟へ同行させ、発掘した品々に向き合わせました。
人間の姿の人形が声を出す理由
洞窟には、眼鏡など、高度な暮らしの痕跡が残っています。それらは、猿の歴史より古い時代に人間の文明があったことを示す品でした。
決定的なのが、人間の姿をした人形です。ノバが触れた人形から、母親を呼ぶ声が出ます。
話す人間の人形は、かつて人間が言葉を持ち、それを再現する玩具を作っていた証拠になります。今の街で動物扱いされる人間が、昔はその文明を築く側にいたんです。
ザイアスは、人間の古い文明を以前から知っていたと認めます。彼にとって人間は、死をもたらす危険な存在でした。
証拠を埋めるザイアスと、残されるジーラたち
テイラーはザイアスを人質にし、ノバと先へ進むための馬や物資を要求します。ザイアスは二人の出発を認め、これから見つけるものがテイラーを苦しめると警告しました。
別れ際、テイラーはジーラにキスを申し出ます。ジーラの反応には、人間の顔を醜いと感じる猿の感覚も残っているんですよね。助けてくれた恩人でも、美的感覚まで一致するのは難しいようです。
ジーラとコーネリアスは、テイラーとノバを送り出してその場に残りました。
ところが、テイラーたちが去ると、ザイアスは洞窟を爆破して証拠を封じます。ジーラとコーネリアスには、なお異端として裁判を受ける処遇が待っています。知的な人間がいたという発見も、猿社会の教えを守る権力によって埋められてしまうのです。
ジーラの甥は知識を封じるやり方に抗議しました。ザイアスは、猿社会の未来を守ったつもりで応じます。同じ発掘を前に、研究を続けたい者と、過去を隠したい者が決裂したままです。
ノバと海岸へ出たテイラーは、故郷の崩壊を知る

街の檻からも追手からも離れ、テイラーとノバは海岸を進みます。二人は生きており、テイラーはこの世界の答えを探す旅を続けていました。
やがて、彼は海辺にそびえるものを見上げ、馬を降ります。砂から突き出していたのは、自由の女神の残骸。見覚えのある像が、この土地と地球をつなぎました。
テイラーは、宇宙のどこかで新しい世界を見つけたつもりでした。実際には、人間の文明が崩れた後の地球を歩いていたんです。
膝をついた彼が怒りをぶつける相手は、世界を破壊した人類。ノバを傍らに、その怒りと絶望の中で物語は終わります。
助かった直後に、自分の知る人間の世界が失われたと悟る展開が、私はいちばんこたえますね。
考察:核戦争の結末と、自由の女神の皮肉
核戦争で文明が滅びた世界、という読み
壊れた自由の女神と、人間が世界を爆破したというテイラーの怒りから、結末は核戦争による文明の自滅を示すものとして受け取られています。1960年代の冷戦下にあった、核兵器で文明ごと滅びることへの恐怖と重なる読みです。
物語の決着は、未来の地球だという発見と、人類の破壊へのテイラーの絶望にあります。核戦争という読みは、その破壊の意味を考える解釈です。
私は、人間への嫌気から旅立ったテイラーが、人間の残した惨状にたどり着く点が苦いと思います。遠くへ行けばもっとよい世界がある、という期待を、故郷の姿が打ち砕いてしまうんですね。
自由の象徴が、自由を失った世界に埋まっている
自由の女神は、地球だと知らせる目印であると同時に、自由や文明を象徴する像でもあります。その像が壊れて埋まった土地では、人間が檻に入れられ、知性を認めてもらうために命を懸けているんです。
自由を掲げた文明が自ら崩れ、その後の支配者も他者を虐げる社会を作る。私はそこに、二重の皮肉を感じました。
猿たちは言葉も法律も研究も持っています。それでも、人間を狩り、都合の悪い証拠を埋める。
だからジーラとコーネリアスが、目の前のテイラーを理解しようとする態度には救いを感じます。相手の姿が違っても、話を聞いてみる。その素朴な行動に、街の立派な肩書より安心できました。
もう一度観るなら、ザイアスの反応が気になる
1968年版『猿の惑星』の予告編です(20世紀スタジオ公式)。
ラストを知って再鑑賞すると、ザイアスの警戒が目に留まります。彼は古い人類の文明を知っていて、テイラーが何者なのかを執拗に追及していました。話す人間が現れた驚きに、破壊的な人類が力を取り戻すことへの恐れが重なっています。
もう一つ気になるのは、テイラーの自信です。未知の人間たちを見た彼は、自分たちがこの惑星を支配できると考えます。その直後に猿に捕らえられる展開は、相手を下に見る態度がどれほど脆いかを感じさせますね。
予告編から本編を観直したくなったら、1968年版『猿の惑星』の公式作品ページにも作品情報と商品案内があります。
FAQ|猿の惑星(1968)の結末で気になること
テイラーとノバは、ラストで生きていますか?
はい。最後の海岸にいるのは、猿の街を脱出したテイラーとノバです。テイラーは像を前に崩れ落ち、ノバはそのそばにいます。
ランドンは人間狩りで死んだのですか?
ランドンは捕らえられたあと脳の手術を受け、審問の場に連れてこられます。仲間を証人にしたかったテイラーは、呼びかけに反応せず立ち尽くすランドンと再会するのでした。
人間は全員いなくなったのですか?
猿の街の周囲には、言葉を話さない人間たちが暮らしています。ノバもその一人。かつての人類の文明が滅びた地球で、人間は猿に狩られる立場になっています。
ジーラとコーネリアスは、証拠を見つけて助かりましたか?
二人はテイラーを送り出したあと、ザイアスによって異端の裁判へ回されます。発掘した洞窟が爆破され、研究を支える証拠まで封じられた結末です。
製作年が1967年と書かれている商品は、別の映画ですか?
1967年の製作表記と1968年の公開表記は、同じ映画についての年です。撮影は1967年に行われ、初公開は翌1968年。『猿の惑星(1968)』の年は公開年を指します。
まとめ
『猿の惑星』(1968)のラストは、地球への帰還が、故郷の文明を失ったと知る瞬間に変わる結末です。砂に埋まった像を前に、テイラーは人間自身の破壊を悟ります。
ダッジの標本、ランドンの脳手術、声を出す人形、封じられた発掘の証拠。人間の知性や歴史をめぐる対立を経たからこそ、最後の発見には重みがあります。二人の脱出を喜びかけたところで、文明全体の喪失を突きつけてくる。あの海岸の静けさが、いつまでも落ち着かないんですよね。