百八個もの時計が並ぶ旧館で、交霊会の参加者が仮面の殺人者に追い詰められます。時計の数なら家電売り場にも負けなさそうですが、こんな三日間は勘弁してほしいですね。
『時計館の殺人』は、綾辻行人の「館シリーズ」第5作の小説です。犯人、時計のトリック、最後の時計塔までのネタバレがあります。
連続殺人の犯人は、館の管理責任者・伊波紗世子です。彼女が復讐を企てた発端は、十年前に亡くなった娘・今日子。ところが、館の外には紗世子のアリバイを証明する人がいました。
三日間の交霊会が、逃げられない連続殺人に変わる
舞台は鎌倉の時計館。雑誌『CHAOS』の編集者・江南孝明は、副編集長の小早川茂郎、カメラマンの内海篤志、霊能者の光明寺美琴、大学の超常現象研究会の学生たちと取材に参加します。
九人が閉じこもる旧館と、住人たちが暮らす新館は、施錠された扉で隔てられました。目的は、亡くなった館主の娘・古峨永遠(とわ)の霊を呼ぶことです。参加者は黒い霊衣に着替え、腕時計などの金属類を預けます。時計を外すのも、交霊会の決まりとして受け入れてしまうんですよね。
参加を取りやめた学生の福西涼太は、後から館を訪れ、推理作家の鹿谷門実と合流しました。旧館で江南が事件に向き合う間、外ではこの二人が古峨家の過去を調べる。内と外の出来事が交互に進んでいきます。
美琴の失踪、そして時計で殴られた二人
江南は夜中、美琴が「振子の部屋」へ向かう姿を見かけます。その後、美琴は行方不明になり、部屋には血痕と壊れた時計が残っていました。彼女はすでに紗世子に殺されていたのです。
続いて、樫早紀子と渡辺涼介の遺体が見つかります。重い時計が凶器に使われ、仮面と黒い霊衣の人物が館内に現れました。鍵を持つ美琴が消えたため、残された人たちは鉄の扉を破ろうとします。
内海は自分の部屋に閉じこもりますが、そこにも殺人者が侵入しました。内海に続いて河原崎潤一も殺され、館には過去の死を責める告発文が残されます。瓜生民佐男は、自分たちが子供のころに掘った落とし穴と、永遠の死が関係しているのではないかと考え始めるのです。
こずえの脱出も、小早川の発見も止められる
新見こずえは、振子の部屋から納骨堂へ通じる地下の抜け道を発見します。外へ出られるところまでたどり着きながら、そこで紗世子に殺されました。こずえを探しに行った瓜生も、振子の部屋で命を奪われます。
江南は瓜生の遺体を見つけた直後、背後から殴られ、洗面所に閉じ込められました。一方、小早川は広間のテーブルの下に盗聴器を見つけ、殺されます。紗世子が補聴器に見せかけて耳につけていたのは、その受信機だったんです。広間での相談は、犯人に筒抜けでした。
館の秘密を知る占い師・野之宮泰斉も犠牲になります。紗世子は目撃者や、自分の仕掛けに気づく人まで消していったのです。取材班のうち、生きて救出されるのは江南一人でした。
十年前に亡くなったのは、永遠と今日子という二人の少女

この事件をややこしくするのが、同じころに亡くなった二人の少女です。古峨家の娘が永遠で、使用人の紗世子の娘が今日子。二人は、それぞれ違う経緯で命を落としていました。
永遠は、近づいたはずの十六歳を失う
病弱な永遠には、十六歳の誕生日に花嫁になる夢がありました。父・古峨倫典は、娘がその年齢まで生きられないという占いを信じ、建築家・中村青司に特殊な館を作らせます。旧館の時計を速く進ませ、娘に誕生日を早く迎えたと思わせるためでした。
幼いころからこの館で育った永遠は、もうすぐ十六歳になるつもりで暮らしています。しかし、森で出会った子供たちとの会話から、外の本当の年月を知ってしまいました。自分の誕生日はまだ先で、周囲の大人たちは年月を偽っていたのです。
永遠は、そこまでして欺かれるのは自分が長く生きられないからだ、と考え、絶望して自殺します。享年十四歳でした。父親が近づけた結婚の日は、娘にとって、生きられる時間の短さを突きつけるものになったのです。
落とし穴に落ちた今日子を、由季弥は置き去りにした
その後、森に残された落とし穴に今日子が落ちます。穴を掘ったのは、子供時代の瓜生と福西でした。今日子は負傷し、発見が遅れ、その傷から破傷風を起こして亡くなります。
永遠の弟・由季弥は、穴の中の今日子を見つけていました。彼は、今日子も死んで姉のところへ行けば、姉が寂しくないと考えて放置したのです。この事情を知った紗世子の憎しみは、由季弥にも向かいました。
1988年、学生になったかつての子供たちが館を訪れ、紗世子は復讐を計画し始めました。翌1989年の交霊会で、彼女は復讐の相手を館に集めます。美琴は、永遠の看護人だった寺井明江の妹で、古峨家の事情を知る人物でした。紗世子は彼女に、永遠が落とし穴で顔を傷つけ、それを苦に自殺したという偽りの経緯を話し、協力させていたのです。
紗世子が狙った四人のうち、早紀子と河原崎は穴を掘った二人の友人です。さらに、福西の旧姓は渡辺。紗世子は渡辺涼介を福西涼太と取り違えて殺しました。復讐は、当人の確認さえ誤ったまま、無関係な人へ広がっていたんです。
時計のトリックは1.2倍速――犯行とアリバイの時刻がずれる

外の五時間で、旧館では六時間が過ぎる
旧館の時計は通常の1.2倍で進み、外の50分が館内では一時間になります。最初に時刻を合わせても、経過時間が長くなるほど差が広がる仕掛けです。
計算例として、内外の時計を午後六時にそろえた場合、外で五時間たった午後十一時に、旧館の時計は午前零時を指します。そのとき旧館で犯行を済ませ、外の午前零時には人と一緒にいる。すると、館内の証言にある「零時の犯行」と、館外の「零時のアリバイ」が重なって見えるのです。
紗世子はこうして、犯行後に鹿谷や福西と過ごすことで疑いを逃れていました。二人が目撃した彼女の行動と、江南が記録した犯行時刻は、違う速さの時計によるものでした。
まじめにメモを取った人の証言ほど、犯人の役に立ってしまう。手帳を持つ身としては、そこがなんとも嫌な仕掛けですね!
江南の懐中時計も、館の時計だった
江南が携帯していた懐中時計は、旧館で手に入れたものでした。それも同じ速度で進みます。壁の時計と照合して一致するたびに、江南は時刻が合っていると信じてしまうのです。
旧館には、天窓と照明で昼夜の感覚を操作する設備がありました。紗世子はさらに飲み水に睡眠薬を混ぜ、参加者の時間感覚や動きを鈍らせます。秘密の通路や隠し扉を通れば、施錠された出入り口を避けて移動できました。
内海のカメラには、撮影時刻を残す機能がありました。外の正しい時刻との食い違いが露見するため、紗世子は内海を殺し、カメラも始末します。犯行に使われて壊れた時計も、速さを調べる手がかりを失っていました。
外から見える時計塔の大時計も、旧館と同じ速さで動いています。紗世子は犯行の準備として、その針を外しました。針のない塔は、館の秘密を外から知られるのを防ぐ工作でもあったのです。
江南の救出後、福西の証言が由季弥への疑いを覆す
使用人の田所が血の跡を見つけ、鹿谷たちは旧館へ入ります。閉じ込められていた江南は救出されました。地下の通路をたどった先の納骨堂では、美琴、こずえ、野之宮の遺体が見つかるのです。
福西は時計塔から転落し、重傷を負っていました。続いて由季弥も塔から落下して死亡します。瓜生の遺体に握らされた由季弥の写真や、由季弥の部屋の証拠品は、彼が姉の復讐を果たしたという筋書きに沿っていました。紗世子が罪をかぶせるために施した工作です。
内海、河原崎、小早川、瓜生の四人の遺体は、森に埋められていました。紗世子は発見を遅らせ、死亡時刻を特定しづらくするために運んでいたのです。
ところが、福西は生還し、自分を突き落としたのは紗世子だと証言します。鹿谷は、彼女にあるはずのアリバイを改めて検討しました。
十年前の日付も、紗世子の説明を崩す手がかりになりました。永遠が落とし穴に落ちたとされた日は、子供たちが彼女を館へ送り届けた日と重なります。彼らが覚えていた日曜の日付と、実際の暦を照らすと、少女の死を結びつけた話に矛盾が出たのです。
鹿谷は江南の記録を、外の時計による時刻に置き直し、紗世子の犯行を解き明かします。江南が生かされた理由も、自分の用意した時刻で犯行を証言する役が欲しかったからでした。助かったことにほっとする一方、その役回りにはぞっとします。
ラストの「沈黙の女神」は、崩れる時計塔の鐘だった

倫典が遺した詩「沈黙の女神」には、1992年8月5日という日付がありました。鹿谷はこれを、速く進む館の年月に従った日付だと解きます。旧館で十八年に相当する期間は外の十五年で、現実の1989年8月5日が、その日に当たるのです。
鹿谷と江南が紗世子に真相を突きつけると、時計塔の最後の仕掛けが作動します。壁のガラスの間に詰められていた砂が落ち、七色の光が差し込みました。支えを失った塔が崩れ、沈黙していた鐘が鳴ります。
紗世子は、落下した大時計の針に貫かれて死亡します。江南と鹿谷は生き残り、娘のために作られた偽りの時間も、復讐のために使われた館も、ここで終わりを迎えました。
犯人が判明したあとに、建物そのものの終幕まで用意されている。最後の鐘の音には、事件を解いた爽快さより、長く続いた悲劇の重さを感じます。
父の願いも、母の復讐も、美談にはしづらい【考察】
倫典のやり方には、娘に花嫁姿を経験させたい切実さがあります。ただ、娘自身が本当の年齢を知り、そのうえで人生を選ぶ機会は奪われていました。誕生日を大切にしたい親心は分かるのに、暦まで親が決めるところには息苦しさを感じるんです。
紗世子への同情にも、殺された人たちの人生が割り込んできます。大切な人を失った痛みと、その後に人を殺す判断。娘を悼む母親としては気持ちを想像できても、殺人者としての行動には同意できません。
原作を手に取りたくなったら
講談社文庫の新装改訂版は上下巻です。『時計館の殺人』上・下巻の作品紹介から、原作の書籍情報をたどれます。厚い小説を読み始める日は、かばんの中の荷物を一つ減らしたくなりますね。
針のない塔と旧館の雰囲気を映像にした、Huluドラマ版の90秒公式予告です。
よくある質問
原作の事件は何年に起きますか?
1989年の夏です。江南たちが旧館に入るのは7月30日でした。
「江南孝明」は何と読みますか?
「かわみなみ・たかあき」と読みます。名字は「こうなん」と読みたくなりますよね。
鹿谷門実と島田潔は同じ人物ですか?
同じ人物です。島田潔が推理作家として使う筆名が「鹿谷門実」でした。
まとめ
時刻が分かれば犯行を解ける、と信じる人にとって、この小説の仕掛けは手強いですね。証人がきちんと記録した数字まで、館の造りによって疑わしくなる。その怖さを、私は犯人の正体以上に覚えていそうです。
読み終えた晩は、家の時計が普通の速さで進むことに、ちょっとほっとしそうですね。