二階の子ども部屋に、窓が一つもない。家全体は明るそうなのに、そこだけ閉じているんです。家具をどこに置くかより、子どもが外へ出られるかどうかが気になってきます。
『変な家』は、雨穴による2021年7月20日刊の小説です。結末までのネタバレがあります。
一軒の中古住宅を調べていたはずが、話は片淵家に代々続く殺人のしきたりへ。しかも、事情が分かったと安心したところで、説明してくれた人まで疑わしくなります。家探しの相談から、ずいぶん遠いところまで来ましたね。
東京の家の間取りに、栗原は何を疑った?

謎の空間と二重の扉が、子どもの隔離につながる
語り手の「私」は、知人が購入を検討している東京の一軒家の図面を、設計士の栗原に見せます。一階の台所とリビングの間には、どこからも入れそうにない空間がありました。収納にするにも、まず入口がない。床面積をただ余らせておくには妙な形です。
栗原が気にしたのは、二階の子ども部屋でした。家の内側に押し込まれ、窓がなく、専用のトイレまである。二重になった扉も合わせると、子どもを部屋から出さずに育てる構造に見えてきます。
さらに一階と二階の図面を重ねると、謎の空間は子ども部屋と浴室をつなぐ通路に使えそうです。栗原は、夫婦が客を招き、隠した子どもに浴室で殺させているのでは、と想像します。この段階の「子どもによる請負殺人」は、間取りから組み立てた栗原の仮説です。
お風呂や寝室の位置まで、その想像に合ってしまうのが嫌なんですよね。図面の四角と線だけで、ここまで落ち着かなくなるとは!
記事に届いた連絡は、宮江恭一の妻を名乗る女性から
「私」が家についての記事を公開すると、宮江柚希という女性から連絡が届きます。柚希は、左手首を失った遺体で発見された宮江恭一の妻だと名乗りました。
彼女が持ってきたのは、埼玉にあったもう一軒の家の間取り図です。そこにも窓のない子ども部屋があり、奇妙な三角形の部屋まで付いています。東京の家の住人は、その埼玉の家で暮らしたあとに引っ越していたのでした。
柚希の正体は?二つの家から姉・綾乃へつながる

柚希の説明には嘘がありました。彼女は片淵柚希で、捜していたのは姉の綾乃です。姉夫婦が住んでいた家を調べてもらいたくて、被害者の妻という身分を使っていました。
姉の家族だと最初に明かせば、警戒されて会ってもらえないかもしれない。そんな恐れからの嘘でした。柚希は子どものころに綾乃と離れ離れになり、後年に再会したあと、また連絡が取れなくなっています。
二つの家で暮らしていたのは、綾乃と夫の慶太、幼い息子の浩人。ところが東京の家の近隣住民は、もう一人、年上の子どもも目撃していました。三人家族として見えていた暮らしに、隠された四人目がいたんです。
栗原は、埼玉の三角形の部屋を、浩人の誕生に合わせて増やした部屋と考えます。二人の子どもを離して育てる事情が、家の形にも表れているのではないか。暮らしにくそうな間取りが、家族の関係を映し始めました。
柚希の記憶から浮かぶ三軒目は、祖父母が住む片淵本家です。幼い従弟の洋一は、巨大な仏壇の前で亡くなり、転落事故として処理されていました。「私」と栗原は、その家の部屋や通路にも、外からは分からない隠し場所を考えます。
東京、埼玉、昔の本家。離れた家をつないでいたのは、建て主の好みより、同じ一族が隠し続けた事情でした。
左手供養とは?片淵家で続いた儀式の決まり
柚希の母・喜江が話し始めたのは、本家と分家の争い、そして「左手供養」という因習です。綾乃の夫・慶太から届いた手紙も、家族がその決まりに縛られていた事情を明かします。
十歳から十三歳まで、分家の人間を毎年一人殺す
喜江の説明によると、本家に左手のない子どもが生まれたときは、暗い部屋で育てます。その子が十歳になってから十三歳まで、毎年一人ずつ、片淵清吉の血を引く分家の人間を殺させ、左手首を仏壇に供える決まりでした。
きょうだいには、儀式を手伝う「後見人」の役目が回ります。きょうだいに務められる人がいなければ、年の近い親戚が代役になる仕組みです。殺される人も、殺す役を押しつけられる子どもも、血縁によって選ばれていました。
今の世代でその役を負わされたのが、左手のない桃弥です。柚希と綾乃のいとこに当たります。祖父の重治は、昔からのしきたりを守るため、桃弥を隔離して育てようとしていました。
潮の死を、跡継ぎ争いに利用した人たちがいた
話は何十年も前にさかのぼります。本家の宗一郎は妻の潮を迎えながら、実の妹・千鶴と関係を持ち、千鶴は妊娠しました。本家は分家の清吉に財産や事業を奪われて没落し、その家で苦しんだ潮は、左手首を傷つけて命を絶ちます。
その後、宗一郎と千鶴の間に、左手のない子どもが生まれました。宗一郎は潮の呪いを恐れ、呪術師を名乗る蘭鏡が勧めた供養を信じ込んでしまったのです。
喜江が明かす蘭鏡の正体は、清吉の第二夫人・志津子の妹、美也子でした。志津子には、自分の子を跡取りにするため、競争相手の子どもを排除する狙いがあったといいます。妹を本家へ送り込み、宗一郎の恐怖を利用したわけですね。
喜江の説明では、左手供養の発端にあったのは、分家の相続争いを有利に進める策略でした。それが本家の家訓となり、事情を知らない後の世代にまで引き継がれます。昔の大人の都合が、ずっと後に生まれた子の人生まで決めてしまう。名前に「供養」と付いているのも、なんとも嫌です。
洋一を殺したのは誰?綾乃が後見人になるまで

喜江によれば、自分は分家の子孫で、娘の綾乃と柚希も供養の標的になり得る立場でした。洋一は、弟の桃弥の後見人になるはずだった子です。
妻と娘たちへの危険を知った柚希の父が、儀式を止めようとして洋一を殺害しました。家族を守るために、別の家族の子を犠牲にする。もう、この時点でしきたりに人間関係を壊されています。
重治は後見人の代役として綾乃を引き取り、儀式のための教育を受けさせます。柚希の前から姉が突然消えた事情は、ここにつながりました。
父もその後に亡くなり、柚希は姉がいなくなった理由をつかめないまま大人になります。
成長した綾乃が結婚した相手は、高校時代の恋人だった慶太です。綾乃が背負う役目を知った慶太は、片淵家に入り、彼女と桃弥を助けようとします。婿入りの先で待っているのが殺人儀式とは、結婚の挨拶で聞く話として重すぎますよね。
慶太の手紙が明かす真相|偽装が破れたあとに何が起きた?

既に亡くなった人の左手で、供養を済ませたことにする
慶太の手紙によると、桃弥を引き取った夫婦は、本家を離れて暮らす許可を得ます。ただし、森垣清次が監視役となり、供養の実施を見張る条件付きでした。埼玉に移っても、しきたりからは逃げられなかったのです。
そこで慶太は遺体を探し、既に亡くなっていた宮江恭一の左手首を切り取りました。その左手を供養の証拠として差し出し、桃弥が殺人を済ませたと装います。
慶太は桃弥と暮らすうちに愛情を深め、供養をしのげば普通の家族として過ごせると考えるようになります。手紙からは、儀式に従うふりを続けた人の願いも分かるんです。
桃弥を連れ戻そうとする清次と、命じた重治を殺す
綾乃と慶太には浩人が生まれ、家族はやがて東京へ移ります。ところが、殺したはずの分家の人間が生きていると重治に知られ、偽装が発覚しました。
怒った重治は、清次に桃弥を連れ戻すよう命令。清次が強引に連れていこうとしたとき、慶太はそれを止めるため清次を殺し、その後に重治も殺害しました。
慶太は警察に自首して逮捕されます。綾乃、柚希、桃弥、浩人は一緒に暮らし始め、供養を強いられる生活から離れました。子どもを殺人に巻き込みたくなかった慶太が、最後には自分で殺人の罪を負う。その着地がつらいところです。
結末の考察|栗原が喜江を疑った理由
「私」が一連の事情を知ったあと、栗原は別の可能性を口にします。喜江が、本家への復讐のために人々を動かしたのではないか、という終章の推理です。
栗原が引っかかったのは、昔の供養の犠牲者数でした。十歳から十三歳までなら、犠牲になるのは計四人。ところが、喜江が説明した犠牲者の人数とは食い違います。
残る一人を考えると、喜江の祖母・弥生の血筋に行き着くのではないか。家族を供養で奪われた恨みが、分家の子孫へ受け継がれていたのではないか。栗原は、そう推理しました。
その仮説では、喜江は復讐のために本家へ嫁ぎ、一族の内側で争いを起こさせたことになります。洋一、重治、清次が命を落とし、慶太も逮捕されるという結果が、喜江の側にとっての本家への報復に重なってくるのです。
読む前の注意|子どもの隔離や家族への暴力がある
物語には、子どもの監禁、身体の切断、親族間の性的関係、自死、幼い子の殺害が出てきます。図面と会話を追う読みやすさと、出来事の残酷さにはかなり差があります。
とくに、子どもが大人の決めた役目から逃げられず、世話をする人まで儀式に取り込まれていく場面は重いです。間取りの謎を楽しみに手に取る場合も、家族からの暴力を描く小説という一面があります。
間取り図を確かめたいときは、書籍の試し読みもある
飛鳥新社の『変な家』書籍ページから試し読みへ進めます。部屋の位置や通路を自分の目で追うと、文章で聞くのとは違った気持ち悪さがありますね。物件広告の図面で、こんなに長く立ち止まりたくはないです。
2021年の書籍を紹介する、飛鳥新社の公式動画です。
よくある質問
知人は、結局あの家を買った?
購入は見送りました。近くの雑木林でバラバラの遺体が見つかったことを知り、家を買う気がなくなったためです。
2021年の小説は何章構成?
全四章です。第一章「変な家」、第二章「いびつな間取り図」、第三章「記憶の中の間取り」、第四章「縛られた家」と続きます。
まとめ
『変な家』で居心地が悪くなるのは、閉じ込める側の都合が、家で暮らす人の常識まで作り替えてしまうところです。「家族のため」という言葉にも、守る気持ちと利用する思惑が入り込みます。家の図面が一通り分かってから、人のほうがもっと分からなくなる。そんな後味が残る一冊です。